ここはザフト戦艦ヴェサリウスの格納庫。
任務を終えて戻ったMSの整備に誰もが追われている。
・・・そんな中、不機嫌の絶頂に立っている少年が居た。






-見返りは宝石よりも高く-







「ちょっとイザーク!キラを捜してきてください!」
「はあ?」

デュエルの整備をしていたイザークは同じくブリッツの整備をしているニコルの言葉に顔をしかめた。

「だから、キラを捜してきてくださいと言ったんです!」

何で俺が、と言い返そうとしたイザークだったが彼を見てその言葉が引っ込んでしまった。



はたから見ればいつもと変わりないように見えるニコル。
しかしその周りの空気…オーラというか、それが果てしなく冷たい。





「…キラがどうかしたのか?」

イザークは極めて冷静に聞いた。
・・・キレたとき一番怖いのは、普段から物腰が柔らかい人間だ。

「どうもこうも整備を放ってどこかに行っちゃったんです!さっきから整備の方々が口々に聞いてきて…。
アスランはクルーゼ隊長と会議に行っちゃうし、ディアッカはさっさと逃げてったし…。
僕は次の作戦の書類を書かなきゃダメなのにブリッツのOSにエラーは出るし…」

ニコルは延々と愚痴るとにっこりと微笑んだ。


「捜してきてくれますよね?」




綺麗すぎる微笑み。そしてその目は笑っていない。
イザークはため息をついた。
ようするに使える人間が自分しか残っていないというわけだ。

・・・断るとヤバイ。

そんな予感がした。












それから数分後、結局イザークはキラの部屋の前に立っていた。
ニコルの「部屋にいるだろう」と言う言葉は信憑性の欠片もないが他に捜す宛てもない。
何度目かのため息をつくとイザークはドアを叩いた。

「どうぞ」

予想に反して返事が返ってきた。
それに驚いてイザークは勢いよくドアを開ける。



「キラっ!お前こんなとこで何して…うわっ!!」
突然目の前を何かが掠めた。

『トリイ!トリイ!』

「!トリイ、危ないよ!ごめんイザーク、当たらなかった?」
そう言って謝るキラの足下には工具が散らばっていて、頭上では鳥型ロボットがバサバサ飛び回っている。

「…いや、大丈夫だ。それより何やってたんだ?」
「うん、トリイの電池が切れちゃって。ホントにいきなり止まっちゃったから…」
キラはそう言って散らばった工具を片づけ始める。

『トリイ!』

一声鳴くとトリイはイザークの肩に止まる。そのトリイを弄びながらイザークはもう一度ため息をついた。
・・・ニコルの機嫌を悪くしたのがこんな小さなロボットだったとは。








「ところでイザークは何でここに来たの?」
「…ニコルの使い走りだ」
「ニコルのって…ああっ!!そうだ、整備頼まれてたのにっ!!」
キラは慌ててイザークとトリイを廊下に押し出して自分も外に出た。

「うわーどうしよう…何も言わないで来ちゃったよ…」
アスランに貰ったというこのロボットがよほど大切らしい。そしてそんなキラの慌てぶりがまたおもしろい。
イザークは更に追い打ちをかけるかのように手に持っている十枚ほどの書類を渡す。
それを見たキラは露骨に嫌な顔をした。



「イザーク、これって嫌がらせ…?」
「俺に言うな。ついでに渡せと言われたんだ」


しばしの沈黙。


「ひょっとしてニコル、ものすごく怒ってる…?」
「さあな。さっさと行かないとまた仕事増やされるんじゃないか?」


そう言って前を歩いていくイザーク。
これでようやく厄介払いかと思いきや、今度はキラによってそれを崩された。
「ええ?イザーク一緒に行ってくれないの?!」

キラの問いにイザークはニコルの時には言えなかった言葉を今度こそ口にした。
「何で俺が」

そう聞いてみればバツが悪そうに呟く。
「…だってニコルって怒ったらもの凄く怖そうだし…」


・・・一理ある。


「…分かった」
そういえばデュエルの整備も完璧には終わってなかったことを思い出した。
…が。

「まさかその書類の分を手伝えと言う気じゃないだろうな?」
「え…ダメ…?」



イザークはため息をついた。
「手伝ってもいいがちゃんと礼は貰うぞ」
イザークの真意が分からずキラははてなマークを浮かべる。
「礼って…あ、ディアッカだ!」


格納庫への直線道に出たところでディアッカに出会った。
彼の様子からすると特に用事もなくただふらついているだけだろう。
「お、イザークにキラ。こんなとこでデートかよ?」
「で、デート?」
「…何馬鹿なことを言っている」
普通に驚くキラと普通に受け流すイザークにディアッカはちょっとがっかりした。

・・・もう少し別の反応をしてくれたらからかいがいがあるのに。



「ちょうどいい、お前もキラを手伝え」
「は?手伝えって…MSの整備か?」
「他に何がある?」
(うわ、やぶへび…)
ディアッカがどうすべきか思案している間に一番来てほしくない人間がやって来た。

「あ、イザーク。ディアッカまで連れてきてくれたんですか!」

相変わらず綺麗な微笑みを絶やしていないニコルだった。
ディアッカは逃げ出したい衝動に駆られたがニコルはそんなことお構いなしで話を進める。
「じゃあこっちはディアッカに任せましょうか。
ここに書いてある部品を搬入口まで取りに行ってください」
有無を言わさない口調でディアッカに部品のメモを渡すとニコルはキラへ向き直った。

「キラもちゃんと書類の分プラスしてやってくださいね」

微笑みをそこに残してニコルは去っていった。







「…ディアッカがいなかったらアレも僕がやることになってたのかな…」
しぶしぶと搬入口へ向かうディアッカを見送りながらキラは呟いた。

「あ、ねえイザーク。さっき礼は貰うって言ってたけど…礼って何?
デュエルのOS組み換えとかなら先にやっちゃうけど…」



そう言ってイザークの方に向き直った途端、キラはぐいっとイザークに引き寄せられた。
・・・直後に唇に暖かい感触。




それがキスだと理解したのは唇を解放された後だった。








「!!なっ…イザーク?!」
パニックに近い状態のキラはうまく言葉を出せない。イザークはそんなキラを見て不敵に微笑んだ。
「別に減るものじゃないだろう?」

初めて見るかもしれないイザークの綺麗な微笑みに、数秒前の出来事も重なってキラはますます赤くなった。
「そーゆー問題じゃないよ!!」

抗議するも虚しく、イザークはさっさと格納庫へ向かう。
「デュエルの整備が終わったら手伝ってやる」
そう後に残して。













『トリイ!』

後に残されたキラは一人呆然としていたがトリイの鳴き声にハッと我に返った。
幸いにも通路には誰もいない。

さっきまでと比べたらかなり落ち着いたが、それでもまだ顔が熱いのが分かる。


・・・格納庫でちゃんと顔を合わせられるだろうか?


たぶん無理だろうと思いつつもキラは考えてみる。








「イザークだけなんてずるいよ…」









・・・小さく呟いたその言葉の真意はキラだけが知る。













END