１発の銃声を聞いたのは、たった３名。
引き金を絞ったロックオンは、微動だにもせず、瞬きさえも普段通りであった相手を。
いつもの強い眼差しをこちらへ向け続ける刹那を、すいと目を細め見据えた。

「なぜ、避けなかった？」
「……」
「俺が本当に、お前を殺すとは思わなかったのか？」
「……」
「刹那！」

苛立ちを含んだ声音で、刹那はようやく口を開く。

「あんたがすべてをやり遂げるなら、確かに…殺されても良いかと思った。
だがあんたが今、本当に俺を殺すとは思っていない」
「なぜ？」
「一瞬の迷いは、すべてを殺す」
「……」
「そして殺気もない。苛立ちばかりで、殺意がないから」

誰よりも"殺気"という悪意に敏感なのは、刹那だ。
周囲の環境が彼をそのように育て、皮肉なことにソレスタルビーイングとの関わりを持たせた。

「…それに俺は。いくら言ったところで結局は、染み付いた生存本能が働いてしまう」

絶望的な戦いを生き抜き生き残り、そしてここに立っている。
言葉を証としても心ではそう思っていても、逆に目の前の男を殺そうとするくらいはやってのけてしまうだろう。
だから、

「俺を殺して家族の仇を討ちたいなら、本気で…来い」

そうでなければ刹那…いや、ソラン・イブラヒムという亡霊は死なない。
一片の迷いが、向かって来る相手を死へ追いやる。
ロックオンはそう断定した刹那を、ただ睨み据えていた。
…そうしてどれだけ経っただろうか。
彼はゆっくりと、構えた銃を降ろした。

「そうだな。そうするよ。だから…」

苦りきったような、苦笑とも言えない笑みでロックオンは刹那から視線を横へ流す。
引き攣っているとも言えるし、忌々しげにも見える笑みだ。

「その銃を降ろしてくんねーか？ティエリア」
「え？」

刹那は軽い驚きと共にティエリアを見る。
２人分の視線を受けた彼はふっと笑みを浮かべ、組んでいた腕を解いた。
…ロックオン側へ向く手に隠されていたのは、消音器付きのポケットピストル。
刹那は気付いていなかったが、先ほどロックオンが引き金を引いたとき。
その段階で、ティエリアは既に１発撃っている。
ロックオンの足元ぎりぎりには、それを証明する銃痕が残っていた。

「まさか、お前が刹那に肩入れするとは思わなかったぜ」
「そうだろうな。今までの記録から判断すれば。
刹那・F・セイエイは、パイロットとしては危険すぎる」
「なら、なぜだ？」
「"パイロット同士の争いを止める義務がある"」
「棒読みだろーが…」

また違う意味で不穏なものが漂う。
刹那は口を挟むこともなく、ロックオンとティエリアの会話を聞くだけだ。
…ティエリアが銃を収める気配はない。

「理由としては真っ当だと思うが？」
「そうだろうけどよ。だがモラリアの一件で、刹那に銃を向けたのはお前だ」

ああ、本当に何も気付いていないのか。
それが愉快で浮かべた笑みも深まるが、表情は鋭く変化する。

「単に、優先順位が違うだけだ。『ヴェーダ』を介してじゃない。
『俺』という存在の、個人的な意志の中で」
「なに…？」

ロックオン・ストラトスと刹那・F・セイエイを天秤にかけたら。
僅かな迷いなど生じる余地もなく、刹那を選ぶ。

そう断言してようやく、ティエリアは銃を降ろした。
決してこの同僚からは聞けないだろうと思われていた台詞を目の当たりにして、ロックオンは呆気に取られる。
ちらりと刹那を見遣ると、彼はやはりというかいつも通りだった。

「刹那、先に戻ってろ。ミス・スメラギから報告書の催促が来てるはずだ」
「……分かった」

刹那は何事か言いたげにティエリアを見つめていたが、ゆっくりと頷く。

「…ロックオン」
「なんだ？」
「俺たち少年兵を率いていた男は、今言ったようにPMCに所属している。
俺はあの男を倒したい。そして、あの男が信じる"神"を知りたい。
居ないのならばせめて、理由だけでも。俺はこのままでは嫌だ」
「……」
「だから俺は、出来ればあんたと殺し合う事態を避けたい」

少なくとも、アリー・アル・サーシェスを倒すまでは。



格納庫の方角へ駆けて行こうとした刹那は、ふと思い出したように足を止める。

「…ティエリア」
「なんだ？」
「……ありがとう」

そう言って笑い、今度こそ刹那はその場から駆けて行った。
（参ったね…こりゃ）
ロックオンはこっそりとため息を吐いた。
苦笑して、降参だと諸手を上げる。

「優先順位が違うのは、どっちもじゃねーか」

気付くのが遅いな、とティエリアが笑った。
先ほど刹那が彼へ向けた笑みは、ロックオンに対する苦笑じみたものとは違ったのだ。

亡霊はそこに居て、居ない。


ー　閉じる　ー



08.2.20

調子乗って加筆したらシリアスから遠ざかったぜ！（…）
CP色の強さで言えば、今までのティエ刹小話では１、２を争うかも。