<古都にて> 絶望より這い上がる約束

百鬼夜行、夜の主。
喰われてしまえば、散り散りバラバラ。
満身創痍、立っているだけでもやっとであろう、夜と昼が入り交じったリクオ。
太く強くごつい指に摘まみ上げられた、氷麗。

「こいつは預かってくぜ。返して欲しけりゃ、第二の封印まで来な」
「!」

人質。
だが重傷を負っている状態で放置されれば、何もなくとも命は消える。
させるか、と叫ぼうとしたリクオの耳に、クスクスという笑い声が届いた。

「見た目の通り、悪役だ」

その声を、知っている。
鬼蜘蛛の頭上を見上げたリクオは、大きく目を見開いた。
?!)
淀んだ妖気が未だ消え切らない空の元でも、彼は変わらず独特の美しさを損なわない。
しかし気怠げに彼を見上げた鬼蜘蛛の言葉は、一種場違いな感傷さえ叩き壊した。

「あー?てめぇ、羽衣狐のお気に入りじゃねぇか」

を知る誰もが、怪我の痛みを忘れる驚愕で声を発せられない。
凝視の視線を痛い程感じるであろうに、彼は鬼蜘蛛の周囲に目もくれなかった。
「こんな場所で油売るのを許すたぁ、相当な気に入り具合だなぁ。
あの女狐、もう弐条城だろーが」
「そうだよ。引き蘢る人にくっついてたって、つまらない」
「くっくっく。やっぱ、てめぇも喰ったら美味そうだなぁ」
「ヤだよ。それに満腹だろ?」
「満腹にゃ遠いが、腹の足しにはなったぜぇ」
じゃあな、と嗤い、鬼蜘蛛は大きく飛び上がった。
春に己の糸で飛ぶ蜘蛛のように遠く、その姿は伏見稲荷の向こうへと消える。
強大な妖気の抑圧から逃れた誰もがホッと息を吐き、次に同じ目を向けた。

…君…、今、のは?」

完全に昼の姿となったリクオは、息も切れ切れに問う。
問いに対して、は逆に問い返す。
「前に全部言っただろ?」
今になって、再度問う気なのかと。

『オレも京に用があるんだ』
『妖同士の争いには絶対に手出ししないし、関わらない。それが神族の掟。
それは妖だって同じだ』
『京都にも、リクオみたいに面白い妖怪が居ればいいな』

その通りだ、何も間違ってはいないだろう。
…『羽衣狐』という単語さえ、無ければ。
押し黙るリクオに解っているのかいないのか、は笑いかけた。
無邪気ともとれる、彼のいつもの笑みだった。

「だったら迎えに来なよ。弐条城に」

至極当たり前に告げた彼に、リクオは言葉を失う。
は、リクオが驚いている理由が分からないようだった。
不思議そうに首を傾げる。
ややあって、ざわりとリクオに夜の気配が混ざった。

「…ああ。迎えに行ってやるよ」

鬼蜘蛛から氷麗を取り戻して、封印を掛け直していって。
弐条城で羽衣狐を倒して。

「だから、ちゃんと待っとけよ?」

告げて、リクオは笑った。



End.



10.3.27

閉じる