5月19日、昼。

「…もう昼かよ……」

ヘリオポリス、オーブ政務庁。
カナードは付けっぱなしになっていたモニター画面の時計を見て、呟いた。
眠気の覚めきらない頭を動かし、部屋の中を見回してみる。
ここは事務室のようなもので、自分の他に六名ほどがいるが…
その六名ほども皆、生ける屍状態だ。

「おはようございます…ああ、カナード。起きていましたか」

部屋の入り口から一人の女性が入ってきた。
「…メリオル。今日、19日だよな?」
徹夜を一週間以上続ければ、それこそ後に来る疲労は多大なもの。
日にちの感覚もズレている可能性があった。
「ええ、19日です。ご安心を」
有能な秘書、メリオル・ピスティス。
カナードの行動パターンをよく分かっている彼女は、持っていた書類を手渡した。
「どうぞ。企画書に関わった者全員の時間外給金を計算してますから」
仕事の速いことだ。
さらっと目を通したそこにメリオルの項もあるのが、抜け目がないというか。







双翼の誕生日と特別なプレゼント〜後日談。







オーブ本国アスハ邸。
キラたちは二日あまり滞在することとなったクライン家の二人と、昼食会を催していた。
大人は大人、子供は子供で話は盛り上がる。

「ラクスさんって、アスランよりも年上…ってことになるんですか?」
「ええ。私は早生まれですから、学年はカナードやイザーク様たちと同じですわ」
「「へぇ〜…」」

ラクスの話は、キラとカガリには全て新鮮だった。
それはつまり"世界は広い"ということなのだが、それ以上に…
「あ、じゃあ兄様と同じクラスとかもあったのか?」
「そうですわね…。なんと言うか、私たちは"特例"として同クラスに固められていた節がありましたわ」
「それって…有名人の子供だから、とか?」
「そうとも限りませんが、そうなのかもしれませんわねえ…」
((…どっち?))
天然なのかどこか抜けた答えを返すラクスが、とても不思議な存在に見える。
その隣りでヴィアが首を傾げた。

「おかしいわねえ…」

ウズミとシーゲルも何事かとヴィアを見た。
「何がおかしいの?」
尋ねたキラに、彼女はころころと笑う。
「カナードにしては文句を言いにくるのが遅いと思ったのよ」
「「は?」」
疑問符を投げたキラとカガリとは対照的に、ラクスがパンと手を叩いた。
「さすがヴィアさんv カナードのことをよくお分かりですのねvv」
「「…は?」」
まったく分からない。
話の断片すら掴めないのだから当然か。
そこへ軽い電子音が鳴り、ウズミの傍にある電話回線が開いた。

『ヘリオポリス政務庁からです。数枚分の書類も送られています』

事務の交換士の声がその内容を告げる。
「分かった。こちらへ繋いでくれ」
そう返したウズミの横で、ヴィアが小さく首を傾げて笑みを漏らした。
「あらあら。噂をすれば」
モニター画面が開き、かなり不機嫌そうな"黒翼"の姿が映った。


『送ったリストの奴らは俺も含めて全員、二週間の休暇。一ヶ月と言いたいとこだがな。
時間外給金は"公式会談書類"ってことで割り増ししておいた。
…忘れる方がまず間違いだ。言っておくが、拒否権はない』


矢継ぎ早に告げられた言葉は、もっとも過ぎて反論の余地がない。
こう来るであろうことを予期していたはずのウズミも、額を抑え重々しく頷いた。
「いや、当然だろう。…本当に助かった」
軽くため息をついたカナードは、ウズミの横に座るシーゲルに気付く。

『お久しぶりです、クライン議長。お見苦しいところをお見せしました』

棒読みだ。
いかにも彼らしくて、キラとカガリは思わず吹き出してしまう。
シーゲルも心得ているらしく、苦笑を浮かべながら答えた。
「なに、こちらも無理を言ってすまなかったね。うちの娘が無茶を頼んでしまって」
自然と視線がシーゲルの後ろに立つラクスへ集まる。
おそらく、キラたちを会談に同席させてほしい、と頼んだことだろう。
しかしカナードは微苦笑しただけだった。

『いや、今回は俺も無茶を頼んだから±0だ』

ラクスもことりと首を傾げて微笑んだ。
「あら。私が出来る範囲の無茶しか頼まない貴方ですから、私の方が+で勝ってしまいましたわ」
話がずれていると感じたキラたちの前で、ラクスは考え込む。
「ですが…そうですわね、結局カナードにはお逢い出来ませんでしたし」
「…ラクスさん?」
たった今、自分の方が不釣り合いになってしまったと言ったはずだが。
ぽつぽつと漏れる言葉はその逆だ。
「あ、良いことを思いつきましたわvv」
ふいにラクスが顔を上げた。
満面の笑みを浮かべた彼女は、人差し指を上げてカナードへ提案する。


「カナードは二週間の休暇を頂いたのでしょう?
でしたらその休暇が終わった後に、是非とも私の屋敷へ遊びにいらしてください。
もちろん、キラ様とカガリ様もご一緒ですわ。
オーブ国代表代理が未だプラント本国を訪れていないのはおかしい、という意見も見受けられますもの」


彼女の前で、父親二人がしまった!と頭を抱えた。
そしてさらに前のモニターに映るカナードは、ラクスと同じように意地悪く笑う。

『願ってもない申し出だな』

キラとカガリは目の前の展開に付いて行けない。
戸惑いの目で後ろのヴィアを振り返る。
「ねえ母様、どういうこと?」
「兄様もラクスさんも、何の話をしてるんだ?」
尋ねられたヴィアはクスクスと笑いながら、結論を言った。

「休暇を伸ばしたいカナードと、カナードに逢いたいラクスちゃんの思惑が一致したのよ」

結論だけならよく分かる。
だが、その過程がさっぱり抜けている。

「…でも、二人とも何も言ってないよ?」
「ええ、言ってないわね。ほら、以心伝心って言うじゃない?」
「…はあ」
「ラクスちゃんはね〜本人の前で言うのもなんだけど、とっても賢くてお茶目さんなの」
「まあvお褒めに預かり光栄ですわvv」
「カナードもさすが私の息子っていうか、抜け目がなくて」
『…母上の方がよほどな』
「褒めてあげてるんだから、素直に受け取りなさいな。
アカデミーの頃から有名だったのよ、二人とも。何ていうか、主語や述語の抜けた会話が成立するから。
でも賢いから言うことがみんな筋道通っちゃうし、"アカデミーの女帝"なんて言われてたのよ〜」
『褒めるか貶すかどっちかにしろ!』

さすがに最後の言葉はカナードの琴線に触れたようだ。
ヴィアはにっこり笑って話題をそらす。
「いつ来るのかちゃんと連絡しなさいよ?
お掃除しなくちゃいけないし、キラとカガリの部屋も準備しなくちゃ」
ふと二人も我に返る。
「あ、そういえば私たちもプラントの家に行ったことないよな」
「イザークさんたちも、遊びに来いって言ってくれたしね」
「問題は…」
ちらりとカガリは視線を前へずらした。
そこには深いため息をつく父の姿がある。
「大丈夫よ。カナードは優しいから、職務が増える時期は避けてくれるわ」
ヴィアのその言葉は、果たして慰めだろうか。
ともかく学校関連が長期休暇に入る頃、ヘリオポリス政務庁が開店休業することは間違いなさそうだ。


なにせ主が留守にするのだから。