5月18日は、言わずと知れたアスハの双子の誕生日。
オーブの三翼〜双翼の誕生日と特別なプレゼント。
始まりはその2週間ほど前、5月4日の夜。
ヘリオポリス政務庁にて。
大抵の店が戸締まりを始める時刻のこと。
カナードは執務室で、モニターを流れる文字列にうんざりとため息をついていた。
「誰だよ。わざわざ期日ギリギリにまとめて送ってくる奴は…」
次の瞬間には、その送り主から動画回線が繋がる。
『すまんカナード!このとおりだ!』
そう言って顔の前で手を合わせる画面の人物は、ウズミ・ナラ・アスハ。
世界で知る者はいないであろう、オーブ連合首長国代表首長。
カナードは画面に映る父を冷ややかに見つめる。
「百歩譲って一ヶ月はかかるプロジェクト企画書を、よりにもよって会談までに仕上げろ…ねえ。
息子に多大な負担をかける父親のどこが『偉大』なんだろうな?」
『…カナード。もう少しマシな言い方は出来んのか…?』
「思ったことを言ったまでだ」
何度目か知らぬため息をつき、カナードはフル稼働中の印刷機から出て来るプリントを眺める。
二週間後の5月18日。
オーブ本国にて、プラント評議会議員を招いての公式会談が開かれる。
この膨大なデータは、そのプラントとの共同企画についてのものらしい。
それを二週間でまとめろ…と。
例によって、カナードたち三人も出席してほしいと先方から要請されていた。
『キラとカガリは私が何とか説得するから、頼む!』
そしてその日は、キラとカガリの誕生日でもある。
(帰ったら騒がれるな…いや、帰る暇はないか…)
回線を切り、また文字列に戻った画面をぼんやりと見ていた。
会談にはプラントに住む母ヴィアも出席する。
つい先日聞いたばかりだが、会談が終わった後に二人の誕生日パーティーを開くのだと抜かしていた。
まあ、母が果てしなく非常識なのは今に始まったことではないが。
何はともかく、可愛い妹と弟の誕生日だ。
父母と共に祝えないのは残念だが、仕方がない。
(どーしたもんかな…)
機械的な印刷機の音を聞きながら、ぼんやりと考える。
「ん?」
5月18日?
「確か会談に来るのは…」
何か思い出したらしいカナードは、徐にどこかの回線を呼び出した。
5月17日、昼。
ヘリオポリス工業カレッジにて。
「ちょっと早いけど、誕生日おめでとう!キラ!カガリ!」
「ありがとう。トール、ミリイ」
「本当、大変ね。誕生日に本国での重要会談に出席しなきゃだめなんて」
同じく政府高官を父に持つフレイが、半ば呆れたように言った。
カガリは苦笑する。
「まあ、仕方ないしな。お父様も謝り倒してきたし…」
「「え?ウズミ様?」」
謝り倒すとは何だろうか。
サイやカズイも首を傾げてカガリを見た。
「本当はカナ兄も一緒に本国に行くはずだったんだ。それを父様が…」
不機嫌さを隠さず答えるキラに、カガリもぐっと拳を握る。
「お父様が、よりにもよって一ヶ月はかかる企画書を二週間で仕上げろって兄様に渡したんだ!」
しかもその重要会議に提出するものを、だ。
そんな大事なものをそこまで忘れる代表首長は他にいまい。
「それは…」
「すごい気の毒…だよな」
「でもカナードさんだから頼んだんだろうなあ…」
「確かに"仕方ない"わよね…」
誰もが同情せざる負えなかった。
"オーブの黒翼"の手腕は、すでに全世界が知るところだ。
その放課後、すでに荷物は送り済みだったキラとカガリはそのまま空港へ向かう。
かなりの効率化が図られたとはいえ、やはり宇宙と地球の距離は長い。
二人がオーブ本国の実家に到着したのは、すでに日が落ちた後。
5月17日、夜。
オーブ本国アスハ邸にて。
「本当、久しぶりね〜キラもカガリもv」
母のヴィアは、一目で分かるほどに浮かれていた。
いや、会う度にこんな感じのような気もする。
「すまなかったな。学校もあるのに」
他にも重なっている理由に、かなり申し訳なさそうな父のウズミ。
しかしそれはそれ。
キラもカガリもそこまで子供ではない。
「ううん。最高評議会議長がいらっしゃるのに、僕らまで断るわけにはいかないよ」
「兄様が来れないならなおさらだしな!」
「それなのよねえ…」
「「え?」」
どこか困ったように、それでいて楽しそうにヴィアが呟いた。
ウズミも何事かと妻を見やる。
「貴方たちも同席してほしいって頼んだの、シーゲルさんじゃないのよ」
この発言に三者三様、それぞれに驚いた。
「ヴィア、それはどういうことだ?」
「クライン議長が頼んだんじゃない…?」
「え、もしかして母様とクライン議長って知り合い…?」
あらあら、とヴィアは笑う。
「キラとカガリには言ってなかったかしら?私とカナードはアプリリウスに住んでたの。
だからラクスちゃんだけじゃなくて、イザ君やディア君もカナードの幼なじみよ」
イザークとディアッカについては、とある事件(※夏祭り参照)で知り合った。
キラとカガリを驚かせたのはその前の名前。
「「あの歌姫のラクス・クライン?!」」
プラントのアイドルであり、今や全世界のアイドルとなりつつある歌姫ラクス・クライン。
プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの娘。
オーブ本国で開かれる会談へ同行するという話は聞いていない。
…しかし。
「そうだ…ミリイが何か言ってたっけ…」
確か、彼女がオーブ本国でリサイタルを開くと。
その完全指定席のチケットは、発売当日にわずか15分でソールドアウト。
宇宙でも地上でも、一部の有料回線でリサイタルを生中継するのだとか。
リサイタルの日時は、5月18日の夜。
ウズミが何処か納得したように頷いた。
「そうか。あれはご令嬢の要望だったか…」
カガリは友人たちが、本国に降りることを一方で羨ましがっていた理由をようやく理解した。
「あいつら、だからあんなに…。でも私たちの我が侭が通るわけが…」
ラクス・クラインの生ライブ。
カガリだけでなくキラも、見れるものなら会場で見てみたい。
野外ライブらしいが半径2km内はかなりの警戒網が敷かれ、観客とテレビクルー、限られた招待客以外は入れない。
…それがいくら、主催側の代表でも。
万が一にも我が侭が通ったとして、それでは他の観客に失礼ではないか。
残念そうに沈む二人の目の前に、一枚の封筒が差し出された。
「そんなキラとカガリに届け物よ。カナードから」
「「え?」」
なんて事はない、ただの三つ折り用茶封筒。
薄っぺらなそれを首を傾げて開けてみた二人は、もう驚くどころではなかった。
『オーブ連合首長国主催/
ラクス・クラインリサイタルーSS席特別招待券』
そんな印字がされた特殊な紙が二枚、入っていたのだから。
5月18日、夜。
『皆様、本日は私のリサイタルにお越し下さり、本当にありがとうございました』
ウズミとシーゲルの代表会談、そして後にキラとカガリを加えた企画会談は成功に終わった。
だがラクスはリハーサルとの時間の都合が合わず、結局出席出来なかったようだ。
会談が終わったのは夕方一歩手前。
ヴィアは彼女にしては珍しくささやかなパーティを開き、キラとカガリの誕生日を祝った。
「さ、ラクスちゃんのリサイタルを特等席で見てきなさいな。
カナードでなくちゃとても出来ないプレゼントなんだからv」
その母の言葉に引っ掛かりを感じたが、キラとカガリは元気よく家を出た。
「「いってきます!」」
晴れた夜空の下で開かれたリサイタルは、終演を迎えようとしていた。
静かな華やかさを醸し出すエメラルドグリーンのドレスに身を包むラクスは、全ての観客へと礼を述べる。
『では最後の一曲を…と申し上げたいところですが、少々私事に時間を使わせて頂こうと思いますわ』
思いもよらぬ彼女の言葉に、観客席がざわめく。
そのざわめきを、ラクスは微笑み一つで静めてみせた。
『今日は私の大切な友人の、ご兄弟の誕生日ですの。
ですからこの会場にいらっしゃるその方に、祝いの歌を差し上げます』
もちろん、誰のことかは分からない。
聞いてからのお楽しみとでも言うように、ラクスは歌を紡ぐ。
『 Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday dear … Cagalli Yula and Kira Yamato …
Happy birthday to you!』
先程とは比べものにならないどよめきが起こった。
…ラクスが歌った名は、彼女と同じくらい有名な双子。
舞台に向けられていたスポットライトの内の二つが、観客席の最前列中央に当たった。
ラクスは一歩踏み出し、ライトに照らし出されたキラとカガリへふわりと微笑む。
「初めまして。カガリ様、キラ様。お誕生日、おめでとうございますvv」
驚きと喜びと、今日一日で人生の幸の半分以上を使ったような。
兄からの驚くべきプレゼント。
予想もしない、あのラクスからのプレゼント。
興奮冷め止まぬキラとカガリがアスハ邸に戻ると、また別のプレゼントが置かれていた。
…リビングテーブルの上に置かれた、大きな花束。
花屋でもあまり見かけない花だ。
見かけたことはあっても、贈呈用に作られることはないであろう花。
白の大輪を咲かせる花の横に、白い封筒が添えられていた。
封筒の名は連名で、何とクライン家の二人の名前が。
開けた中には一枚の白いカード。
『この花は"ユリノキ"と申しまして、5月18日の誕生花ですわ。
カガリ様とキラ様に、花言葉の"幸福"が訪れますように…
P.S. お礼は私たちではなく、お兄様へ仰って下さいね。
ラクス・クライン』
Happy Birthday!