ここはオーブ国領ヘリオポリス。
宇宙にありながら、地球上と同じ生活が出来る巨大なコロニーだ。
そしてオーブ国民なら知らぬ者はいない有名人が三人、カレッジに近い一軒家に住んでいた。



「おいキラっ!いい加減起きないと遅刻するぞ!!」
「うう〜…起きる…起きるから耳元で叫ばないで、カガリ……」

キラは耳を塞ぎつつ、カガリに呼ばれること四回目でやっとベッドから起き上がった。







オーブの三翼〜彼らはこんな兄弟。







毎朝同じことを繰り返すこの家の主は、キラ・ヤマトとカガリ・ユラという。
カガリが双子の姉でキラが弟、そしてキラは姉と違いコーディネイター。
そんな、世界中でも特殊な血の繋がりである。


"ナチュラル"と"コーディネイター"の間が険悪になり、戦争に発展しそうになること数回。
未だプラントと地球連合国はいがみ合いを続けている。
しかし年月が経つにつれて、『コーディネイターもナチュラルも同じ人間』とする中立国が増えてきた。
オーブはそんな中立国の代表的地位を確固たるものにしている。
その最たる理由が、オーブ代表であるアスハ家の特殊な三兄弟。

先ほどのキラ・ヤマトとカガリ・ユラ、その二人の兄であるカナード・パルス。
正確には三人とも名前の最後に"アスハ"がつくが、それはあまり重要ではないので省こう。

何故かこの兄弟は、カガリだけが"ナチュラル"。
これはオーブ国内でも大きな謎の一つとされている。
謎ではあるが誰も突っ込んで調べようとしない、そんな不思議もある。
ともあれこの三人はとても…というか、かなり仲が良い。
それはとある事情により、最近まで三人バラバラに過ごしていたためらしいが。

現在、二人の兄カナードはオーブ首長代理としてヘリオポリス政務庁にいる。
コーディネイターの成人年齢は15だというから、17である彼は成人。
ちなみにキラとカガリは16だ。
"ナチュラル"でいえばまだ成人していない息子に、ウズミ代表はなんという責務を負わせているのか。
さて、そんな声は誰からも訊かれない。
キラとカガリが父ウズミを説き伏せて、"兄弟で同居"を実現させたのは二年前の出来事。
敢えて言うなら、彼ら二人がもっとも文句を言う人間だ。
ある筋からの情報では、同居を実現させるために二人はかなり強引な手段を使ったらしい。
真相は闇の中にのみ存在する。
まあ、そんな話は脇へ置いておこう。

最近二人とも…特にキラは、元気がないことこの上ない。



「キ〜ラ〜…頼むからそーやってため息ばっかつくな!私まで暗くなるだろ」

ようやく食卓についたキラだが、低血圧云々抜きで暗い空気を背負っている。
カガリの言葉にキラは勢い良く反論した。
「だって!もう一週間もカナ兄に会ってないんだよ?!仕事が忙しいっていうのは分かってるけどさ…」
語尾はごもごもと小さくなり、サラダをつっつきながらキラは再びため息をつく。
分かりきっている理由を言葉にして言われたカガリも、大きなため息をついた。
「…せっかく人が日にち数えないように努力してたのに」

政府機関の仕事は相当きつい。
それはナチュラルでもコーディネイターでも同様だ。
父ウズミは大事な事務処理をうっかり忘れることが多いため、カナードはそちらの宿泊施設に泊まり込むことも多い。
仕方がないと割り切っていても、つい何日会っていないか数えてしまう。
カナードが大好きな二人にとって最大の問題だ。
それが兄の日頃の行いに無関係ならば、なおさら。
二人の持論は"父がもっとしっかりしていれば!"である。

しかしここからが昨日までと少し違った。

カガリはポケットから何やら小さな紙切れを取り出し、キラに渡した。
「…何これ?」
四つに折り畳まれていたそれには、何やら住所らしきものが走り書きされている。
首を傾げるキラに、カガリはにやりと笑った。

「今日、兄様がいる場所」

キラは目を丸くした。
「すごい!どうやって調べたの?!」
「ああ。昨日、偶然キサカに会ったんだ。そのときに脅して聞き出した」
その脅し文句は一体どんなものだったのだろうか。
キラが気にすることはない。
二人は顔を見合わせると不敵に微笑み、ガタンと元気よく立ち上がる。
「そうと分かれば!」
「うん!会いに行こう!」

もちろん二人はカレッジの学生。
今日の授業はサボりですか、お二人さん。
え?『愛は勝つ』?…そうですか。



「…C-50棟って、あのセキュリティ完備の?」
「そりゃあ政府機関の会議なんだから。重要会議ってそういうとこでやるんじゃないのか?」
テーブルの上を片付けて、広げた地図とにらめっこ。
キサカからもたらされた住所は、ここからそう遠くない場所だ。
当面の問題は、その建物のセキュリティ。

「入り口ってパスワード?それとも証明書?」
「さあ…私も行ったことない」
「そっか。じゃあ仕方ないね」

キラはおもむろに近くにあったノートパソコンを引き寄せた。
そして電源を入れネットワークに繋ぐが早いか、猛スピードでキーボードを操り始める。

キラの十八番、『ハッキング』

おそらくこの腕は他の誰にも負けないだろう、とあらゆる方面から太鼓判が押されている。
やろうと思えばプラントでも連合国でも、政府機関の機密を盗み出せるとか。
「犯罪だろ!」というツッコミは、残念ながら効いた試しがない。
早い話、彼らに一般常識の半分はあってないようなもの。
誤解のないよう言っておくが、これは褒め言葉である。
…彼ら限定だが。

「C-50…C-50……あった!えっと、このコードは確か……」
この辺り、カガリにはチンプンカンプンだ。
「あ、パスワード制だ。"・・・・"だって。カガリ、覚えといてね」
「あーあー!ちょっと待て!メモするから!!」
「あれ?他にも結構会議やってるとこあるよ?」
「…ミーティングとかも混じってるんじゃないか?」
「えーと、じゃあ"オーブ首長代理"って言葉は……あ、"506会議室"って書いてある!」
「…C-50棟506会議室だな!」


目的地が分かったところで、いざ出発!










ここはヘリオポリス中央区、C-50棟506会議室。
首長代理として出席せざる負えなかったカナードは、いい加減逃げ出したかった。

ここ一週間、オーブ本国から送られてくる書類やら何やらの処理で、政務庁に缶詰状態。
おかげで家にも帰れず辟易する。
この会議が終われば一息つけるはずだが、はっきり言って今日で終わりそうにない。
というか、先ほどから論争に発展している。
すでにカナードは職務を半ば放棄して、それをぼんやりと見つめているだけ。
右から左に聞き流しており、責任者としての責任も同じく放棄していた。

そんな責任者を誰一人咎めないのは、論争を回避している他の会議参加者たちも疲労困憊であるから。
ついでに言えば、そうそう拝見出来ない"オーブの黒翼"を間近に見られるだけで十分であった。

腰まで届く長い黒髪に、中性的な整った顔立ち。
女性に見紛うほどすらりとして、均整の取れた体躯。
モデルにでもなれば大人気を博すこと間違いないのに!
…と、世の女性たちは嘆く。
もちろん、この会議に出席している女性たちも例に漏れない。

"黒翼"と呼ばれる所以はその外見だが、国名を背負えるだけの手腕を持っているのも確かだ。



終わらない会議にうんざりし、カナードは何かとんでもない邪魔でも入ればと思った。
とんでもない、と付くからには、すぐに会議が終わってしまうようなもの。

「!」

ふいにカナードが会議室の入り口を見やった。
突然のその行動に、論争を繰り広げていた者たちも何事かと彼を見る。
カナードはしばらく入り口を見つめていたが、そこから目を離すとフッと笑った。

「会議は来週に持ち越しだな」
「「は?」」

会議に参加していた者全てが、間の抜けた声を発した。
ぜんたい、何事か。
理由を問いただそうとしたその時、なんと開くはずのない電子ロックの扉がガチャリと開いた。


「あ、開いた!さっすがキラ!」
「まあね♪これぐらいできないと」


そんなある意味恐ろしい、それでいてとても明るい声が聞こえてきた。
もちろんその主は、

「あ、カナ兄!」
「兄様、久しぶり!」

言わずと知れた双子の姉弟、カナードの妹カガリと弟キラ。
またの名を"オーブの双翼"。
会議中ということなど米粒ほども気に掛けない。

「…お前ら……」
呆れ声を出しつつも、カナードの口元には笑みが浮かんでいる。
抱きついて来た二人を適当にやり過ごしつつ、聞いてみた。
「どうやってここを調べたんだ?」
キラとカガリは顔を見合わせると、天使の如くにっこりと微笑んだ。

「(脅して)キサカに場所を聞いたんだ」
「で、僕がパソコンで(ハッキングして)続きを調べたの」

当然のごとく、カナードには()に入っている言葉を予想出来た。
なので、とりあえず内心でキサカに手を合わせる。
おそらくカガリの脅し方は半端ではなかっただろうから。
ついでに、会議をぶち壊した原因を作ってくれた礼も兼ねて。

「カナード兄様、早く帰ろうよ!」
「そうだよ!こんなとこにいたって楽しくないし」

重々しい会議を楽しいと思える人間は、はたしてこの世に何人だろうか?
この二人…いや、カナードも含めて三人がそれに含まれないことは確かだが。
口々に「帰ろう!」と催促する声を、カナードは静かに打ち沈めた。

「…分かったからちょっと黙れ」

ピタリ、と会議室の中が静寂に包まれた。
さすが鶴の一声。
カナードは疑問符と混乱に満ちている会議参加者たちを尻目に、さっさと書類を整理し始めた。
「来週までに片付けろって書類はこれだけか?」
呆然としている秘書のメリオルに問う。
オーブ首長代理という地位にいれば、嫌でも秘書がついてくる。
メリオルはさすがオーブ代表が選んだだけあって、有能だ。
しかも常識から少し外れている三兄弟と仲良くやって行ける、貴重な人材でもあった。
問われた彼女はハッと我に返り、ディスクやら書類やらを整理し始めた。
そしてその短時間の中で、今週中に片付けなければならないものを選び出す。

「これだけです」

出されたものは、CD-ROM四枚と数cm分の厚さになった書類。
四枚のCD-ROMの内、二枚はおよそ機密レベルではない内容だった。
…書類もまた然り。
カナードは後ろで静かにしているキラとカガリへ問うた。

「キラ。お前、セキュリティプログラム組めるか?工場区の」

途端、会議参加者たちが驚きと非難の声を上げる。
キラとカガリは確かに代表の子であるが、民間人には違いない。
だがカナードは、他の会議参加者からの非難などどこ吹く風。
そんなものはこの三人に通用しない。
キラはああ、と何か思い出したように手を打った。

「ひょっとしてモルゲンレーテの?」
「ああ」
「ならOK!今使ってるやつ僕が組んだしね」

別の驚きが会議室内を満たす。
驚いていないのはキラとカナード、カガリだけ。

「カガリ、市民関係の雑務処理は?」
「問題なし!オーブ本国で散々やらされたし」

まだ二十歳にも満たないこの三人は、一体何者なのか。
逸脱している兄弟の会話に、分かり切っているはずのそんな疑問が全員の頭に浮かんだ。

カナードはといえば、キラとカガリの返答に満足した様子。
二枚のディスクをキラに、書類の半分をカガリに持たせ、残りを自分が持つ。
「それがお前らのノルマ。二日もあれば終わるだろ?」
「「当然!」」
キラとカガリは顔を見合わせ不敵に笑った。
カナードもまた笑みを返し、メリオルへ告げる。

「俺は明日から一週間休み。直通電話とケータイも全部繋がせないから頼んだ」

とんでもないことをさらりと残して、カナードは会議室を後にした。
呆然とする者達に向けて、今度はキラとカガリが釘を刺す。

「そんなわけで、兄様の邪魔は許さないからな!」
「邪魔したら、何が起こっても知らないよ?」

やはり兄弟だ。
こちらもとんでもないことをさらりと告げて、風の如く去って行った。
立つ鳥、跡を濁さず。
いや、濁すどころではない…。





カナードにとっては約一週間ぶりの我が家。
キラとカガリにそれぞれ渡した仕事内容を教え終わるなり、さっさと自室へ引っ込んでしまった。
「カナ兄?」
不思議に思った二人がしばらく経ってから様子を見に行くと、彼はカーテン等を閉めるのも忘れて眠っていた。
「やっぱり。相当疲れてたんだな、兄様…」
カーテンは後で閉めることにして、薄く開けた扉を静かに閉める。
今日、学校をサボった甲斐があった。
ここまで疲労困憊の兄は初めて見たのだから。
「ご飯出来たら起こそうよ。僕らもその前にアレ、やっとかなきゃ」
階下に降りると、キラは改めてノートパソコンを立ち上げる。
「ああ。兄様の眠りを妨げるものは敵だからな!」

"アレ"とは、先ほどカナードから任された仕事のことではない。
オーブ首長代理に対する外部からのアクセスを、完全に排除すること。
それを可能にする、キラが造ったこの家の特殊セキュリティプログラムが起動された。
簡単に言えば、電話線やらを引っこ抜いているのと同じわけだ。

「今週は僕らも休み決定だね」
「あいつらに講義ノート頼んどこう」


そんなメールがクラスメイトのトールとミリイの元へ届いたのは、言うまでもない。