連合軍を退けて束の間の平穏を取り戻したオーブ。
そのオーブのオノゴロ基地が近い海岸線に三つの人影があった。
月は雲に隠れ、闇の中の三人に気づく者はいない・・・
-闇夜の偶然-
「ちっくしょう!何で俺がわざわざこんな所に来なきゃなんねーんだ!!」
オルガは怒りをぶつけるかのように砂を思いっきり蹴り飛ばした。
数時間前、オーブの軍隊を落とせず上からキツイ罰を喰らわされた。
その続きだとでも言うように「オーブ軍の偵察」などという命令が下されてこのざまだ。
怒り以外の何も出てこない。
「あの赤いMSが入って来なければ白いヤツを落とせたのに」
同じようにクロトも悪態をつく。
偵察などというこそこそしたものは性に合わない。
しかも艦隊のレーダー及び自機レイダーガンダムの機能をもってしても基地への入り口を見つけられなかった。
おそらくオーブ国民の大部分は基地や軍隊の存在を知らないのだろう。
まずは基地への入り口を探し出さなければいけない。
こうも苛ついているとだんだんと周りの全てのことが気に食わなくなってくる。
「おいシャニ、もう少し音量下げたらどうだ」
辺りが静かなので漏れ聞こえてくる音が気に障る。
指摘されたシャニはMDプレイヤーのスイッチを切りつつもクロトを冷ややかに睨んだ。
「…俺こっち捜す」
しばらくしてそれだけ言うと、シャニは二人に背を向け海岸沿いに歩いて行った。
「くっだらねえ…」
海岸線をあてもなく歩きながらシャニは呟いた。
わざわざオーブ本土に足を踏み入れたところで何かが分かるはずもない。
だからこそ直接オーブを叩きに来たのではないのか。
「くっだらねえ…」
もう一度呟いて止めたMDのスイッチを入れようとしたときだった。
『トリイ』
鳥か何かの鳴き声のような電子音が聞こえてきた。
反射的に傍にあった岩陰に身を隠すとその声がした方に目を凝らす。
「だめだよ、あまり遠くに行ったら…」
やはり鳥らしいそれを手に止まらせて話しかける声。
それはまだ少し幼さが残っている。
(女…か?)
距離も遠く、月が雲に隠れたままなので顔までははっきりしない。
だがその着ている服は色まで分からないとは言っても…連合軍の物。
昼の戦闘で見た、クロトが落とし損ねた白い戦艦。あれは連合の物だと聞いた気がする。
アラスカで基地護衛艦に異動したらしいとも聞いた。
(…命令違反…ね)
クッと声を殺して笑うと、シャニはナイフを取りだした。
・・・相手が女なら脅して聞き出す方が早い。
銃は持っているがサイレンサーがない。音が響いて他の奴らが来るのも面倒だ。
音を殺してそっと近づくとその首もと辺りにナイフを突きつけた。
「お前、白い戦艦に乗ってる奴だろ?」
ほんの少しピクリと反応したがその人物はさして驚いた様子もない。
手に止まらせていた鳥みたいなのを空へ放すと目線だけこちらに向けた。
「…連合軍の方が何のご用ですか?」
雲の隙間から差し込んできた月明かりで自分が相手にしている人物の容貌が明らかになった。
紫紺の眼に鳶色の髪。
細い体つきをしているが間近だと少年だということが分かった。
そして何よりその紫紺の眼。
今までに見たことのない色だったし、何かに魅せられるような感覚に陥った。
・・・だがそれはほんの一瞬。
その一瞬のすきを少年は見逃さなかった。
ふっと少年の姿が消えたかと思うとシャニはちょうど背負い投げのように投げ飛ばされた。
そう体勢を崩さずに着地は出来たがナイフはきっちりと少年の手に握られている。
その華奢な腕からは想像も出来ない。
「僕を利用しようとしても無駄ですよ。
利用される前に逃げるし、逃げ道を絶たれても脅されても何も言いませんから」
強い光を持った意志の眼と決意を持った凛とした口調。
思わず笑い出さずにはいられなかった。
「…変なヤツ」
その時点で既にどうでも良くなったシャニはくるりと少年に背を向けると元来た道を引き返そうとした。
「…見逃してくれるんですか?」
驚いたような声に振り返ると、その少年は持っていたナイフをひょいとシャニの足下に投げた。
「お返ししますよ。どうせ使わないし」
ナイフをめんどくさそうに拾ったシャニが顔を上げると、少年は既にあの変な鳥を伴って歩いて行っていた。
「…お前、なんて名前?」
何故こんなことを聞いたのか自分でも分からなかった。
ひょっとしたら単なる独り言のように呟いたかもしれない。
少年は足を止めて振り返った。
「キラ。キラ・ヤマトです。貴方は…?
敵に名前を聞くなんて貴方も変わってますね」
おかしそうにクスクス笑っている。
・・・とても戦争に出向いている人間には見えない。
「…シャニ・アンドラス」
まさか聞き返されるとは思っていなかったシャニは後ろを振り返った。
少年…キラは哀しげに笑っていた。
「戦争中じゃなかったら良かったのに…」
「?」
それだけ言うとキラは去っていった。
シャニは元来た道を歩きながら、何故自分がキラに興味を持ったのか首を傾げた。
「…やっぱり変なヤツ」
そう呟いて空を見上げると月が見えた。
儚く光る月が何となくキラに似ていた・・・
END