人革連の起動エレベータ、その正面玄関となっている街。
私は起動エレベータで任務にあたっていたセルゲイ中佐の出迎えで、他の隊員と共にやって来ていた。
時間ぴったりで、人革連軍専用の出口から中佐が出てくる。

「お疲れさまです、中佐」

私のものよりもずっと型にはまった、綺麗な敬礼が返る。
「出迎えご苦労。こちらは何かあったか?」
基本的に私は任務を執行する側で、任務を伝達する役目ではない。
なので1歩下がり、伝達する役目を担う軍人に場所を譲った。
中佐に変わりがないことに少し安心して、私はふと一般用玄関の方を見た。
…常に警戒を怠らないことも、軍人としての義務だ。
あまり安くはない起動エレベータを使えるのは、富裕層と企業関係者。
もちろん、見送りや出迎えには中流層の人間も来る。

出たり入ったりする人の流れの中に、見覚えのある髪型があった。
真っ黒で、あまり長くなくて、あちこちに跳ねた髪の毛。
遠目だが、背の高さは私と同程度。

「…あ、」

気付かないうちに、声を上げていた。
中佐や他の隊員の視線を一手に浴びて、我に返った。
「も、申し訳ありません。余所見をしていて…」
視界の端で、黒髪の主の後ろ姿が人ごみに紛れる。
ああ、見失ってしまう。
ただの出迎えといえど任務中に余所見をしていた私に、中佐はなぜか笑った。
「少尉にしては珍しいな。知り合いでも居たか?」
「……」
知り合いと言えるのだろうか。
考え込んでしまった私は、他の隊員の微笑ましいような視線にも気付かない。

「これから1時間、各自で待機だ。1時間後、ミーティングルームにて新たな任務を言い渡す」
「「はっ!」」

中佐の突然の言葉に、またしても反応が遅れた。
…不覚だ。
いつもの私なら、待機時間はタオツーと過ごすけれど。
「追い掛けなくていいのか?少尉」
「!」
目を丸くして中佐を見上げたら、優しいような笑みと共に頷かれた。
迷いなどすぐに吹っ飛び、私は敬礼を返すと見覚えのある姿を探して一目散に駆け出した。


まだ朝方なので、人は疎ら。
人の間を縫うように走れば、程なく大通りの十字路へ出た。
(見失った…?)
なんてことだろう、と周りを必死に見回す。
するとまた、視界の端にあの髪が映った。
(居た!)
交差点を渡った先、ちょうど角にある喫茶店。
その店先で、誰かを待っているのか"彼"は立っていた。
信号を渡り、私は今まで口に出さず呼び続けて来た名前で、そっと呼び掛ける。

「ーーー?」

彼は弾かれたように身構えた。
気付けば後ろに回っていた彼の片手は、あの時よりも小さな拳銃に掛かっているのだろう。
今更だが、私は軍服でないものに着替えれば良かったと思った。
どんな一般民でも、軍服には身構えるのだ。

「…誰だ」

発せられた声も、記憶から少し低くなった程度。
軍服の少女と中東の少年という妙な組み合わせは、相当に目立っていただろう。
だが私は"彼"に出会えた歓びで、そんなことを気にするわけもなく。
…今度は言葉が通じる。
それが嬉しくて、私はあの時と同じように言った。

「…ソーマ。ソーマ・ピーリスだ。砂漠で会ったーーーだろう?」

大事にして来た彼の名前を再び口に出せば、彼の表情が嫌悪で歪んだ。
「…違う」
「え?」
「その名前は捨てた。でも、お前のことは覚えてる。廃墟に紛れ込んで来た、妙な異教徒の子供だ」
異教徒。
他国の人間を嫌う中東の彼らには、そう見えたのだろう。
けれどこの彼は、私を撃たなかった。
何よりも、覚えてくれていた。

「…人革連の人間だったのか」

改めて私の姿を見た彼は、表情は変わらないが嫌そうに呟いた。
なぜかと問おうとして、気付く。
彼があの時の名前を捨てたのなら、私は彼を呼ぶ為の名前を持っていないのだ。
「…、なんて呼べば良い?」
少し考える素振りを見せた彼は、ため息のついでのように告げる。

「刹那。刹那・F・セイエイ」
「…せつな」

また人待ちの体勢に戻った彼に倣い、私も店の壁に背を預ける。
「後になって考えた。あそこは、異国の人間が来るような場所じゃなかった。
人革連の人間だったなら、なぜあんな処に居た?」
「……研究所が近かった。脱走して走っていたら、あの場所に着いた」
「研究所?」
黙っていろとは言われなかったし、まあいいか。
「私は『超兵1号』と呼ばれている。人為的に遺伝子を組み換えられたデザインベビーだ」
「…ソレスタルビーイングに破壊された、コロニーの?」
「そうだ。私はよく知らないし、あの場所に思い入れもない。大量の兄弟にも何ら感情を抱いてはいない。
任務の為に教育されて来たから、それ以外も知らない。…刹那に出会ったことを除けば。
でもそれも、私以外は誰も知らない」
刹那はどうしていたんだ?
尋ねれば、彼は私から視線を外して淡々と語った。
「1年くらい後、あの国は滅んだ。神など居ないと知ったから、俺は国を出た。…それだけだ」
「…そうか」
それからしばらくは、互いに無言だった。

「おいおい、待ち合わせといて浮気はねぇだろ?」

ぞんざいな口調が降って来た。
「五月蝿い。お前が遅いからだろう」
「おっ、なかなか言うじゃねぇか」
背の高い、しかし整った顔のくせに人相の悪い男が、刹那の待ち人だったようだ。
顔立ちからして人革連出身の人間だろう。
ただ何となく、声に聞き覚えがあるような気がする。
(なぜ?軍以外で直接関わった人間は、刹那だけなのに)
前髪で左眼を隠したその男と、目が合った。

「おやぁ?テメエは…」
「?」

何のことかと首を傾げると、男は面白そうに口の端を吊り上げた。
「へ〜え、お前も刹那狙い?モテモテだなぁ、せっちゃん」
「人を妙な名前で呼ぶな」
刹那の抗議を無視して、男は話し続ける。
「こいつ、砂漠時代の上司にも狙われててさぁ。横恋慕は苦労すっぜぇ?
何より、俺たちのガードもかなり固ぇからな!」
けらけらと笑う男の言った意味を悟るのに、数秒を擁した。
「なっ、」
流れる月日に対して、初めて殺意を持った。
この男は刹那を、少なくとも私よりはずっとよく知っているのだ。
「…ハレルヤ」
「ちっ、分かってるよ。ほら行くぜ」
男に手を引っ張られた刹那が、途中で振り返る。

「じゃあな、『ソーマ』」





『ソーマ・ピーリス?へぇ、やっぱりお前か。こりゃ面白ぇ!』
「貴様っ、やはりあの時の!!」

接触回線で入った音声に、カッと頭に血が上った。
羽根つきと呼んでいるバーミリオンのガンダムへ、怒りに任せてマシンガンを撃ち続ける。
『刹那はモテモテだっつったろ?てめえに構ってる暇はねえってよ!』
バーミリオンの盾が、刃のアームに変形して襲いかかって来た。
「っ!」
知っている、気付いている、あの、青いガンダムだ。
こんな残虐な奴の傍に、ハレルヤという名前の非道な目をした男の傍に、刹那は居るのか。

「貴様などに、渡すものか…っ!」

ここは刹那に初めて出会った砂漠と似ている、砂ばかりの戦場。

恋歌は砂に埋もれることなく


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08.1.20

ハレ刹←ソマ。何でこうなったのかは私も知りたい(…)
ところで彼女は少尉なのか?中尉だとばっかり思ってたんだが(そんなんばっかだな)