「ついてないな…」
突然降ってきた雨に、源輝二はため息をついた。
雨宿りをしている場所は、デパートのショーウィンドウの前。
30分程度なら天気が保つだろうと思い、学校で指定された教科書を買いに来たのだった。
ちなみに私服なのは、通っているA中学校が私服も可のためだ。
私学にしては珍しい、とよく言われる。

もう一度ため息をついて空を見上げる。
そこへバシャバシャと水音を立て、ひさしの中に駆け込んできた誰か。
「ああもう! 急に降って来なくたっていいじゃない!!」
雨に向かって憎まれ口を叩く、その聞き慣れた声。
「…泉?」
クラスは違うが、同じ中学に通う織本泉だった。
DW(デジタルワールド)で知り合ったが、進学先が同じとは思わず互いに驚いたものだった。
「あら、輝二? もしかして、参考書買いに来たの?」
「ああ」
「私も。30分くらいなら、雨降ってこないと思ったの。傘持ってくるの忘れたし…」
彼女も同じ考えだったようだ。
仕方が無いので、他愛のない会話を交わしながら雨宿り。

(いつ雨止むかな…)
不意に、輝二と泉の足元に2つの影が伸びた。
「?」
同じくボンヤリしていた泉と共に顔を上げると、隣のC中学の(おそらく同じ3年生であろう)男子生徒2人が立っていた。
「うわっ、ほらやっぱすっげえ美人じゃん!」
輝二たちから見て右の少年が、輝二と泉を見比べて声を上げた。
(…これって)
輝二にはもはや、嫌な予感しかしない。

泉が隣にいてこんな状態になるのは、もう何回目だろう?
(10回は越えてるんじゃないか…)
これはもう、何を言われるかなんて決まってる。
「彼女たち、傘持ってないの? 家まで送ってあげよーか」
左の少年が、そう言って笑う。
輝二は今すぐにでもこの場を逃げ出したかった。
(何でこう、泉が一緒のときは…)
男である輝二は、当然ながら"女に間違われる"ことが大嫌いだ。
しかし泉が隣にいると、それを通り越してナンパされてしまうことが多々ある。
(ああもう、最悪だ)
しかもそんな輝二を追い討ちで悩ませるのが、当の泉。
現に今も、
「ナンパされるのはなんか久しぶりー」
とか、嬉しそうに言ってくる。
(…最悪だ)
そして泉は、楽しそうに男子生徒と喋り始めた。
一方の輝二は、喋ることすら嫌で黙(だんま)りを決め込む。
「ねえ、そっちの彼女も何か喋ってよ」
つまらないのか、右の少年が輝二の腕を掴んだ。
「っ!」
昔ほどではないとはいえ、他人に触れられるのも大嫌いだ。
走った悪寒に、空いている左手で握り拳を作る。
賢明にも泉が輝二の様子に気付き、これは不味いと手を伸ばす。

「はいストップ。俺たちの連れにちょっかい出さないでくれる?」

また、聞き覚えのある声が。
2人組の後ろ、彼らと同じ制服が見える。
「本っ当、お前ら懲りねーなあ?」
もう1つ、聞き覚えのある声が。
2つの声にギョッとして動かなくなった2人組は、冷や汗を浮かべて振り返った。
「き、木村に神原?! 何でここにっ…」
「別に。君たちと同じで、いてもおかしくないだろ?」
なぜ、と問われた相手が、にっこりと微笑んだ。

「拓也…に、輝一?」

自分よりも2人組の方が背が高いので、輝二は彼らの間から向こう側を覗く。
間違いなく、良く知る拓也と輝一だった。
輝二の呟きを耳にした2人組は、なぜか青くなる。
「げっ、マジで知り合いかよ?!(しかも名前で呼んでやがる!)」
「おめーら、守備範囲広すぎんだよ!!」
そう捨て台詞を吐いた2人組は、急いで…というより、一目散に逃げていった。
「…なんだ? あの逃げっぷり」
「速かったわね…」
輝二と泉が、呆気に取られるくらいに。

「俺と輝二がそっくりってことに気づかなかったのかな? 輝二、大丈夫?」
「え? ああ、大丈夫だ。でも何で…」
助けてくれたより、なぜここにいるのかが気になった。
そうでなくても、会う機会なんて滅多にない。
「偶然だよ、偶然!」
拓也がぶっきらぼうに答えたが、輝一は否定した。
「何言ってんの。"助けよう"って言ったの、拓也じゃないか」
「うっ、でもそれ見つけたのは偶然だろ?!」
「じゃ、そういうことにしとこうか」
「どーゆー意味だよ?!」
目の前で掛け合い漫才をする拓也と輝一に、輝二と泉は顔を見合わせる。

「うん、半分は偶然なんだ。今日の帰り、友樹とばったり出くわしてさ。
あんまり遠くないし、2人に会いに行ってみる? って来てみたわけ」

拓也を宥めて、輝一が種明かしをした。
確かに、偶然は半分だ。
「ところであの2人組、あんたたち見て一目散に逃げてったけど…?」
泉は2人組が逃げていった方向を指差す。
「あー、それは…俺たちが学校仕切ってるよーなもんだから、かなあ?」
答えながら、拓也は輝一を見た。
「なんで俺を見るの?」
「いや、輝一の方が良い説明してくれそうだし」
「期待されてもね…。ていうか、仕切ってないだろ」
「そうか? だってみんな、俺と輝一の言うことは聞いてくれるじゃん」
「うーん、否定はしないけど」
「てゆーか、生徒会副会長のお前が"仕切ってない"とか言うなよな〜」
「副会長だからね。会長の椅子蹴ったのは拓也だろ。前の会長、断られて悲鳴上げてたよ」
「いや、だってさあ…って、断ったの輝一もだろ!」
彼らの会話を聞けば聞くほど、輝二と泉の目が点になる。
「…おい。あの噂って、マジだったのか?」
輝二の言葉に、泉が大きく頷いた。
「そうそう! C中学の3年に、なんかもう、学校始まって以来の超優等生がいるって…」

実は生徒会副会長らしい輝一(会長はめんどうだから嫌だったとか)。
成績は常に、全教科ベスト3以内をキープ。
対してスポーツ万能(勉強はイマイチらしいが)、さっぱりした性格から必然的に人が集まってくる拓也。
女子にもかなり人気があるようで、先の2人組の『守備範囲』という台詞は、ここに掛かるらしい。

「その超優等生って、輝一だよな。絶対」
絶対俺じゃないし! と、拓也はなぜか胸を張った。
それに苦笑して、輝一は空模様を確かめる。
「なんか雨止みそうにないね。あの2人じゃないけど、送ってくよ」
拓也も頷いた。
「そうだな。じゃあ輝一は輝二送れよ。俺、泉んちの方が近いからさ」
「あ、ありがとう…」
「ありがと〜♪ 輝二、また明日ね!」



翌日。

「織本さん! 織本さんって、C中の神原君と付き合ってるの?! それとも木村君?!」
「はあ?!」
「源くんって、C中の神原君と木村君とお友達だったんだね! すっごーい!」
「…は?」

輝二と泉は、さっそく噂の渦中へ巻き込まれた。

輝二の受難



end.(2004.2.13)/ 修正 2011.1.27


ファイルの日付が古すぎて怖いよね、っていう…。
データは遥か昔のバックアップCD-Rにありました。

泉と輝二は同じ私立中学校。クロスワールドに記述の通り、私立高校も同じ。
拓也と輝二は同じ公立中学校。高校は同じか分からない(単に設定がないだけ)
ちなみに泉と輝二も、A中の二大美人としてかなり有名です。

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