1)

『君には世界を変えられる力がある。その力で、デジタルワールドを変えてくれ』
見知らぬ誰かの声がした。
どこから聴こえてきたのか、どこから響いてきたのか。
気にならなかったわけじゃない。
どうでも良かっただけだった。
「俺の力で、変えることが出来るなら」
考えるより先に、応えが口を突いただけ。

そんなことを回想する間に、木立に覆われた場所に出る。
手にしていた携帯電話は、『クロスローダー』とやらに変わっていた。
なんだかよく分からないが、これが通信手段の代わりらしい。
木立の向こうからは、現実世界では聞いたこともないような酷い音が響いてくる。
上映された映画の中の、音が。

爆音
地響き
怒声に悲鳴
断末魔

―――目の前は戦場だった。

(蒼沼キリハ)


2)

「旋回しろ! 後ろだ!!」
鋭く耳を劈いたのは、攻撃のための音ではなく。
咄嗟に片翼を傾け急旋回、背後に迫っていたデジモンを撃ち落とした。
追い縋る別動隊を、苛立ちと一閃の元に滅する。
(あれは…)
劈いた声の主は、随分と眼下に居た。
しかし。
(ニンゲン? それも子供?)
デジモンではない別の種族の生き物を、初めて見た。
"それ"がまた、何かを叫ぶ。
(…なんだって?)
伊達に飛行型ドラゴンデジモンの上位に立っていない。
戦闘の喧噪の中でも、地上から遠く離れた上空でも、声くらい聴き取れる。

「凪ぎ払う相手が"理不尽の破壊"なら、協力させろ!」

理不尽の破壊。
(ああ、その通りだ)
デジタルワールドが現状となったのは、理不尽の"崩壊"だ。
他者によって齎(もたら)される"破壊"ではない!

(メイルバードラモン)


3)

仲間たちと駆けた平原を、燃やし尽くす。
何もかも、敵ごと。
それでも敵の数は減らない。
体内で渦巻き膨れ上がる憎悪と共に、業火を生み出すべく顎を引く。
「正面を狙え!」
耳に良く通る声が、炎を吐く刹那に落下してきた。
折よく正面を向いていた顔を背ける理由も無く、吐かれた業火は真っ直ぐ突進する。
ふと、この炎の行く先に何かあったかと考えた矢先、爆音が響いた。
平原が途切れ崖となる地点で、炎に呑まれ派手な音と崩れ落ちるもの。
それは橋。
このドラゴンバレーに生きるデジモンに、橋を必要とする者は居ない。
となると、掛けた者は敵の他に有り得ない。

キィン! と聞き慣れた飛行音に空を見上げれば、見慣れた戦友の姿があった。
しかしその背には。
「ニンゲン?」
降り立った戦友の背から飛び降りてきたのは、随分と小さな生き物。
"ソレ"はこちらを見上げ、先刻と同じよく通る声で、告げた。

「単独で戦ってないで、力を貸せ。あいつらを纏めて蹴散らすぞ」

(グレイモン)


4)

薄雲が下界を覆う。
空高くから見下ろせば、あちらこちらで戦闘が繰り広げられていた。
「おい、指揮官は居ないのか?」
背から問われ、やや考えた。
「…居ないな。長老格の者は居るが、戦闘の指揮を執る者は居ない」
個々が高い能力を持つドラゴン型(タイプ)だ。
バグラ軍の侵略は今回が初めてではなく、各個撃破で今まで乗り越えてきた。
「それじゃ駄目だ。相手は統率が取られているのにこちらがそれでは、いずれ破綻する!」
一理ある。
かといって、誰が指揮を執る?
「あの崖の向こう、敵が襲撃する可能性はないのか?」
問われた箇所を見下ろせば、切り立った崖と果てしなく深い谷底の群れ。
あり得ない、と首を横へ降った。
「それはない。大海原を飛んで来るにしても、チンロンモンの結界に阻まれる」
告げれば考察に入ったのか、背に乗る子供が押し黙る。
ふと、思いついた。
「お前が執ってみるか?」

このドラゴンバレーに生きる者たちの、指揮を。

(メイルバードラモン)


5)

この戦場を四角いボードに当て嵌めてみれば、どのような戦況かが解る。
…侵入が不可能と分かった崖は、四隅の一角。
つまりこの地域は背水の陣に近しいものだが、利点もある。
自らの背後は、考えなくて良いのだ。
クロスローダーを操作しながら、己を乗せるドラゴン型デジモンへ問い掛ける。
「今向かってる方角は?」
「北西だ」
地図が出ないかと苦心して、ようやく画面から電子地図が浮かび上がった。
高低差や地形は分からないが、十分だ。
「もう少し低く飛べないか?」
もう1度、背中越しに尋ねる。
「構わないが、バグラ軍に見つかるぞ」
「分かってる。だが俺は、ここからじゃほとんど見えない」
ククッと笑い声が返った。
「それは失敬。振り落とされるなよ」
直後、ジェットコースターのような落下感に見舞われた。

「緑の身体の、でかいデジモンが見えるか? あれがコアドラモンだ」
強い風に何とか目を開き、緑の体躯をしたドラゴンを見つけた。
「よし。さっき言ったとおりに頼む」
キリハはぐっと唇を引き結んだ。

(蒼沼キリハ)


6)

クロスローダーには直接会話をしたデジモンたちの名が連なっている。
不意に通信がそのデジモンから繋がるので、無線機のようなものなのだろう。
今もまた、突然に液晶画面が開いた。
映ったのは自分を乗せているメイルバードラモンの次に出会った、グレイモンだった。
『不味いぞ、平原の谷が落ちた!』
「平原の谷?」
妙な言葉だと呟いたキリハに、メイルバードラモンが答えた。
「谷のように高低差のある草地のことだ」
向かうぞ、という声に是を返す。

高速飛行により辿り着いた地を見下ろし、キリハは絶句した。
…深く抉られ剥き出しの土、在ったのは巨大なクレーター。
元が谷であったと分かる要素など無く、隕石が落ちそのまま這ったような醜い道がある。
ドォン! と一角から爆音が轟き、音の方角を振り返った。
煙を縫い、時折空へ放たれる光線を潜り抜け、抉られた土塊(つちくれ)の道を追う。
「加勢に行く、離れてろ!」
低空飛行となった翼から飛び降りると、メイルバードラモンは急加速で周囲の煙を薙ぎ払っていった。
おかげで開けた視界には、ギラギラと光る巨体がある。
(なんだ…あのデジモンは…)
キリハの足元にも伸びる土塊の道は、その光る巨体が終点だった。

(蒼沼キリハ)

Glow of SAPPHIRE

(前哨戦)



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