気になったことは確かだった。
過去にCBが関わったこと、そしてあのティエリアが後押ししたこと。
結果として、刹那は囚われていたマリナ・イスマイールを助けた訳だが。
「戦う以外に生きる方法だってあるじゃない!」
刹那は彼女の問いに、ただ答えただけだ。
けれどマリナは、なぜまたガンダムに乗っているのかと泣いている。
女性特有の高い叫びは、格納庫に易々と響いた。
ロックオン…ライルはケルディムから降りると、00に繋がっている桟橋を見上げる。
(あー、あの美人さん…確かアザディスタンの)
「おいロックオン、何の騒ぎだ?ありゃあ…」
問い掛けてきたイアンに、さあ、と肩を竦めた。
「なんか、刹那があの皇女さんも助け出したみたいなんだが…」
そのとき、聞き慣れない名前がライルの耳に届いた。
「ファンロン…どうして、どうして戦う以外じゃ駄目なの?」
それではあまりにも、哀し過ぎる。
ぽろぽろと涙を零しながら、マリナは刹那へ問い続けた。
「ねえファンロン。貴方なら、戦いを知っている貴方なら、戦う以外の方法だって知っているはずよ」
知らないと答えているのに、同じ問いと違う名前を返される。
刹那は拳を握りしめた。
「…いい加減にしてくれ」
眼光はとても鋭かった。
マリナはハッとして口を噤むが、赤褐色の眼をまっすぐに見つめ返す。
「俺はあんたの弟じゃない。何度も言っているだろう…!」
刹那にとって許せないのは、その点だった。
けれどマリナにとって譲れないのも、同じだった。
勢いよく首を横に振ったので、彼女の長い髪が大きく揺れる。
「いいえ、違わない!貴方がどんなに否定しても、私は…"私たち"は確信しているの!
貴方は私の弟、ファンロン・イスマイールなのよ…!」
ライルは険悪な2人を見上げながら、目を丸くした。
(あの皇女さんの、弟?刹那が?)
どういうことだ、と胸中で呟くと、不意に辺りが静まり返る。
ライルと同じように唖然と彼らを見上げていた面々も、なぜか口を開かない。
(…嫌な沈黙だ)
こういう場合、起きるのは嫌なことだと相場が決まっていた。
胸の奥から叫んだマリナに、刹那は目を瞬く。
しかしそれも、次の瞬間にはマリナを容赦なく射抜いた。
込み上げる怒りで、声が震える。
「…、」
「え?」
呟かれた言葉を聞き取れず、マリナは訊き返す。
見つめた彼の感情を映す赤褐色は、憤りと悲愴に彩られていた。
「助けなければ、良かった」
絞り出すように吐かれた言葉に、息を呑む。
激情に荒れる彼の目が、眼下に居るライルに据えられた。
「あのとき、俺たちの作戦に乗じてカタロンが救助に来ていた。
あんたの側近だった、シーリン・パフティヤールが所属している組織だ。
俺がわざわざ行かなくたって、どうせあんたは助けられていた」
シーリンの名に驚くマリナなど、刹那にはもう見えない。
(…バレてたか)
ライルは冷静に現状を分析する。
(ま、今更ガンダムを降りろとは言わないだろうな)
求めた人材を、これしきで手放す組織ではない。
(…にしても)
シーリンと言えば、確かカタロン幹部の側近の名前だ。
タン!と軽い音がした方向を見れば、刹那が飛び降りてきたらしい。
ライルを軽く見遣った彼は、すぐにこちらへ背を向けて格納庫を出て行く。
「っ、待って!」
慌てた声と足音が、刹那を追うように響いた。
「待って!ファンロン!!」
声の主がライルの傍まで降りてきたときには、すでに刹那の姿は消えていた。
「ファンロン…どうして…」
部外者であるライルにも、決定的な亀裂は見て取れた。
(仲直りだとか、そういう次元じゃなさそうだな)
泣き崩れた皇女に、ライルは仕方なしに手を伸ばす。
「とりあえず、どっか落ち着ける場所に行かないか?皇女さん」
不思議そうにライルを見上げたマリナだが、差し出された手は迷いなく取った。
「…ありがとう、ございます。貴方も、ガンダムの?」
「ああ。といっても、俺は新入りさ」
だから、あんたの疑問には答えられない。
みなまで言わなかった言葉を、彼女はしっかりと受け取ったようだった。
「…そう、ですか」
でなければ、そこまで沈んだ表情にはなるまい。
(傾国の美姫…か。時代さえ違っていれば、そう言われたんだろうな)
きっと彼女は、5年前からこうなのだろう。
刹那に近づこうと必死で、けれど近づくどころか遠ざかるばかりで。
「…似てるなあ」
ライルの呟きは、しっかりとマリナに届いてしまったようだ。
「なにか…?」
彼女に苦笑を返し、ライルは刹那が去っていった通路を見つめた。
「…いや。俺もあんたと同じなんだ。あいつのこと知りたいんだけど、近づけない」
情けないが、自分から近づく勇気がない。
触れていたマリナの手が、応えるように震えた。
蜃気楼に迷い込む
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08.10.22
ライル×マリナを目指したものの、玉砕(…)
あの2人、お似合いだと思うんだけど。