終盤フライングその2
ゼロが指揮権を藤堂とディートハルトに渡し、姿を消した。
全体を見渡すだけの力を持つ『ゼロ』という指揮官を失った『黒の騎士団』は、瞬く間に押し返されていく。
劇団アジトの地下で戦況を聞いていたカナードは、携帯電話を取り出した。
繋ぐ相手は、『ゼロ』…ルルーシュ。
『…兄上?』
ワンコールで繋がった相手の口調に、焦りがある。
その理由は分からないが、カナードはため息をついて告げた。
「お前1人消えただけで戦況は最悪だ。この貸しは高く付くぞ」
『……お願いします』
長い沈黙を置いて、ルルーシュはそれだけを返し通話を切った。
どうやら選択の余地がないらしい。
「ライアー、ディートハルトへ繋げ」
「はい」
日本地図と政庁のある基地の設計図を広げ、回線の向こうを待つ。
『沈黙の黒鳥』からの通信は、ディートハルトを驚かせた。
彼の後ろでは、神楽耶が通信の繋がらない『ゼロ』への直通無線を見つめている。
「珍しい。貴女から直通が入るとは」
カナードは『カナリア』としての声と口調で答えた。
「ディートハルト、騎士団すべての人間に繋がる回線を寄越せ。私が指揮を執る」
さあ、宴の後始末と行こうか。
戦況の悪化するばかりの前線。
さすがの藤堂も、ゼロへの恨み言を口にしたくなる。
(こんなときに…!)
「藤堂さん!5番隊が全滅したと…!」
「なに?!」
卜部からの通信に、ギリと歯を食いしばる。
千葉も朝比奈も仙波も、歴戦の戦士とはいえ精神的に限界だった。
そこへ入って来た声は、予想外で。
『"黒の騎士団"全軍に告げる。私は"ゼロ"の翼、"ゼロ"の後ろを護って来た盤外のクイーン。
たった今から、すべての指揮を私が執る。異論は聞かない』
目を見開く。
「えっ、これカナリア?!」
「まさか彼女が…」
四聖剣の驚きを聞きながら、藤堂は別の機密回線で"彼女"へ繋ぐ。
「カナリア!なぜ君が出て来る?!」
彼女…いや"彼は"、表には出ないと言っていたのだ。
カナードはざわめく騎士団のオープンチャンネルを横目に、藤堂からの通信へ答える。
機密回線は、互いにしか聞こえない。
『奴には高利で貸し付けたよ。お前もせいぜい、俺が味方であったことに感謝するんだな』
それだけで通信を切られたが、藤堂の背に冷たい汗が流れた。
(ブリタニア皇室、第2皇妃の『黒鳥』…。そうだ、敵に回せば『ゼロ』と同等以上の)
藤堂の思いを他所に、カナードはルルーシュを補佐して来た"カナリア"として、再び回線へ向かう。
指示を出す前に、言いたいことがあった。
『私についてはどうでも良い。だが、"ゼロ"に対する批判は許さない。
"ゼロ"に裏切られたと思ったのなら、とんだ恥知らずだ。裏切るのはお前たちだろう?
奴にも護りたいものがあるのだと、奴も人間なのだと、それを忘れたお前たちが。
すべてを"ゼロ"に押し付けて来たお前たちの業が、この戦況だ。それを思い知れ』
瀕死の重傷を負った井上を救い出した杉山は、カナリアの言葉にハッと息を呑んだ。
負傷した扇の代わりを務めていた南も、彼女の声にぐっと言葉に詰まる。
騎士団の人間に考え込む間を与えず、矢継ぎ早に指令が飛ぶ。
『全軍、藤堂の1番隊より部隊の状況を報告しろ。各隊の持ち時間は30秒。
全部隊の報告が終わった後、1番隊より敵陣の状況を報告。持ち時間は同じく』
制圧したアッシュフォード学園へ向かいながら、ディートハルトは感嘆した。
(あれだけバラバラだった騎士団を、ほんの1分足らずで…。もしや、彼女も)
しかし、と自分でその考えを捨てる。
(いや。"ゼロ"はともかく、彼女は違うだろう)
ディートハルトの視界の端に、飛行戦艦が映った。
2007.8.5
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