Sympathizer20.1... 既知との必然的邂逅

湧き出した雨雲はみるみる空を覆った。
肩に担いだ人間を横目でちらりと確認してから、リジェネは改めて空を見上げる。
「ちょっと、これってさあ…」
有り得ないよねえ、と独りごちて、目星を付けていたホテルまでの最短行程を脳内に描く。

この地域は砂漠ばかりで、
雨なんて雨期にしか降らなくて、
でもどう見たって、これは雨が降る前触れで。

堅固な自動ドアを潜った背後で、まさしく滝と言える雨音が落ちて来た。
「うわ…」
後ろを顧みて、道路が川になるであろう雨脚に驚嘆の声が漏れる。
ふと絨毯でくぐもった足音が聞こえ正面へ視線を戻せば、フロントから従業員が駆けて来た。
「レスタ様、ご同伴の方は…」
偽名を呼ばれ、そういえばそんな名前にしていたと思い出す。
ホテルはこちらの権限が使える系列の企業筋であり、問題はまるで無い。
むしろ、有り難い。
「ああ、ちょうど良かった。手、貸してくれる?
あと、ちゃんとしたのじゃなくて良いから、出来れば医者も」
顔を隠すよりも砂避けの意味合いの強いローブから覗く顔色は、決して良くはなかった。
意図せず、溜め息を吐く。



「私はなにやってんだろ…?」
「…それを俺に聞くのか」

刹那・F・セイエイは、自分から3mほど離れたソファに座る人物に無表情のまま返した。
目につく限りの調度は上の上とは言えないまでも、おそらくは中の上レベル。
すべてが小綺麗に整っているところから見て、ホテルだろう。
(珍しく雷が鳴っていたことは、覚えている)
予定されていたミッションを遂行したは良いが、負傷した。
刹那が覚えているのはそこまでだ。
失態だと己を罵りたいが、今はそうもいかない。
(こいつは、なんなんだ?)
4年前に比べて、人との距離の取り方も、探り方も、格段に上達した。
だが今は警戒と興味を等しく、それもまったく隠せていない。
自覚しながら、刹那はそれで構わないのだろうと確信もしていた。
「…助けと手当には礼を言う」
相手に届くようはっきりと声を発すれば、あらぬ方向を彷徨っていた目線がこちらに固定された。
"彼"は形程度の笑みを浮かべ、軽い頷きを寄越す。
「うん。それで?」
こちらが聞きたいことなど知っているのだろうが、敢えて問うて来た。
ならば遠慮する必要もない。
「お前は誰だ?」
察しは付いている。
それすらも悟っているであろう相手は、ひょいと肩を竦めた。
「見れば分かるでしょ?って言いたいけど。でもまあ、『ラグナ』に私たちの情報は無いからね」
態(わざ)と出された、固有名詞。
それに対し表情を僅かも変えない刹那に、"彼"は何かしらの諦めを見たようだった。
じっとこちらを見つめてくる赤褐色の目。
リジェネは思う。
(よく似てる。でも、似てない)
喜怒哀楽の感情が乏しいのではなく、優先事項が明確にある。
刹那・F・セイエイはそういうタイプの人間なのだろうと、アタリをつけた。

「私はリジェネ・レジェッタ。お察しの通りイノベイター。正確にはイノベイド、かな?
塩基配列はティエリア・アーデと90.0%が同一」

ようやく手にした回答は、予想と相違なく。
刹那は再び問いを返した。
「なぜ、俺を助けた?」
アロウズと共にあるイノベイターに、己を消す理由はあっても救う理由など無いはずだ。
リジェネと名乗った男はひらりと片手と首を横に振り、天井を仰いだ。
「さっき言ったじゃない。私にも分からないよ」
何やってんだろうねえ、ほんと。
呟いた後に、リボンズにバレないようにしなきゃなあ、と続いた。
"彼ら"の目的と"彼"が刹那を助けた理由は、全くの別物らしい。
警戒心をほんの少しだけ緩め、刹那はもう一度問う。
「…それでも、俺を助けた切っ掛けはあるだろう」
断定されたような言葉に、リジェネは形ではない苦笑を口元へ乗せた。
「……参ったな」
どうしようかと顎に指を添え考える彼に、似ているのはやはり容姿だけなのかと刹那は納得する。
たとえ生み出された存在だとしても、『個』が違うのだから同じであることは有り得ない。
思案から戻ったらしく、眼鏡越しのロシアンレッドが刹那を見た。
「私と会ったこと、誰にも言わないでくれる?『ラグナ』も口止めしてくれると有り難いんだけど」
『ラグナ』の声が聴こえる者などほとんど居ないが、それでも刹那は首肯する。
それにホッとしたのか、リジェネが肩の力を抜いたのが見て取れた。
「…思わず助けちゃった、っていうのが一番近いのかなあ。理由としては」
きっと理屈が合わないから、と自嘲のように続けた。

「シン・アスカ」

初めて、刹那が明確に表情を変えた。
それが下手をすれば殺意として襲ってくると分かっているからこそ、リジェネは軽く両手を上げる。
「だから、言ったんだよ。"他の誰にも言わないで"って」
「…シンにも言うなということか」
解せない。
だが、一番解せないのは本人なのだろうと刹那は気づく。
「俺と『ラグナ』の動きを止める為に、シンに近づいたんじゃないのか?」
「まあ、そうなんだけどね…」
言葉尻を濁し、リジェネは雨の降り続ける外を見遣った。
「雨期じゃないのに、なんでこんな大雨なんだろうね?」
まるで無関係の疑問が飛んでくる。
天気の気まぐれなど誰も分からないし、知らないものは知らない。
結論を言葉にはせず、刹那は同じく雨を見ていた視線をリジェネへ戻す。
するとそれを待っていたかのように合った視線に、"同じもの"が見えた。
刹那と違っていたのは、それを音にするか否かだけで。

「そういうことだよ、きっと」

笑ったリジェネは、本当に自分の取った行動が分からなかったのだ。

理屈じゃないと、悟る


ー だって、自分で理解出来ない ー



10.6.20

時間軸は、2期のどこか。

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