「ここでもテロなんて…」

貧窮に喘ぐ自国を救うべく、各国を歴訪していたマリナ・イスマイール。
すべての国の政権を脅かすのは、ソレスタルビーイングを狙った爆弾テロ。
それは世界各国で起き続け、どうやら今回滞在していた地も例に漏れないようだ。
ホテルの移動を指示され、マリナは荷物をまとめアザディスタンへと通信を入れる。
「シーリン、今回は…会談自体が出来なくなるかもしれません」
画面の向こうにいる教育係は、笑みを浮かべたままわずかに首を傾げた。

『無差別のテロリズム…。10年前を思い出すわね』
「10年前…?」
『そう。10年前も、貴女はそうしてテロリストから逃げる最中だった。…"あの日"』
「…っ!!」

驚愕に、思わず口元を抑える。
『嫌なことを思い出させたようね。安全な場所に着いたら、また連絡を』
マリナの驚きようが意外だったのか、シーリンはそれ以上続けなかった。
震える手で通信機を閉じ、震えそうな足を叱咤して、マリナは部屋を出る。
SPと共にエレベーターへ乗り込んで、強く目を閉じた。

(10年…10年前!もう、10年も経ってしまった!!)

アザディスタンは、かつては王国と付くとおりの王制を布いていた。
少なくとも、マリナが生まれたときは。
女王が禁じられているわけではなかったが、やはり国是は男児の誕生を求めていた。
そしてマリナが8歳のときに産まれた、待望の皇子。

(初めての弟。私はあの日、初めて姉になった!)
(とても可愛かった。守りたかった。お父様よりも、お母様よりも、誰よりも!)

こちらが微笑めば、必ず笑い返してくれた弟。
幼いながらも武術の才に恵まれ、マリナは彼の強さを誇りにもしていた。
誰からも愛され、王国に住むすべての人々に望まれた幼い皇子。

けれどマリナが14歳の時、幸せだった日は呆気なく崩れた。

国内で次々に起きた爆弾テロ。
混乱と犯人を捕らえられない王政への不信に乗じ起こった、王宮を狙った革命という名のテロリズム。
王と王妃に逃がされたマリナは、逃亡の中で弟と引き離されてしまった。

(元から、女王を認める人々は少数派だった。だから私は殺されなかった。
剰え生き残ったことを利用し、こうしてまた皇女として担ぎ出して)

後にマリナが知ったのは、弟が行方不明になったことだけだった。
逃亡を手助けしてくれた王宮の者の中に、テロリストの手引きをした者が居たこと。
その者たちが、弟を誘拐したことしか。
最愛の弟が生きているのか死んでしまったのか、それさえも分からずにこの日まで。

ホテルを出て、指示された別の建物へと歩く。
まだ、この付近でのテロは起きていないようだ。
「マリナ様、お急ぎください」
「…ええ」
SPの急かす声に逆らわず、マリナは足を速める。

 ドンッ!!

背を向けている方角から、嫌な爆発音と地響きがした。
振り返らずとも、何の音か分かってしまう。
SPに手を掴まれ、ずっと先にある指定された建物まで一気に走る。
…ふいに砂埃が俟った。
舞う黄土の風に何とも為しに目を沿わせ、マリナはハッと自分の腕を引き戻し無理矢理に足を止める。
「待って!!」
避難先の建物は目と鼻の先。
ある人物の姿を見たのは、その1つ手前の曲がり角。
制止の声を無視して、マリナはそこまで駆け戻る。

「…目標を補足した。これから追う。…分かってる、ヘマはしない」

誰かの話し声が聞こえた。
最初に駆け抜けたときに目の端に映った服装は、見間違いではなかった。
(アザディスタンの衣装を模したもの…!)
こちらへ駆けようとしたその人物と、ちょうど鉢合わせる格好になった。
相手の顔を見た瞬間、マリナはその名前を叫ぶ。


「ファンロン!!」


10年前の、朧になってきた記憶と重なる、その面影。
少年であったその人物を、マリナは直感的にそう思った。
相手は無表情を変えず、しかし気分を害したように眉を寄せた。
「…なに」
自分の後ろで足音が聞こえた。
おそらく、SPたちが追い掛けてきたのだろう。
マリナは構わず少年に駆け寄り、震えそうな手を伸ばす。
少年の赤褐色の瞳がスッと細くなり、彼はマリナの手が届かない位置へと素早く身を引いた。

「俺に触れるな」

その言葉が合図になったかのように、彼はこちらへ背を向け通りの向こうへと走り去った。
「っ、待って!」
追って走り出そうとしたマリナを、SPが後ろから押さえる。
「なりませんマリナ様!ここは危険です!!」
「でもっ!でもあの子は…っ!!」
「マリナ様!!」
一喝され、マリナは伸ばしていた手をゆっくりと下ろした。
両の手は震え、足にも力が入らない。

「ファンロン、ファンロン、ファンロン…!覚えていないの?それとも違うの…?!」

母国の砂漠が魅せた幻影か、それとも自身の願いが見せた蜃気楼か。
ただ、その名前を虚空に叫ぶ。
判断するためのすべてが、マリナの手には無かった。

陽炎は掻き消える


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07.11.17

CPとしては承認出来ないけれど、これならオッケー姉弟設定。
発表段階では「刹那・F(ファンロン)・セイエイ」だったので、そこから名前を拝借。
兵士に志願した当時のせっつーは、6〜10歳くらいじゃないかとアタリをつけてみた。