<古都にて> いつか来る邂逅

広い空から見下ろす京は、なかなかに美しい。
別の妖怪の上ではしゃぐ狂骨が言ったように、『人間が居なければ』。
しかし、それも時間の問題であろう。
羽衣狐は笑みをひとつ零し、空を大挙して連なる己の百鬼夜行を満足げに見回した。

「…?」

そこでふと、視界に引っ掛かったものがあった。
羽衣狐は、己を運ぶ妖へ方角を変えるよう命じる。
「羽衣狐様?」
訝しげに問うて来る下僕(しもべ)たちなど意に介さず、羽衣狐は向かう先にあるものへ目を凝らす。

在るのは近代のタワービルの芯ともされる、五重塔。
寺の名は、東寺。

五重塔の天辺に立つ、人の姿。

昼の光は立ち籠め渦巻く妖気に遮られ、空には鈍い茜がまばらに散る。
そんな重い空の下でも、『それ』は美しかった。
羽衣狐が、そう素直に賛美するほどに。

遅れてやって来た百鬼たちが、五重塔の周囲に蜷局を巻く。
人間だろうが妖怪だろうが、このレベルに達した百鬼夜行が相手ならば、動揺するだろう。
だが"それ"はくるりと彼らを見回しただけで、羽衣狐へ視線を戻した。

「すごいね。こんな妖気の渦、初めて見た」

笑みと共に無邪気な発言さえ寄越して。
だが無邪気さとは、格上の者に対した場合に挑発と取られる厄介なものだ。
例に漏れなかった己の百鬼たちを、羽衣狐はまず制した。

「其方、なかなかに度胸があるな」

そうして長い髪を横へ流し、"それ"へ声を投げる。
"それ"の銀色の髪は僅かな陽光を反射し、きらきらと艶やかだ。
同じくきらりと輝く青水晶の装飾も、白い肌と玲瓏な容姿を際立たせる。
"これ"は人間ではないと、即座に判断した。
(人間には、美し過ぎる)
人間でないなら、二の句は決まった。

「其方、名は?」


名も、美しい音だ。
羽衣狐は薄く敷いた笑みを深める。

。其方、わらわの百鬼に加わらぬか?」
「…え、やだ」

にべもない、とはこのことだ。
千の齢を超え、人さえも操る九尾の妖狐。
日本でも随一である百鬼を率いる彼女の、それも直々の誘いだ。
百鬼たちにとっては、百年に三度あろうかという珍事である。
だからこそ、と名乗った者の言葉に激怒した妖が居たのだ。

「貴様、羽衣狐様に無礼な!!」

羽衣狐が止める間もなく、幾人かの妖がへ牙を向く。
言われた羽衣狐はといえば、滅多にない反応に怒りよりも興味が湧いていたのだが。

「!」

刹那、酷い"音"がした。
真っ赤に焼けた鉄に水を落としたときの、酷い音だ。
皮膚が張り付き溶けるような、ジュッと耳に焦げ付く音。
へ牙を、もしくは刃を立てようとした妖は、彼に触れる前に灰となり霧散した。
誰もが唖然となり、しんと静まり返る。
瞠目した羽衣狐は、即座に理解した。

「…ほう、神族(しんぞく)か。これはまた珍しいものじゃ」

人間の前にさえ、彼らは滅多に姿を現さなくなったと聞く。
(久しく、『神』と呼ばれる者たちには相見えておらぬな…)
天津神の者たちは、人と妖の争いには決して関わらない。
線引きが明確だと言えば聞こえは良いが、単に度胸がないと言うことも出来る。
それでも、過去には面白い神族も居たのだ。

「『神』ならば致し方ないのう…」

言いつつ足元の妖をへ近づけ、羽衣狐は細くしなやかな指を彼に伸ばす。


「じゃが、気に入ったぞ」


彼女の滑らかな手は、するりとの頬を撫でた。
目を見開いたに、羽衣狐はころころと笑う。
中断されていた上洛の夜行を再度下僕たちへ命じて、五重塔より二条城を目指す。
黒い髪と同じように、制服の裾が風に翻った。

「ではな。またいずこかで見(まみ)えよう」

肩越しに振り返り、羽衣狐はそう告げた。
…そう、またいずれ、出会うだろう。


経験から来る彼女の直感は、これよりずっと先に的中することとなる。



End.



10.2.27

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