種D『黒の糸』/キラシン
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フリーダムがAAの格納庫へ収容される。
カタパルトの完全密閉を確認したと同時にAAは潜航を開始し、ひっそりと海中へ消えた。
深くなる深度と心無しか感じる、閉塞感と迫る暗闇。
座席の後ろからモニターを覗き込んでいたシンは、思わず零す。
「…どんだけ暇人が揃ってんだよ、この艦」
頭上から落ちた言葉に、キラは苦笑した。
「反論の言葉も無いよ。あ、そうだシン」
「なに」
キラが後ろを軽く見上げると、呼び掛けた彼はキラの視線に入るよう自分の位置を僅かにずらした。
シン・アスカの本来の気質は優しさなのだろう、とキラは思う。
無意識の心配りというものは、習慣付けられていなければ存在し得ない。
かつては自分もそうであったはずなのに、とキラは懐古する。
「部屋に着くまで、眠ったフリしておいてくれる?」
「…それじゃあ、この艦の人間も仕組みも分からないだろ」
敵艦であるこの場で、周囲を見られないことは致命的なものになる。
だがキラは軽く笑った。
「その辺りの情報は、端末さえあれば何とかなる。なんならハッキングの仕方も教えるから」
「あんたそんなこと出来んの?」
「得意分野だからね。それはともかく、君が眠っていれば、僕は他の人にその場で説明しなくて済む」
キラにとってそれは必要な事項であるのだが、シンはあまり納得した様子ではない。
眉を軽く寄せた彼に、キラは切り札とばかりに一言告げた。
「それに君、嘘つけないでしょ?」
鮮やかな紅玉が軽く見張られる。
嘘をつくのが得意かどうかの確認ではなく、断定されてしまったことに。
キラは畳み掛けた。
「一度誰かに対して嘘をつけば、それは自分自身に返ってくる。銃の引き金と同じで、一度付けば嘘吐きに慣れてしまう。
…殺したくないって叫びながら殺し続ける人間は、気味が悪いだけでしょう?」
自嘲混じりの言葉に、シンは眉をさらに寄せる。
(それは、あんたのことか)
しかし音にはしなかった。
「分かったよ。後でちゃんと教えてくれるなら、狸寝入り決め込む。
…オレ、あんま軽くないけど大丈夫なのか?」
純粋に問うて来た彼に、キラは苦笑に戻る。
「心外だなあ。これでもちゃんと鍛えてるよ?」

フリーダムから降りて来たキラが抱えていたのは、少年だった。
マードックが真っ先に尋ねる。
「おいおい、どうしたよ?」
キラは少しだけ考える素振りをして、結局シンと出会った時のことを理由にした。
「うーん、人助け…かな」
「はあ?」
「いや、だって突然海に落ちたんですよ。さすがに助けるでしょう」
「…自殺か?」
「いえ、ちょっと話を聞いてみたら違うみたいで。
あ、マードックさん。フリーダムは整備要らないと思いますよ」
「おう、了解だ。そういえばピンクの嬢ちゃんが捜してたぞ。そろそろ来ると思うが」
「ラクスが?」
言っている傍から、ぱたぱたと駆けてくる音が聞こえた。
「キラ、いったいこんな時間にどこへ…。そちらの方は?」
聡いラクスは、すぐに声を潜める。
「ええっと…つい人助けしちゃってね。結局どうしようかと迷って連れて来たんだ」
「外傷は…ありませんわね」
「うん、今は眠ってるだけだよ。だから、とりあえず僕の部屋にでも」
そこで歩き出そうとしたキラは、行動を止めた。
「…何か言いたそうだね、ラクス」
改めて彼女を見れば、酷く哀しげな目に見つめられる。
けれどラクスは開こうとした口を閉じ、別の言葉にすり替えた。
「その子を落ち着かせてからにしましょう。医務室に近い方が良いのでは?」
ラクスとて、キラと短い付き合いではない。
キラが如何に不安定、かつ危険な領域に立っているのかくらい、分かっている。
抱えている少年を助けたという話も、真実であるのは半分程度だろう。
言葉にしている部分だけが真実で、きっとその先は違う。
(もしかしたら、)
喉まで出かかった不吉な予感を、ラクスは必死に追い払った。

ミーティングルームでラクスを待たせ、キラはようやく己の部屋へ辿り着く。
背後でロックの掛かる音を聞いてから、ほっと息をついた。
「もういいよ」
声を掛けるが早いかすっと開かれた目は、まっすぐにキラを見上げる。
「…なんでラクス・クラインが?」
「説明すると長いよ」
「じゃあ、後で良い」
床へ足を付けたシンは軽く伸びをし、部屋の中を見回した。
殺風景な部屋だ。
目立つものは机上のパソコンと、不思議な物。
《トリイ!》
"ソレ"は机から飛び立つと、キラの差し出した手に止まる。
キラは興味津々のシンに笑い、"ソレ"を彼の手に飛び移らせた。
「トリイっていうロボットだよ。作ったのはアスラン」
「…うっそ」
怒り、悲しみ、笑い、憎しみ、驚き、そして微笑む。
家族を亡くして独りで生きてきたのであろう彼が、こうまで歪んでいないことが奇跡だ。
もしかしたら彼の傍に居た誰かが、気づかれないように守っていたのかもしれない。
キラは思考を中断させ、トリイに集中しているシンの意識を別へ向ける。
「パソコンは、今はこれしかないからこれ使っていいよ。
アカウントとパスワードは、rootと大文字FのFreedom」
「もうちょっと捻れば?」
「僕しか使わないし、使えないから良いんだよ」
片手間にキーボードに手を走らせていたキラが、ようやくノートパソコンの前を明け渡した。
画面には、アカウント入力画面が映っている。
「…何か細工してるのか」
「当然」
ややの沈黙を挟み、シンは徐(おもむろ)に口を開いた。

「オレはこの部屋から出ないよ。あんた以外の人間に会う意味もないし。
後で必要な物、リストにするから用意してくれれば良い」

キラの唇から苦笑が漏れる。
「自活力に溢れてるね」
声の主を振り返ったシンは、どういう意味かと視線で問うた。
そこで言い忘れていたとばかりに、新たな言葉が生まれる。
「ラクス・クラインはちょっと気になるけど」
「ああ、ラクスか…。彼女なら、大丈夫かもね」
何が大丈夫なのか、その意味は聞かない。
聞いても意味を成さない。
「…君が部屋を出ないなら、それで良いよ」
そっと頬を撫でられ、視線を合わせれば軽い口付けが降りてくる。
耳元で囁かれた言葉に、頷いた。

『だいじょうぶ』

(オレは、何も守らなくていい。自分以外は、何も)
鳥形ロボットだけを残して、部屋にはひとりきり。
ログインしたノートパソコンで、さて何をしようかとシンは笑う。
「何から、壊してもらおう?」
子供のように邪気無く笑い、悪意無き破壊を口にした。

end. (2010.6.6)


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