「未確認MSより、全周波回線です!」
通信オペレーターの声に、クラウスらは再度息を呑む。
「!」
SOUND ONLY と表示されたモニター画面。
声が、発せられた。
『こちらCB所属、ガンダム・ダブルオークアンタ。
地球圏よりの外宇宙航行艦と見受けるが、返答を願う』
知っている。
この声を、クラウスは知っていた。
解析官が機体の照合に成功し、モニターの半分が照合結果で埋められる。
しかし表示されたデータの外観と、今映るMSの外観が違うようだ。
クラウスは深呼吸の後、静かに言葉を返す。
「我々は地球連邦政府所属、外宇宙探査艦『スメラギ』。私は艦長のクラウス・グラードだ」
『…クラウス・グラード? と…いうと、カタロンのリーダーの』
カタロンとは、何とも懐かしい名前ではないか。
思わず苦笑が零れると同時に、確信が過(よぎ)る。
「その通りだ。…君は、あの青いガンダムの」
「艦長! MSの着艦準備、整いました!」
すでに察しの良いオペレーターたちが、艦の調整を行っていた。
クラウスは言葉を変え、提案する。
「こちらへ着艦しては貰えないだろうか? 君と直接、話がしてみたい」
しかし返ってきたのは、否の回答だった。
『…ありがとう。だが見ての通り、この機体はELS(エルス)と融合している。
そちらへ着艦して、いらぬ反応を招きたくない』
ガンダムの背部にある翼のような装備を筆頭に、データに無い形はすべて、ELSが変形したもののようだ。
ややの逡巡を挟み、別の提案が相手から発せられる。
『艦の脳量子波遮断フィールドを、一時的に解除してほしい。
そうすれば、こちらで意識共有空間を創ることが出来る』
ここが木星宙域でなければ、すぐにでも頷けた提案だった。
「…しかし、」
この宙域で脳量子波遮断フィールドを解除すれば、ELSの膨大な思考に晒されることになる。
惑星型ELSの姿は今は見えないが、ここが彼らの棲み家であることに変わりは無い。
クラウスがその懸念を口にしようとしたとき、大丈夫だ、と音声が告げた。
『今、この宙域のELSたちと交渉した。しばらくの間、静かにしていてくれる』
そうだ。
この声の主は、遠くELSの母星まで旅をしてきたのだ。
『あの日』に出現した"宇宙花(うちゅうか)"は、対話の成功へ繋がる結果ではなかったか。
「…よし」
信じよう、"彼"の言葉を。
「脳量子波遮断フィールド、解除」
「了解! 脳量子波遮断フィールドを解除します!」
艦を覆っていた遮断フィールドが、虹色の波となって消えていく。
するとガンダムの左腕のシールドが機体背面へ移動し、展開された装備(ビットと言うのだろうか?)がその足元で輪を描いた。
『クアンタムシステム、作動。クアンタム・バースト!』
ガンダムから発生し、銀河のように広がる粒子の波。
「これは…!」
その放出量は、想像を超えていた。
瞬く間に艦は虹色に輝く粒子に呑み込まれ、意識もまた共有領域へと連鎖する。
柔らかな白に囲まれた、意識の共有空間へと。
…『スメラギ』総員の視線が、1点に集約される。
名前の付けられぬ感情に突き動かされ、クラウスはそちらへと1歩踏み出した。
「君、が…」
右肩から下の半身を残して、銀色の身体をした青年が立っていた。
両目に輝く金色は、この場に居る誰よりも強い光を放っている。
ELSの侵蝕を受けてなお意識を取り戻し、生きている人間は存在する。
けれどここまで顕著な例を、それも間近で見たのは初めてだった。
驚愕の視線を受けた青年が、ああ、とその理由に気づく。
「ちょっと待ってくれ」
青年が目を閉じると、数秒後に銀色が消えた。
ELSの擬態はどこまでも鮮やかで、目を見張る。
「俺は刹那・F・セイエイ。CBの最初の武力介入からずっと、ガンダムのパイロットだ」
それから、と彼が視線を向けた隣に、新たに別の青年の姿が形作られた。
まるでホログラムのように。
「…君は?」
彼には見覚えがある。
だが誰も、見覚えがあるのに名前を思い出せない。
意味ありげな笑みを浮かべ、美しい容姿をした青年は口を開く。
「僕はティエリア・アーデ。かつてガンダムパイロットであったイノベイドだ」
彼はELSとの対話を補助するため、ヴェーダのリンクシステムと共に母星へ向かったという。
クラウスはイノベイターの生きる、長い、長い時の意味を、ようやく真に理解した気がした。
「そう、か…。『対話』を、成功させたのか」
ティエリアがこくりと頷きを返す。
「僕らが得た情報は、いずれヴェーダからあなた方にも送られるだろう」
あれからもう、50年という時が経った。
彼らは未知の存在と、50年という長い時を対話し続けて来たというのか。
「ところで、なぜ木星に?」
データによれば、彼らは『量子ジャンプ』を用いてELSの母星へ旅立った。
そのような芸当が可能であるなら、地球圏へ直に飛べるはずだ。
率直に問うてみると、刹那は歯切れ悪く言葉を綴る。
「…太陽炉が、オーバーヒートを起こしかけているんだ」
「なんだって?」
CBの持つ太陽炉は俗に『オリジナル』と呼ばれ、永久稼働機関だ。
他組織には一切存在しない技術であり、『スメラギ』のエンジンも未だオリジナルには及ばない。
問えば、その通りだと首肯したティエリアが先を続けた。
「50年以上の連続稼働には、すでに実績がある。
だが量子ジャンプも未知の重力環境での連続稼働も、実績が無い」
しかもそこに、"ELSとの融合"という未知の接触がある。
ちなみに太陽炉を含めたメインシステムは、融合されていない。
「オーバーヒートした太陽炉を、安定値へ戻す必要がある。
それには木星以遠の外惑星が最適だ」
"木星以遠"という条件には、技術的な問題が絡んでいるのだろう。
彼らから旅の話を聞くことは、ここで必要な事柄ではない。
真実『世界』を救った彼らに、これ以上の重荷も必要ない。
だからクラウスは、最も必要なことだけを確認する。
「我々は本日より7日間、木星宙域の調査のため留まることになっている。
それで、君に1つだけ確認したいのだが…」
「何だ?」
「我々がここに留まり調査を行っても、ELSに悪影響はないだろうか?」
悪影響と言うよりは、マイナス方向の刺激と言うべきか。
クラウスの危惧に対して、刹那はあっさりと頷いた。
「大丈夫だ。敵意と害意が存在しない限り、襲ったりはしない」
そこで突然、刹那が後ろを振り向いた。
クラウスたちの脳裏にも、ELSの意思の波が響く。
(これは…)
クルーたちがざわめく。
この意思の波が言っていることは、つまり?
ややあって、刹那がクラウスたちに向き直った。
「あんたたちの行く先にも、生きられる場所があるかもしれない。
だから付いて行っても良いかと聞いているが…」
彼と同等の意思疎通レベルに達せられる日は、いつ来るだろう。
感じた意思を即座に言葉へ置き換える芸当を、クラウスたちはまだ持ち得ていない。
だが答えならば、持ち合わせていた。
「大丈夫だ。念のため地球へ確認をとるが、我々には断る理由が無い」
「そうか。…ありがとう」
まるで自分のことのように、刹那は微笑んだ。
* * *
ヴェーダへ送られた報告には、"この7日後、外宇宙探査艦『スメラギ』は木星を出立"とある。
その際、新たに2隻の船が同道したとも記されていた。
『スメラギ』の両舷を航行する船は、地球連邦政府および私設武装組織の宇宙開拓歴書に載っている。
―――『エウロパ』および『プトレマイオス2』の名称で。
光を携えた若者へ、
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11.1.3
君の拓いた道を、彼らと共にゆこう