ある場所に、チェス盤が在る。
大きさは5倍、駒の数も通常の4倍のチェス盤だ。
なぜ大きいのかというと、通常のチェス盤が5つ繋がっているためだ。
8×8マスのチェス盤が、5つ。
1つは中央に。
4つは中央の盤の辺に沿って、四方に。
このチェス盤の形は、正十字だった。
駒は通常の数と種類を、四方に突き出た十字の外側を陣地に並べられている。
中央の盤に向けて、四方に。
今見ている方向から言うなら、手前には白が。
そして奥には黒、左手には赤、右手には透明な硝子製の駒が。
それぞれの駒は、それぞれの陣地から中央の盤を目指して進む。
自分の色以外はすべて敵と見なせるし、協力することも可能だ。
通常のチェスゲームと違うのは、取られて失った駒が復活すること。
復活とはいっても、厳密に言えば復活ではなく追加と言える。
それはつまり、例を出せばこうなる。
白と赤、黒と硝子がそれぞれ手を組み、闘っている。
黒のナイトは2つとも失われたが、ある別勢力の加担で再び盤に加わった。
ただし、新たな勢力がどの駒に変換されるかは、すべての陣営の者が話し合って決める。
あるいは、非常に機械的で綿密な計算を元に。
そしてもう1つ。
ある条件を満たすイベントにより、駒が激減したり大量に投入されることもあり得る。
決して数が変わらないのは、キングとクイーン、ナイトとルーク、そしてビショップだ。
* * *
「…あれ?」
久々にヴェーダへのアクセスを試みたリジェネは、思わず目を瞬いた。
アクセスした場所は、現在のCBが唯一アクセス可能なデータベース。
データベースと言えば様々なものがありそうだが、ここに格納されているものは1つしか無い。
「…しばらく見ない内に、随分と入り乱れたね」
映されたのは、三次元プレビューされたチェス盤だ。
大きさは通常の5倍で、形は十字をしている。
駒も通常の4倍で、白と黒の他に赤と透明がある。
盤の大きさは、当初から変わらない。
けれど駒がこの4色に整うまで、200年近くも掛かってしまった。
これらの駒を動かせるのは、1度に1手。
それも60分に1度しかアクセス出来ず、閲覧出来るのは15分まで。
閲覧可能な人間はそれなりに居るが、駒を動かせる権限を持つ者は限られている。
たとえば、リジェネは記録者であり審判者なので、動かせない。
もちろんチェスのルールを知っていないと動かせないので、その点も重要だ。
そのために代打ち制が存在し、1人の権利者につき、一度に1人まで代理が可能となっている。
ルール通りに動かしてもらわなければゲームは成立しないので、時に審判者が手を出すこともあった。
まあ、それは滅多に無いので、とても暇だ。
審判者の特権は、いつでも条件無く盤を見られること。
そして、すべての陣営に関わることが可能である。
チカチカ、と画面が点滅した。
「これはナイスタイミング。大型イベントの発生かい?」
大きな画面の開いたスペースに、その内容が表示される。
ーーーFirst MEMENTOMORI fire, destroyed kingdom SUIRU.
数秒後、黒のビショップが1つ消滅し、赤のルークが復活した。
リジェネは目を細める。
「へえ…。黒ってことは、反政府組織側か」
誰がこれからピースを動かすか、楽しみだ。
「次に動くのは、透明なピースかな?」
真っ先に動くべきは、CBだものね。
クスリと笑って、リジェネはアクセスを切断する。
この盤上を動かすのは、この世界の人間だ。
盤が示すのは、今の世界に他ならない。
「ねえ、イオリア・シュヘンベルグ。ヴェーダを造ったのは貴方だけじゃなかった。
貴方の跡を継いだのも、1人ではなかった。
私たちイノベイターも、ヴェーダのようにすべてに従順じゃあない。
だって、結局は人間と同じ感情を持たされて生まれたからね。
だから当時の貴方がこれを見たら、きっと計画が違いすぎると怒るかな」
でもね、そもそもが貴方の過ちから始まったんだ。
世界を思い通りに変えられると、明晰過ぎる頭脳で愚かにも慢心した。
結局は貴方も、ただの人間だったんだよ。
そう言って、リジェネはどこにも居ない"父親"を嘲笑った。
当人亡き罰ゲーム
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09.1.11
シリーズ化されたようなそうじゃないような…。
世界そのものが玩具という、とても酷い話。