不味い。

ティエリアは、まずそう思った。
目の前の失礼な少女と少年に怒りを露にしたいところだが、周囲の視線が集まっている。
(だから、嫌なんだ)
刹那と行動を共にすることが嫌だ、という意味ではない。
ただ、必然的に目を惹く組み合わせになってしまうから、嫌なのだ。

これがロックオンと刹那なら。
たとえ刹那がこの国で珍しい中東の人間でも、ロックオンの人柄があれば別に視線は集まらない。
ただ、ああ知り合いの子なんだとか、弟分か、といった微笑ましい視線しか。
実際、ロックオンと刹那は甘やかす大人と甘やかされる(甘えはしないが)子供だ。

では、アレルヤならどうか。
彼は人革連の人間だから、この国でも特に目を惹く容姿ではない。
やはり刹那は目立つだろうが、年齢が近く見えるために、兄弟か友人かに見えるだろう。
集まるのはやはり微笑ましいという部類の視線で、別に特別なものは何も無い。

だが、ティエリアと刹那ならどうなるか。
今この瞬間が、答えでもある。

「…人の多い場所は、嫌いだ」

ため息と共に呟いた言葉を金髪の少女が拾って、驚きの声を上げた。
「え、じゃあなんでこんなとこに…」
「大学に用があるからに決まっているだろう。察しの悪い人間も嫌いだ」
「ごっ、ごめんなさい"お姉様"」
「……」
だから、それを止めろというのが、なぜ分からないのか。
その理由の1つはおそらく、

「お前も、いい加減にしろ」

目の前で密かに笑い続ける刹那だ。
さすがの刹那も堪えようと努力はしているのだが、堪えられない。
仕方がないので、緩んでしまう口元を手で隠すことにする。
しばらく頑張ると、何とか収めることが出来た。
人ごみが嫌いなことは同じなので、助けになるかは分からないが言ってみた。

「買い物が残ってるんじゃなかったのか?」

完全にミッションがない日は、今日1日を残すのみ。
明日になれば、急なミッションが入ってくるかもしれない。
渡された洋服リストをこなすことが出来なくなれば、愚痴を言われるのも自分たちだ。
リストの量を思い出してまたも憂鬱になったティエリアだが、ふと思い付く。
向けた視線の先は、怒られておろおろと刹那の隣人(名前は知らない)に喚いている少女。
ティエリアは刹那が持っていた通信機で、件のリストを出して尋ねた。

「君は、このリストの店がどこにあるか全部分かるか?」
「え?!」

怒られた手前、少女は派手に驚きの声を上げた。
おそるおそるティエリアの手にある通信機を受け取り、沙慈も彼女の横から覗き込む。
「あ、この店、前にルイスに連れてかれたとこだ。あ、こっちも。これも」
「ええと、あ!この店は行ったことないけど場所は知ってる!」
2人して真剣に、店の名前と場所を考えて思い出そうとしている。
刹那はその間、じっとティエリアを見ていた。

(確かに、初めて見たときは女だと思った。けどコイツは男で…。
声を聞けばすぐに分かるのに、思い込みか?)

低い声の女性も、居ないことはないと聞いた。
刹那には一般的な常識が欠けている(不可抗力だ)ので、よく分からない。
しかしティエリアを現す、"綺麗"という部類の言葉には頷ける。
何しろ刹那の知るソレスタルビーイングの女性陣全員が、似たような言葉でティエリアを言い表すのだ。
クリスティナやフェルト、スメラギ、それに王まで。
だから、このルイスという名の少女が勘違いしたままというのも、分からないではない。
それはともかく、気に掛かるのは当のティエリアだ。


「ルイス?あら、沙慈くんも一緒だったのね」


車のエンジン音にそちらを見れば、金髪の女性が降りて来た。
「あ、ママ!」
どうやらルイスの母親らしい。
「あのねママ、ちょっとお願いがあるの!」
「まあ、どうしたの?」
ルイスはティエリアを見、次いで母親を見上げる。
「えっとね、あの"お姉様"の買い物をお手伝いしたいんだけど、お店が遠くて…」
沙慈が不安そうに、刹那へこそりと尋ねた。

「え、っと、刹那くん。これ決定事項なの?買い物手伝うって」
「俺は知らない。アイツも何も言ってない。あの女が勝手に言っている」
「うっわ、そういえば…。ちょ、ちょっとルイス!」

慌てた沙慈が親子へ駆け寄る。
刹那もちょっと心配になって来たので、訊いてみた。

「…どうするんだ?」
「あのリストを何とかするのが、目先の問題だ。手伝ってくれるなら願ったりじゃないか」
「……見ず知らずの人間だろう?」
「見ろ、あの母親。娘を可能な限り甘やかしている。あの娘が言うなら頷くさ。
それにああいうタイプは、少ししおらしい態度を見せられると弱い」
「……は?」

何だろうか。
いつもの嫌みな笑顔の方が、刹那は数倍マシだと思った。

「被れるんだろう?猫」
「?!」

どうも、もの凄く不味いことになっているのでは。
平和な意味で、刹那は危惧を覚えた。
もしかしなくても、これは自分にも火の粉が掛かるんじゃないか。

(こいつ…機嫌最悪だ…っ!!)

思ったところで、遅かった。
すでに逃げ場はない。

ここはもう舞台上だった


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08.1.14

「ある日の喜劇」の続き。不機嫌で女王様モードに変わってるてぃえるん。
残念ながら、これの続きは書いていません。