カタロンの旧式MSが、砂塵を起こしながら降り立つ。
倣うように降りるトレミーの内部で、刹那は手にしたヘルメットを無意味に見つめた。
「刹那」
呼び声に振り向けば、ティエリアがやって来た。
「本当に、お前に任せて大丈夫か?」
5年前なら、嫌みなヤツだと思っただろう。
だが今のティエリアなら、刹那は素直に礼を言える。
「…大丈夫だ」
数日前に格納庫で起こした、マリナ・イスマイールとの諍い。
心配性は兄譲りらしいライルが、スメラギやティエリアに進言したようだった。
気は進まないが、と刹那は続ける。
「今回は、あんたやスメラギに任せられない。…俺が出なければ、話が拗れるだろう」
ティエリアは渋い顔をした。
「…あの、シーリンという女か」
頷き、手にしたヘルメットを被る。
「マリナを連れてきてくれ」
無言で艦内へ足を向けたティエリアは、声だけを返した。
「君とカタロンは秤に掛けられない。忘れるな」
刹那・F・セイエイを失う危険性があれば、カタロンを撃つ。
それはティエリアを含めたクルー全員が出した、揺らがぬ答えだった。
刹那と共に降り立ったマリナは、進み出たカタロンの構成員に目を見開く。
「シーリン…?!」
かつてアザディスタンの王宮で、共に闘った女性。
シーリンは微笑み、返した。
「お久しぶり。ご無事でなによりよ、マリナ」
皇女と側近というよりは、友人と言った方がしっくりくる。
マリナとシーリンは、年の近さもあってかそのような間柄だった。
遠慮なく意見をぶつけられるのも、叱咤してくれたのも、彼女だ。
「シーリン…。貴女も、生きていてくれて良かった」
ようやく笑みを返したマリナに頷き、シーリンは彼女の横に立つ人物を見た。
青いパイロットスーツは、否応無く5年前の出来事に重なる。
(…青。地球の色)
シーリンは思わず、当人に禁じられた名前を口にしそうになった。
もの言いた気な彼女の視線に、刹那は内心でため息を吐く。
(…前に"我々"と言ったのは本当だったのか)
彼女と同じくこちらを注視する構成員に、中東系の人間が多い。
どうでも良いかとバイザー部分のスモークを外し、ヘルメットに手を掛けた。
素顔を晒した刹那に声を上げたのは、シーリンではなかった。
「「皇子?!」」
「「ファンロン皇子!よくぞご無事で…!」」
彼らを黙って見守っていたクラウスは、青いパイロットスーツの青年に驚く。
(5年前からガンダムに乗っていたなら、まだ子供であったはずだ)
ふとシーリンと目が合い、彼女は意味ありげに笑う。
それでピンと来た。
(そうか。彼が…)
シーリンを含め、CBの青年を"皇子"と呼ぶ者たち。
彼らは皆アザディスタンの人間だ。
十数年前に誘拐され生死すら分からない、マリナ・イスマイールの弟に仕えていたのだと。
刹那はいちいち腹を立てることも、論議することも止めた。
自分を心配するような、そして歓喜のような言葉を投げてくる構成員たちに、告げる。
「俺はファンロン・イスマイールじゃない」
言葉を返そうとする者たちを制して、刹那は続けた。
「だがマリナが認めないように、あんたたちも認めないんだろう。
だから俺は、無意味なことに時間を割くのは止めた。後の話はシーリン・パフティヤールに聞けば良い」
順に構成員を眺めた視線が、クラウスで止まった。
「あんたが幹部か?」
「…ご名答。クラウス・グラードだ」
名前は?と無言のうちに問えば、揺らぎのない意思と共に名乗りが返る。
「刹那・F・セイエイ」
強いな、とクラウスは思った。
この刹那という青年が、CBの行動指針であるのかもしれないと。
砂塵が守る、翼
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08.10.27
現役皇女よりも人望篤いせっつー。自分で書いてて不思議(…)
まあ、本編でもせっつーがCBの先頭だからいいや。