そっと繋がれた手は、暖かかった。
けれど、マリナは気づいた。
「刹那…。あなたは、」
彼の、首を振る気配と苦笑が分かる。
そっと握っていた指の先を辿り、頬へと手を伸ばした。
冷たい、けれど何かが伝わってくる、その頬は。
「これは、『ELS(エルス)』…なのですね」
頷き、刹那は窓の向こうの青空を見上げる。
空とは、こんなにも青かったのか。
「彼らは、対象と融合することで理解しようとする。脳量子波だけでは、真の理解に届かない」
マリナは見えぬ目で刹那を見つめていたが、それでも彼女は、微笑んだ。
「あなたの、刹那の信じた方法だったのでしょう? そして、あなたは後悔していない」
「ああ」
迷っても、悩んでも、恐れたとしても。
それでも彼は、真っ直ぐに未来を信じ続けていた。
だから自分は、いつまでだって彼を待つことが出来た。
彼が"行ってくる"と告げてくれたあのとき、命が尽きるまで待とうと決めたのだ。
「ありがとう、刹那。私に逢いにきてくれて」
次はもう、無いだろう。
マリナには、そんな確信がある。
(彼はあまりにも、多くに必要とされている)
「もう、行くのでしょう?」
「…ああ」
肯定の前の、ほんの僅かな逡巡が暖かく積もる。
「?」
金属の擦れるような音が微かに響き、それは刹那の歩く音ではない。
首を傾げたマリナの両手に、刹那が何かを手渡した。
「これは…?」
そっと渡されたものに触れれば、冷たいけれどしなやかな形。
柔らかな曲線と、それから。
「これは…花? この砂漠に咲いていた…」
「そうだ。アザディスタンとクルジス、どちらの国にも唯一咲いていた花だ」
彼女に色は分からない。
だが見えたなら、手触りに反した色の鮮やかさに驚いたことだろう。
それは、『ELS』が擬態した花。
窓辺に揺れる1輪の花と同じ、命有るもの。
刹那が見ていたそのままに、彼の一部から分離した『ELS』が擬態した。
水の入った小瓶まで同じであるのだから、相当な器用さだ。
静かに、そして柔らかに、刹那は微笑む。
「マリナの奏でていた音が、とても気になるらしい」
「まあ」
『彼ら』は"花"に興味を注いでいた。
刹那の深層意識に有った、美しい"花"という存在を。
同じように、刹那の愛した"旋律"が何であるのかと、興味を持っている。
「どこかに置いてくれるだけで良い。時々、マリナの歌を聴かせてやってくれ」
ああ、なんて嬉しいことを言ってくれるのだろう。
「分かったわ」
もう一度その金属質な花びらを撫でて、マリナは窓辺に『ELS』を置く。
どちらが本当の花であるのか、触れなければ分からない。
けれどどちらも、美しい。
遠くで、突風の巻く音が聴こえた。
きっと彼のガンダムが、飛び立ったのだろう。
「…刹那はまた、宇宙へ行ったのね」
見えないけれど、知っている。
なぜなら彼は、『空』だ。
窓辺には2輪の花。
どちらも負けないくらいに可憐なことを、マリナは知っていた。
「何を弾こうかしら? ずっとずっと前に、刹那に『歌ってくれ』って言われた歌があるのよ」
もう、寂しくない。
彼は戻ってきてくれた。
その彼が愛するものが、すべて揃っているのだから。
響く音色。
強くとも優しい日射し。
揺れる、花。
彼と共に守ったこの地が、マリナにはこんなにも愛おしい。
光を携えた若者へ、
ー 閉じる ー
10.9.23
歌い続けます、この想いを。