重力に身体が落ちる。
疲労のピークをとうに越えている身体は、忌々しくも引き摺られ動かない。
(だから、地上は嫌いなんだ…!)
コックピットから出るだけで、膝が笑った。
視界と風を遮るヘルメットを乱暴に外し、勢いに任せて投げ捨てる。
「大丈夫ですか?!」
この拠点の主である王の側近、紅龍(ホンロン)が駆けて来た。
自分を支えようとしてくる手を遮り、ヴァーチェの装甲に背を預け大きく息を吐く。
「他の、やつらは、」
「無事です…と、言えるのかどうか。みな貴方と同じか、それよりも酷い消耗で」
酸素が不足した脳では、考えることに1秒の間を余計に取られた。
パイロットスーツの襟止めを外し、霞みかけた視界を正常に戻そうと瞬きを繰り返す。
タオルを受け取って深呼吸を続けるが、動悸はまだ収まらない。
ストレッチャーの走る音が聞こえ、視界の端をその本体が掠めた。
「…誰だ?」
「アレルヤ・ハプティズムです。人革連の超兵を相手にして、また…。
ロックオン・ストラトスは先に医務室へ。歩く分には問題ないようですが、指先の神経が麻痺しているようです」
「なら、もう1人は?」
「刹那・F・セイエイは…、」
エクシアのパイロットの様子を聞いた途端、紅龍の言葉が歯切れ悪く止まった。
自然、ティエリアの視線も険しくなる。
…ロックオンとアレルヤは、大方想像した通りだ。
人革連の超兵についてもそうだし、指を特に酷使する狙撃手も。
流れる汗が、ぽたりと床を濡らした。
紅龍は無言の圧力に耐え切れなくなったのか、ようやく続きを吐いた。
「着艦した時は、呼び掛けにはっきりと返答がありました。しかし…」
今はエクシアから下りて来ないばかりか、返事すらない。
ティエリアは驚愕に目を見開く。
自分自身も動けないことが、余計に苛立ちを募らせた。
「馬鹿か?!なら無理矢理にでも引き摺り出せ!
どう考えても、アイツが一番危険な状態だろう?!」
エクシアとデュナメスは、GNフィールドを展開出来ない。
加えて、刹那の機体はスピードに重点を置いた白兵戦仕様。
同じGNフィールドに頼れない機体でも、動かず相手を破壊出来るデュナメスとは負荷の掛かり方が段違いなのだ。
疲労で発声さえ億劫だが、怒りの為か先ほどの声は格納庫によく響いた。
一拍置いて、整備士たちが慌てて動き出す音が響き渡る。
「…エクシアは、どこだ?」
「!その身体では無理です!早く医務室へ…」
「俺のことは、後で良い」
ざわめきの強い方へ踏み出そうとした足は、やはり力が入らない。
ガクンと体勢を崩すティエリアを支え、紅龍は分かりましたと一言、彼の左肩を担いでエクシアへと歩き出す。
歩きながら、思った。
(初めて見たな。こんなにも感情の見える、ティエリア・アーデは)
まるで機械のようだと思ったことがある。
まだ無口な刹那の方がずっと、感情豊かで人間らしい。
ちらりと横を窺うと、研がれた切っ先のような目が様々な感情の渦で彩られていた。
おそらく今の彼は、限界を超えた疲労のせいで他のすべてが意識に入っていない。
エクシアのパイロットである、刹那の安否について以外は。
なぜティエリアが、彼のことに神経を尖らせているのか。
今回の任務でパートナーであったこともあろうが、紅龍にはその理由を判じかねた。
ただ、末に行き着くのは『心配』という感情だ。
(無いよりは、ずっと良いじゃないか)
他のガンダムと同じく仰向けにされた、エクシア。
そのコクピット付近で、整備士たちが緊急措置を取っている。
さらに数十秒、ようやく開いたエクシアのハッチ。
「おい、ストレッチャーだ!早くっ!!」
最初に中を覗き込んだ整備士の怒声に近い叫びが、周りの人間を怯ませた。
…ティエリアの予想は、正しかった。
コックピットから整備士2人掛かりで引き出された刹那は、ピクリとも反応を返さない。
常日頃、人との接触を好まない彼が、だ。
ヘルメットの下に隠されていたのは、脂汗を流し浅い呼吸を繰り返す幼い素顔。
ティエリアと紅龍は、昏睡状態の彼と焦りを隠せない整備士たちを黙って見つめた。
慌ただしく出て行くストレッチャーを見送ると、今回の任務に対する代償に、誰もが口を閉ざし押し黙る。
「もう、良いでしょう?貴方も医務室へ」
沈黙を破った紅龍に、ティエリアは何も言わなかった。
ただ、唇を固く引き結んで。
迫ったのは『恐怖』だった
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08.1.27
続きそう。むしろ続けたい。
エクシアとヴァーチェが組むことも稀だからな…次もあれば良い。