人の姿を借り
人の道具を持ち
人の身体を貫く


―嗚呼、我が身のなんと不甲斐ないことよ


あまりの不甲斐なさに、妙な情が湧いていた。
それが、あの時だ。

「まさか、其方(そなた)があの時の童子(わらし)とはの」

なかなかに良い男振りじゃ、と美しく嗤った。
(この身に屈辱を与えた、あの男に瓜二つ!)
最高の獲物ではないか。

「…何をしに来たのか、訊いても良いかい」

ぴぃん、と張りつめた糸のような、中央で青光りさえ発してぶつかり合う殺気が、この場へ他の誰をも寄せ付けない。
月と同じ色に輝く怜悧な瞳は、闇に描かれた漆黒を見据える。
漆黒は、やはり嗤った。

「なに、顔をよぉく見ておこうと思ってな。
わらわの爪に掛かる前に、其方らはわらわの百鬼に呑まれるじゃろうて」
「ほぉ、大した自信じゃねえか」
「自信ではなく、事実じゃ。わらわの封印は、未だすべて解けておらぬ」

力を封じられてなお、この強大な『畏(おそれ)』。
だが月は、呑まれない。

(この月を切り裂いてあの男の前に晒せば、絶望に戦慄く姿が見れる。なんと、愉快)

いいや、あの男なぞどうでも良い。

(この月さえ呑み込めば、わらわは魑魅魍魎の主。この国の百鬼を従え支配する)

なんと、素晴らしい未来ではないか。
抑えきれぬ笑みを隠そうともせず、漆黒は来た闇を引き返す。
翻った黒髪もまた、闇の上に漆黒を描いた。


「早う来い。其方ならば、何時でも歓迎しようぞ」


そろそろ、陰陽師で戯れるのも飽きた。

言の葉に、月がざわめく。
一層強く撃ち込まれた殺気の心地に、羽衣狐は声を立てて嗤った。



09.11.1

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