眠れない。

輝一は空を見上げた。
隣では、輝二がプロットモン(以下"プロン")を抱いて眠っている。
…こんな闇夜でも光を失わないのが、羨ましい。
自分が闇のスピリットの持ち主だということを、否応なく実感させられてしまう。

プロンを捜したときもこんな闇夜だった。
でもそんなもの、輝一には関係なかった。
(だって俺は…)
夜でも昼間と同じように、全てが見えるのだから。

輝一はデジヴァイスを取り出した。
…輝二のデジヴァイスから分かれた、黒いデジヴァイス。
そして自分の憎しみの心を受け入れた、『闇のスピリット』。
「?!」
突然デジヴァイスが光り出した。
夜闇に浮かぶ、黒い光だ。
画面にはプロンが通信していたときと同じように、何かの模様が浮かんでいる。
「この紋様はホーリーリングの…? まさか…」

ケルビモンが生まれ変わっている?

輝一は躊躇した。
辺りは闇に包まれた空間、この中を進む?
(独りで…?)
けれど皆を起こすわけにはいかない。

『行くの? 行かないの?』

突然に声を掛けられ、かろうじて声を上げずに済んだ。
声の主は、いつのまにか目を覚ましていたプロン。
彼女は輝二の腕から飛び出して、こちらを見上げていた。
その目には不思議な光が宿っている。
何かを告げるような、そんな光が。
(行かなくちゃ…)
輝一は闇に対する恐怖心を払いのけて立ち上がった。
(ロイヤルナイツに見つかる前に、見つけなきゃ)
輝一はプロンの頭を撫でると、浮かび上がった地図の示す方向へと歩き出した。

『ママ起きて。ママっ!』
数分後、プロンは輝二を起こそうと必死だった。
「ん…何だよ…まだ夜中…」
輝二は目を擦り、プロンを視界に収めた。
プロンはそんな輝二の服をくわえて、しきりに引っ張る。
『ママは行かなきゃだめ。パパのそばにいてあげなきゃダメ!』
「え…?」
眠気が一気に吹っ飛んだ。
「輝一! 輝一はっ?!」
隣で寝ていた輝一がいないことにようやく気づき、プロンに問いかけた。
『パパ、先に行った。アタシが行ってって頼んだの』
何だかさっきと言ってることが食い違っているが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
しかし。
「先に行ったって…どこに…?」
輝二は途方にくれた。
自分が光っているおかげで夜目はそれなりに効くのだが、肝心の輝一の行き先が分からない。
そんな輝二を見上げていたプロンは、不意に尋ねた。

『ママはパパのこと、好き?』
「えっ…?」

困惑している輝二を気にすることなく、プロンは続けた。
『光と闇は同じなの。だからママなら分かる!』
そう言うと、プロンは輝一の向かった方向へぴょんと飛び跳ねた。
「光と闇は、同じ…?」
それなら、分かるかもしれない。
(輝一の通った道が)
輝二は自分の感覚に従って進み始めた。





「階段…?」
デジヴァイスが示すままにやって来た輝一は、地下への入り口に辿り着いた。
入ったら二度と出られなくなりそうな、闇に吸い込まれていく階段。
けれど輝一は意を決して、階段へと足を踏み入れた。

長い、長い階段だった。
永遠に降りるのかと思い始めた頃、ようやく階段が途切れた。
誰が創ったのか、次は回廊のような道が続く。
こんな隠れ家に絶好な場所に、なぜデジモンたちが入ってこないのか?
何となくそんなことを考えていたが、その理由はすぐに理解できた。
…道を挟んだ両側の壁には、古代文字らしきものが一直線に彫られ、ずっと続いている。
プロンのいた洞窟にも、こんなものが彫り連ねてあった。
ひょっとしたら、デジモンにとってこの文字は、神聖な意味を持っているのかもしれない。

これまた永遠に続くかと思われた回廊も、突然広い場所に出て終わりを告げた。
その部屋の中心にはやはり台座があり、その上には…
「デジ…タマ…?」
ホーリーリングの模様がぐるりと周りを囲んでいる、デジタマが。
「あっ!」
デジヴァイスからデジタマへと一閃の黒い光が放たれ、ピシリとデジタマにヒビが入る。

まばゆい光が収まったそこには、茶色いデジモン。

『オレ、ロップモン。父上、オレを見つけてくれてありがとう』

「え…しゃべった…」
"父上"と呼ばれたことよりも、いきなり話しかけられたことに輝一は驚いた。
プロンは話せるようになるまでに、丸一日かかっていた。
輝一はロップモン(以下"ロップ")を抱き上げる。
「ケルビモンも、昔はこんな感じだったのかな」
まっすぐに育てば、オファニモンが救おうとした昔のケルビモンのように育つだろう。

回廊へ出ようとしたとき、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
遠くから響いてくる声だったが、誰のものかはすぐに分かる。
「輝二?」



闇の中に現れた、洞窟。
息を切らしながら、輝二は立ち止まった。
「…階段?」
あまり速く走れないプロンを抱きかかえて走ってきたので、いつもより息が上がる。
"何となく"の感覚でここまでやって来たが、輝一がこの先にいることに確信を持っていた。
それが何故なのか、それはどうでもいい。
輝二は注意深く階段を降りていった。

長い階段を下り、長い回廊を進む。
急に人の気配を感じた。
考えるよりも先に、声が出ていた。
「輝一!!」



聞き間違いなどではなく、回廊から出てきたのはやはり輝二だった。
腕の中には、プロンの姿もある。
目を丸くする輝一に、輝二はホッと息をつく。
「良かった…無事で…」
とにかく、見つかって良かった。
プロンはそんな輝二と輝一を見比べていた。
「ごめん。心配させたね」
輝一は素直に謝る。
輝二に悲しい顔をされることほど、どうすれば良いのか困ることはない。
「でも、よくここが分かったね」
何か手掛かりを残したわけではなかった。
しかも、こんな闇夜に。
「こいつが教えてくれたんだ。捜したのは俺だけど…」
そう言って、輝二はプロンの頭を撫でた。
…光と闇が同じだと教えてくれた。
「そいつは?」
この時になって初めて、輝二は輝一が抱いているデジモンに気がついた。
輝一は微笑み、茶色いデジモンの頭を撫でる。
「この子はケルビモンの生まれ変わりだよ」
「えっ、こいつが?」
じっと見つめていると、そのデジモンが口を開いた。

『オレ、ロップモン。母上も来てくれてありがとう』

「なっ…母上?!」
この辺が輝一と違うところだ。
(何でこう、俺は女と思われるんだ…)
この謎は、本人以外なら容易に解ける。
『アタシ、プロットモン。よろしくね』
『オレもよろしくな』
それぞれに会話を交わしている、元三大天使デジモンたち。
輝二は壁に寄り掛かると、そのまま座り込んだ。
「輝二、どうしたの?」
「…………眠い」
その答えに輝一は苦笑したが、同じく彼の隣に腰を下ろした。
「拓也たちには悪いけどここで寝ちゃおうか。戻るのも大変だし」



次の日の朝、デジヴァイスの呼び出し音で起こされ、2人が拓也たちに散々怒られたことは言うまでもない。





・・・おまけ。

皆と合流し、パタモンとも仲良くなったプロンとロップ。
2匹は泉にこんな質問をしていた。
『パタの母上は誰なんだ?』
「ボコモンよ。(最初卵を持ってたのは私なんだけどねえ…)」
『じゃあ、パパはだあれ?』
「…ボコモンよ。(父母上って言ってるし…謎よね…)」
それを聞いた2匹は顔を見合わせていたが、ふっと呟いた。
『パパとママが同じ人なんて、変わってるね』
『変わってるな』
(…輝一はともかく、輝二が"母親"なアンタたちも十分変わってると思うケド…)

…などと思った泉だが、よくよく考えてみれば、
1.輝二も輝一も男
2.しかも双子
3.それに違和感を感じてないのは…?

(…おかしいのは私たちなのかしら?)
微妙な不安を感じた泉であった。

天使の届けもの



end.(2004.2.13)/ 修正 2011.8.21


日付はおそらく、バックアップを取得した日。
「天使の忘れもの」の対になるお話です。
この2話分さえ読んでいれば、クロスワールドも大丈夫…な、はず。
「消エヌ闇ニ、憎悪ヲ」のルーチェモンと十闘士の話にも繋がりますが、
なくても大丈夫…。うん、大丈夫にします。

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