『私の本当の想いが貴方を守るから…』



そう、伝えられたのはこれだけだった・・・






-もう二度と会えなくても-







『…ラ…キラ……』

誰かの呼ぶ声が聞こえる…。

『キラ…!』

"彼女"ではない。彼女は自分の目の前で死んだのだから。
薄ぼんやりとした意識の中で目に映ったのは…

「…ラクス……?」





戦争が和平を結ぶという形で集結してからおよそ一週間。
キラはずっと気を失ったままだった。

アスランとカガリはキラを気にしながらもオーブを立て直すために地上へ降りた。
アークエンジェルとクサナギのクルーたちの大部分もまた地上へ。

・・・ラクスはプラントに残った。
地上へ降りる前にやらなければならない事があるし、何よりもキラの治療が最優先だった。
最新設備のあるプラントの医療施設。
ラクスは一日のほとんどをキラの看病にあてていた。
・・・父を亡くした自分を支えてくれた彼への恩返しも兼ねて。
そして…自分自身そうしたいと願う心のために。





・・・その彼がようやく…目を覚ました。





「キラ…良かった……本当に………」

次から次へと溢れる涙を止める術は知らない。
ラクスは彼に抱きついた。

「ラクス……?」
まだ頭が覚醒しきっていないキラは突然抱きつかれて驚いた。
・・・けれど彼女が泣いている原因はきっと自分にあるのだろう。

「ごめん…心配かけて……」
ラクスはキラの言葉に首を横に振った。
「目を覚ましてくれただけで…それだけで良いですわ……」

こうやって自分の名前を呼んでくれるだけでいい。




・・・願う未来は…叶えることが出来るのかもしれない。
少し前までは願うことすら出来ない状況だったのに…




「お医者様を呼んできますわ。あと何か飲み物を持ってきますから」
まだ少し目が腫れて赤いが、ラクスは何週間ぶりかしれない心からの微笑みを浮かべていた。
「うん。ありがとう、ラクス…」
キラもまた微笑み、ラクスは病室から出ていった。

再び襲ってきた睡魔に身を委ねたキラ。
彼の心の底にはとても深い、痛みの欠片が残っていた。



「…フレイ……」











『……』

誰かに呼ばれたような気がして、ラクスはふと足を止めた。
誰の気配もないのに、誰かがいるような気がした。

『…ラクスさん……』

声が聞こえた。
・・・今確かに、自分の名前を呼んだ。
振り返ったラクスが見たのは、一人の少女だった。



見覚えのあるピンク色のワンピース、紅い髪にアクア色の目。
・・・彼女は自分と同じくらいの年だったと記憶している、"あの時"の少女。

「フレイ…アルスターさん……?」



その少女は微笑んだ。
『あんなに酷いこと言ったのに…覚えていてくれたの……』

最終決戦で命を落としたフレイ。
彼女は何も知らなかった、知ろうとしなかった自分をひどく悔いていた。

『貴女には謝れなかったから……』



目の前で父を殺され、キラ…彼のせいではないのに憎しみを彼にぶつけた。
そしてキラが拾った救命ポッドに入っていた、コーディネイターであるラクス・クライン。
彼女を人質に取ってまで憎しみをぶちまこうとしていた自分。


"コーディネイターのくせに馴れ馴れしくしないでっ!!"


自分にあんな事を言う資格などなかったのに。
自分は何も知ろうとしなかったくせに。
・・・自分の幸せだけを願っていたくせに。


『ごめんなさい。…それだけが言いたかったの。
許されるなんて思ってないけど、それだけは言っておきたかった……』


フレイは哀しげに微笑んだ。







しかしラクスは首を横に振った。
「貴女が謝ることなど何一つ、ありませんわ。私も…父を殺されましたから……」

・・・そう。たとえ直接関わっていなくても…急進派にいた人を憎んだ。
"憎い"と思ったことがあるのは決して否定しない。

「だからほんの少しだけでも貴女のお気持ちが分かりますわ。愛する人を殺された気持ちが……」

・・・それが…"人"という生き物。



ラクスはほんの少し、いたずらっぽく笑った。
「…けれどどうしても、とおっしゃるのなら、一つお願いしたいことがございますの」
『?』
にっこりと微笑まれてフレイは困惑する。
ラクスは静かに言った。
「キラに会っていってくださいな。私では出来ないことでも、きっと貴女なら出来ますから……」
『…ラクスさん……』

ラクスはすっと手を差し出した。
「誰かを想う気持ちは皆、同じですわ」
困惑していたフレイもまた、微笑んだ。
『そうね…きっと……』

・・・最初に出会った時に出来なかった握手。


「ごきげんよう、フレイさん」
『ごきげんよう、ラクスさん…』


・・・生きてもう一度こうやって出会えたなら、どんなに良かったのだろう。
・・・生きた声で話すことが出来たなら、どんなに良かったのだろう。















『キラ……』


最後に見たのは自分を守ってくれた姿だった。
あんなに酷いことを言ったのに…あんなに酷いことをしたのに自分を守ってくれた。
それなのにお礼もろくに言えなかった。
謝ることも出来なかった。

・・・だから私はここに来た。





「…誰……?」

・・・声が聞こえたのだろうか。
眠っていたキラはふっと目を覚ました。

『キラ…私よ。分かる?』

声の聞こえる方へ目をやると、そこには守りたかった人物がいた。
「フ…レイ……?」

『言わなきゃいけないことがあったから…伝えたいことがあったから……』




ひとつ、ふたつ。
キラの目から涙が溢れてきた。

「ごめん。守るって言ったのに……なのに僕は……」

・・・自分を頼ってくれたのに。
自分を守ると言ってくれたのに……



フレイは哀しげに首を振った。
『泣かないで。キラのせいじゃない。みんな…私の責任だもの』
「でもっ……」

なおも自分を責めるキラをフレイは抱きしめた。

・・・あの頃に持っていた温もりはない。
けれど、あの頃になかったこの気持ちがまだ私には残ってる。


『ごめんね。ずっと私を守ってくれたのに…私は何も出来なかった……』
「違う!君は…」
もう一度首を横に振って、フレイは言葉を続けた。
『ありがとう。私を守ってくれて…。いつも傍にいてくれて……』






・・・もう、あの頃とは違う。





『キラ…幸せになって……』


・・・今の私に出来ること。

『私はここにいるから…私の想いが貴方を守るから……』

・・・貴方のために願うこと。



『ありがとう…それだけしか言えないけど。ラクスさんにも、そう伝えてくれる?』



光がフレイを包み込んでいく。
キラは呆然とそれを見つめていた。

「…フレイ……」



・・・キラの瞳に光る悲しみの色を今度こそ…






『キラはもう、独りじゃない。私もひとりぼっちじゃないから…』


・・・もう二度と会えないけれど…



『キラ、大好きよ。だから笑って?私が幸せになれるように……』







フレイは心からの、本当の笑顔をキラに向けた。
彼が悲しまないように…そして自分の感謝を全て込めて…。















・・・もう二度と会えないけれど。


それでもこの私の想いは消えたりしない。


・・・私の願いが叶うのなら。










・・・叶うのなら今度こそ・・・・・















END