それは、ティエリアへ言ってはいけない最大の禁句。
日本で住んでいるマンションの隣人は、一般人だから仕方ないと言えば仕方がない。
(何も知らないから、適当に身内だと考える)
身内と言えば身内なのだが。
ソレスタルビーイング、という身内。
隣人…沙慈・クロスロードのガールフレンドも、同じ。
(もっと顕著なタイプだった。まさか『お姉様』なんて呼ぶとは、普通思わない)
いや、見た瞬間に女だと勘違いしてしまうと、次に出て来る言葉はそんなものだろうか。

「明らかに、馬鹿だろう…」
「そうだよね〜確かに、ミハ兄はお馬鹿なところあるかも?」

抱きついて離れようとしないネーナという少女のことも考えるのが面倒になる程に、刹那はどうでも良くなっていた。
ロックオンがおそるおそる聞いて来る。

「おい刹那…。あいつ、大丈夫なのか?」
「俺が知るか」

自分で撒いた種は、自分で拾うのがセオリーというものだ。
事の発端は、わずか数分前。
このネーナという少女と、少し離れた場所で扉をぽかんと見遣ったままのヨハンという男。
そしてたった今引き摺られて行った、ロックオンが"あいつ"と呼んだミハエルという男。
『ヴェーダ』に無いガンダムに乗っている彼らが、プトレマイオスへやって来た。
何を聞いても守秘義務だと答えず、自分を含めた誰もが苛々としていた頃。

『お前たちのやってることが生温いから、俺たちにお鉢が回って来たのさ』

ミハエルがそう言って、一層険悪なムードになった。
ティエリアは呆れたのか腹を立てたのか、一言、

『…気分が悪い。退室させてもらう』

と言って、部屋から出ようと扉へ向かった。
(それで見送れば良かったんだ、アイツは)
人の神経を逆撫でさせることが好きなのだろう。
ミハエルは、扉の開閉ボタンに手を伸ばしたティエリアへ言ったのだ。


『もったいねぇの。女だったら放っとかねえくらい美人なのに』


ああもう、本当に馬鹿かと。
思い出しただけで頭が痛い。
ただでさえ苛ついているティエリアに、その台詞を吐くとは。





投げられた単語に、ティエリアは動作を止めた。
ミハエルは浮かべていた笑みを深める。

「あ、ひょっとして、女顔なの気にしてる?」

僅かな間を置いて、いきなりティエリアの手がミハエルの胸ぐらに伸びた。
それはとても素早い行動で、誰もが一瞬目を疑った。


「ほぅ?貴様もこの間の餓鬼共のように、頭の悪い餓鬼だったか」


え、と誰もが次に耳を疑う。
「お、おい、ティエリア?」
ロックオンの呼びかけなど、とうに聞こえていないようだ。
ミハエルの胸ぐらを掴み上げるティエリアの目は、それはもう…完璧に据わっていた。

「あの餓鬼は俺を見て、刹那の従姉妹かなどとほざいたな。
別に、女に間違えられる事には慣れてるさ。だがあの餓鬼の、友人だかの女は最低だった。
俺を見た瞬間に訳の分からない言葉を口走って、いきなり『お姉様』だ?
声で気付けってんだ。ただでさえ視線が集まるところに、大声で。
娘が娘なら、母親も母親だ。あの餓鬼にどんな教育をしてきたのか甚だ疑問を覚える。
勝手にごちゃごちゃと喚いて…ふざけるな。
ただでえさえ地上は不快だというのに、世の中あんな頭の悪い人間ばかりが居るかと思うと反吐が出る」

あれ、それって目の前の人間に無関係だよね。
…という言葉を、誰も発せられない。
敢えて挑む勇気など、誰が持っているというのか。
どこか明後日の方向を見ていたティエリアの視線が、呆気に取られるミハエルに戻った。

「貴様もあの餓鬼共と同レベルだな。レベルが低過ぎて失笑を禁じ得ない。
生憎と、好きでこんな顔に産まれたわけじゃないんだ。どれだけ頭が悪くてもそれくらい理解しとけ。
ガンダムのパイロットやってるくせに、こんなにも低俗なレベルとはな。
『ヴェーダ』もデータとして持っておくのが嫌だったんじゃないのか?
お前が乗ってるツヴァイとやらには心底同情する。こんなのがパイロットでは、やってられないだろうな」

そこまで一息に言い切ると、ティエリアの口元が不意ににぃと弧を描いた。
あまりに突然だったので、ミハエルは冗談抜きで短い悲鳴を上げた。
(ティエリアが笑ってる…)
御愁傷様、と刹那は少しだけミハエルに同情してやった。

「トリニティと言ったか。神の化身を名乗るのなら、さぞや丈夫なんだろうな。
ヴァーチェで踏み潰してくれる。それとも宇宙空間に放り出そうか」
「え、いや待ってそれ死ぬから!マジで死ぬから!」
「ふん、ちょうど良い機会だ。ヴェーダの防衛システムに、人間がどれだけ耐えられるか検証してみるか。
…刹那、お前ならどうする?」
「…俺か?」

突然に水を向けられたが、刹那は数秒考えただけで答えた。

「エクシアの振動ナイフの音に、人体がどれだけ耐えられるか試す」
「おいこら待てエクシアのガキ!お前人を殺す気か?!てか助けろよ!」
「知るか。どうせ死なない」
「な、」

そこへ元気良く手を上げたのは、ネーナだ。

「はーい、ティエリア様!ミハ兄丈夫だから、かなーり無茶しても死にません!
だから、代わりにちょっと刹那くん貸して下さいvv」
「フ、妹が言うなら本当だろう。後は刹那の意思に任せる」
「やたっ!」
「っておいネーナ?!!」
「頑張ってね〜ミハ兄vv天国からネーナの恋を応援して!」
「なっ、」

妹の満面の笑みを脳裏に焼き付けつつ、ミハエルはティエリアに引き摺られて行った。
…行き先はヴェーダの中枢だろうか、それともヴァーチェの格納庫だろうか。
部屋に残された面々の視線が、なぜかこちらに集まった。

「…まあ、無事に帰って来るんじゃないか?」

とりあえず、刹那はそう答えておいた。

二番目の運命やいかに!


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08.2.3

アレ「ハレルヤ…ティエリアだけは怒らせないようにするよ」
ロク「美人は怒ると恐いって言うが、マジだな…」
刹那「おいヨハン・トリニティ。無事に連れ帰って来てやるから、この女を何とかしろ」
ヨハ「分かった。ミハエルを頼む(こんな理由でツヴァイを失うのは勘弁だ)」
ネナ「えぇー!私も一緒に行きたぁ〜い!」
スメ「今通信が来たんだけど。なんだか…格納庫でものすごい悲鳴が上がってるそうよ」
全員「「「……」」」

刹那「…間違えた。生きて連れて帰って来てやるから、この女を何とかしろ」