ポロポロと、生身の右目から涙が零れ落ちる。
唇からは、言葉にならない想いが溢れ出た。

【きこえてる。いつも、きこえるの。
わたしにおはよう、っていってくれる、かあさんのこえが。
おやすみっていってくれる、とうさんのこえが】

しごとのはなしとか、ここにいるひとたちのはなしとか。
いろんなはなしをしてくれる、とうさんとかあさんのこえが、きこえるの。
顔を両手で覆い、少女は首を横に振る。
分かってる。
分かってる。
本当は、分かってる。

【…っ、だめなの。こわいの。めをさますのが、こわいの!】

意識を共有する空間で、少女の想いは痛いほどに届く。
カタギリは彼女へ掛ける言葉を探すことも出来ず、ただ拳を握りしめた。
(科学者は、無力だ)
機械と数列だけを相手にしてはいけない。
それを強くカタギリへ教えたのは、サリー・クジョウだった。
…亡き父と、己の隣に佇むマネキン。
2人の友人であり、そして好敵手であった女性。
じっと注がれる視線に気づき顔を上げれば、ティエリアという青年と目が合った。
(そうだ。確か叔母は…)
カタギリがふと思い当たったことに気づいたのか、彼は軽く頷いた。
知っている、と。
彼にとってはスメラギ・李・ノリエガという名の女性の、消息を。

叫んだ声が空間に溶け、柔らかな無音の世界が戻る。
沈黙が耳を突き、少女はそっと顔を覆っていた手を外してみた。
すると見えたのは、差し出された手。
驚いて顔を上げた。
意識の世界が本来の姿を映し出し、自分にも目の前の彼にも、金属の色は無い。

「他の誰が拒絶しても、俺たちはここに居る。君の、隣に」

赤褐色の眼は、柔らかな色をしていた。
肌の色と顔立ちは、自分の知っている地域とは少し違う。
(ちゅうとうの、ひとかな…)
差し出された手を、取っても良いのだろうか?
取っても、消えないだろうか?
手を伸ばそうとして、躊躇して、また伸ばしかけて。
不安をそのまま示す彼女の動作に、刹那はそっと目線を合わせて語りかける。

「俺は刹那・F・セイエイ。君は?」

その手はグローブに包まれて、素手ではなかったけれど。
怖ず怖ずと触れれば、暖かかった。
口を開いて、躊躇して、そうして少女は、もう一度口を開いた。
名を紡ぐために。

【…あーみあ】

ほんの一瞬、彼の目が驚いたように見開かれたけれど。
「アーミアか。良い名前だ」
横合いからの声に、また虚を突かれて顔を上げる。
声の主は、人間離れしていると思うほどに、綺麗な人だった。
「僕はティエリア・アーデだ。…いい加減、ここから出たいんだが」
ここは刹那が創り出した空間であり、彼の意思がなければ解かれることは無い。
本心を呟いて目を逸らしたティエリアに、アーミアと名乗った少女は戸惑いがちに刹那を見上げる。
刹那は彼女の視線に応え、はっきりと頷いた。

「俺たちは、『ここ』に居る」


さあ、起きよう。
これは夢なんかじゃないよ―――



光を携えた若者へ、


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10.10.3

だから、だいじょうぶ。