人革連の鹵獲作戦は、執拗なものだった。
それを退けたソレスタルビーイングが為すべきことは、たった1つ。
宙域からの離脱。
バラバラに分解されたパーツ。
まるで髪のように長く、靡いている紅い幾筋もの接続コード。
(これが、ナドレ)
エクシアから降りた刹那は、ヴァーチェのパーツと共に収容されたガンダムを見つめる。
格納庫の中は、漂う白いパーツに辺りを埋め尽くされていた。
補給はともかく、これでは真っ先にやるべき機体の整備も出来ない。
そして。
「おい、ここを開けろ!ティエリア!」
ティエリアが、機体から出て来ない。
ロックオンは先ほどから、ナドレのコックピット付近で彼へ話し掛けている。
だが返事はなく、そこから何かが動く気配もない。
他の整備士たちも彼と同じく、どうすれば良いのかとため息をついていた。
(俺も初めて見たんだよな、このガンダム。いや、だからか…)
『ヴェーダ』の描く行程にある"NADLEEH"は、まだ先にある章での登場予定だった。
ティエリア・アーデという人間の行動基準が『ヴェーダ』にあることは、ロックオンも理解している。
つまり今回の事態は、ティエリアにとって最悪の事態だろう。
おそらくは自分が考えているよりも、遥かに。
「…刹那?」
悩んでいる間に、気付けば刹那がすぐ傍までやって来ていた。
彼はナドレのハッチへそっと触れると、不意に告げる。
「ロックオン。他の奴らを連れて、格納庫から出ろ」
「なに…?」
「15…いや、10分で良いから。早く」
その意味を問おうとしたロックオンは、しかし問うことを止めた。
代わりに確認を取る。
「10分経ったら、もう文句無しだな?」
「ああ」
即座に返った言葉にとりあえずは満足し、下で焦っている整備士たちを説得しに行った。
…刹那・F・セイエイという人間は、自分の言葉に嘘をつかない。
ロックオンは渋る整備士たちと格納庫を出る。
彼らを見送った刹那は、そっと息を吐いた。
…静かだ。
宇宙空間は人為的な力が働かなければ本当に静かで、未だに慣れることが出来ない。
けれどこの"場"に居るもう1人は、逆だった。
「ティエリア、聞こえるか?ここにはもう、俺以外に誰も居ない。
宇宙育ちのあんたには、言われなくても分かるだろう…?」
閉じたコックピットのすぐ傍で、刹那はただ待ち続ける。
4秒、5秒、6秒、…
初めて、微かな音が聞こえた。
開いたハッチの奥に濃紫(こきむらさき)の髪が見えたが、俯き加減で表情は窺えない。
「ティエリア…?」
コックピットを覗き込もうとすると、視界が突然真っ暗になる。
目を塞がれたのだと気付いたのは、その数秒後。
「…見るな」
間近に囁かれた声で抱き締められていることを悟ったのは、さらに数秒後。
自分も思っていた以上に、疲弊しているらしい。
普段なら、反射的に抵抗してしまうのに。
濃紫に半分以上埋められた視界には、白いパーツと紅いコードが見え隠れする。
ややあって、微かな声が聞こえた。
「…俺は、完璧でなくてはならないのに……」
誰よりも任務に対する思いが強いのは、ティエリアだ。
その理由は知らないが、彼を構成する絶対的なものであることは間違いない。
すべてにおいて任務を優先し、道筋から外れる者に容赦などせず。
だから、まるで機械のようだと思っていた。
刹那は拘束されて動けない腕を出来る限り伸ばし、相手の背へ回す。
「……あんたにとっては、最悪なんだろうけど。俺は…少しホッとした」
自分の背に回る手が、僅かな動揺を伝えてきた。
言葉を選ぶ必要はない。
「…あんたも人間なんだと分かって、ホッとした」
とんでもない言い方だったかもしれない。
けれど刹那には、それ以外の言葉を見つけられなかった。
たとえティエリアにとって、『ヴェーダ』が神に等しくても。
精密機械のような正確さを持っていても。
間違えるのが人間で、間違えてしまうのも人間で。
だからこそ、自分たちはここに居るのだ。
「いつだったか、俺に言ったな。"次に何かしでかしたら、後ろから撃つ"と」
「……」
「だから、次。あんたがヴェーダの行程外で、ナドレを出してしまいそうになったら。
そのときは俺が、あんたを後ろから撃ってやる」
重砲撃・防御重視のヴァーチェのことだ。
エクシアの砲撃では、どうやったって衝撃程度に収まってしまうだろう。
見えないけれど、ティエリアの笑う気配がした。
「馬鹿にしてる。エクシアでヴァーチェを撃ち落とせるわけがない。だから、」
そのときは後ろから貫けば良い。
エクシアだけが持つことを許された、剣で。
天使を裁くのも、天使
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07.12.10
互いが監視し、互いに協力し、それぞれの存在を許して許さない。
ソレビに監視者らしき人が居るなら、組織に関わる全員の関係がこうかもしれない。
まだまだ拘る、てぃえるん宇宙育ち説(笑)