気になった。
あれだけ言い切れる人間が、なぜ。

いちいち癇に障る人間だと思っていた。
なぜ、手を差し伸べて来る?





「何が、あった?」

詮索されることは嫌いだ。
自分の過去を話すことも、嫌いだ。
他人と関わることも、煩わしいと思うときがある。

ただ、本質が同じ人間に問われると、沈黙に耐えられない。

他のパイロットは仮眠を取っている。
見張りを引き受けた刹那は、1人コンテナの外で空を見上げているはずだった。
もう1人、仮眠を取っているはずの人間が現れなければ。
答えない刹那の背を、ティエリアは少し離れた場所から見つめる。

(とても不可解な行動。それは、自身の命を軽んじたものだ)
(ガンダムに乗ることを許された人間は、たとえ自身の命であろうと好きには出来ない)
(ソレスタルビーイングの理念を体現する者は、組織と命運を共にするのだから)

自分に銃を向けてきた時よりも、いくらか和らいでいる視線。
見た目に反して、ティエリアという人間は饒舌な部類だ。
けれど同時に、彼は沈黙という間を有効に扱える人間で、刹那にとって厄介極まりない相手だ。
存在を無視して己の思考に没頭してしまいたいが、存在感を打ち消せない。
(これがロックオンやアレルヤなら、どうにでも出来るのに)
いつも冷淡な癖に突然に見せられるそれ以外の部分を、刹那は見なかったことに出来ない。
近づいて来る砂を踏む音から逃げるのも、癪だ。

片膝を抱えて踞る子供をすぐ傍に見下ろして、ティエリアは半日前に戦闘を起こした地域の方角を見遣る。
周辺に水平線しか存在しないこの孤島は、地図にも載らない。
確かこの子供は中東の生まれで、アレルヤは人革連のどこか、ロックオンはAEUだったか。

「…お前は、テロという言葉に反応しなかったな」

テロを憎んで何が悪いと激高したロックオン。
戦いに縁のない人間が死んでいくことに眉を顰めたアレルヤ。
70%以上の確率で起こると予想されていた、報復という名の無差別殺人。
それに対して何の反応も見せなかった、刹那。
ようやくこちらを見上げた赤褐色の目が、無関心を映した。

「アンタが言ったとおり、俺たちのやっていることがテロだ。根本は同じ。
ずっとその延長線上に生きている俺に、今さら痛める心なんか残っていない」

返った言葉に混じった、過去。
(…質してみようか、)
今ならきっと、答える。

「セイロンでもそうだったが、何か気に障るものでもあったか」

断定された問いかけは、逃げ場を閉じる。
不安定になってしまっている今の思考で、それを突破出来るとも思えない。
刹那はティエリアを見上げていた視線を海へ向け、敵を射るように水平線を見据えた。
全部、波が攫うだろう。

「…昔の記憶が、勝手に溢れた。国を蹂躙する相手を殺すことが、聖戦だったときの。
すべてが神への供物だと、相手を屠り続ければ神が救ってくれると信じていた頃の」

くだらない。
そう一蹴しようとして、ティエリアは止めた。
こちらが仕掛けた手前、ここで言葉を途切れさせると後々面倒な気がする。
刹那は淡々と続けた。

「切っ先をすべて避けられた。次の動きもすべて読まれていた。
俺を、俺たち少年兵を率いていた男のように。あの声も、あの動きも。
…そこから記憶が吹っ飛んでる」

半分は嘘だ、覚えている。
声に確信を持ったことも、疑問を持ったことも、引き金を引こうとしたことも。
(名前は何だったか。ただ、俺を兵士として育て上げた人間であることは確かで)
しかし投げつけられた言葉は、記憶のものとは正反対だった。
PMCに属しているなら、神の救いなど無いとあの男も知っているはず。
ならば何故、戦う?
再び押し黙った刹那に何かを諦めたのか、ティエリアは今度こそ言った。

「くだらないな。動きを読まれているなら、読み返せば良いことだろう」

そろそろ見張りの交代だ。
刹那へそう告げて、ティエリアはコンテナに戻る。
(本当に、くだらない)

去った気配に視線を海から陸へ戻すと、刹那は立ち上がった。
(…物好きなヤツ。放っておけば、いずれ望み通り撃ち殺すことが出来たのに)
けれど少しは、マシな気分で眠れるような気がした。

海は静かに聴いただけ


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07.11.18

静寂を愛する同士なので、余計なことは絶対に言わない。
何か起こせば、てぃえるんはまたせっつーに銃を向けるんだろう。
もちろんその逆も然り。殺伐とした関係も大好きだ。