『行政特区』というものに、ある人間は悲観した。
『行政特区』というものに、ある人間は歓喜した。
『行政特区』というものに、ある人間は嘲笑した。

『行政特区』というものに、ある人間は…何も思わなかった。

−−− ある美しい愛の終幕について

ガヴェインの元で専用スーツに着替えたC.C.を前に、集められた幹部たちはただ戸惑っていた。
現れた指揮官へ、ただ困惑の視線を向ける。

「ゼロ、何をする気だ?」

テロリストではなく軍人上がりである藤堂は、他の幹部と違い動揺の欠片も持っていない。
発した言葉はゼロの意思を知る為の、もっとも有効な問いだ。
不安を晴らしたいが為に、カレンや扇たちも黙ったまま待っていた。
ゼロが答えることを。
藤堂はなおも問いを続け、それは一問一答のものとなる。

「"行政特区"とやらの着工記念式典だったな。今日は」
「ああ」
「ガヴェインを出すのは、騎士団の活動とは無関係か?」
「私以外はな」
「…出るのか?式典に」
「まさか。赴くことは確かだが」
「ではなぜ赴く?」
「見届けに」
「見届けに?」

もっとも危惧していた事柄は即座に否定してくれた。
しかし解せない。
カレンは堪らず、自分で封じていた問いを投げた。

「ゼロ。貴方は賛成なんですか?"行政特区"に」
「いいや」
「反対?それを潰しにいくなら私も…」
「いや、反対とも言い兼ねる」
「え?」

要領を得ないと感じるのは、自分たちの頭の回転が鈍いからだろうか。
ざわついていた幹部たちがしん、と静まる。
ゼロの声だけが、静止した空気を震わせた。

「反対か賛成か、議論する価値もない」

返ったのは単純な答え。
ふ、とゼロの笑う気配を感じた。

「気が変わった。お前たちも来るか?人手が必要になるかもしれない」

反射的に頷いたのは親衛隊長でもあるカレンで、藤堂も続いて頷いた。
ディートハルトは当然だと肩を竦め、扇たちも顔を見合わせ結局は頷いた。





回されているいくつものカメラは"LIVE"の文字を光らせ、辺りはイレヴンで埋め尽くされている。

(こんなにもたくさんの人が、私に賛成してくれた!)

集まる人々を眼下に収め、ユーフェミアは胸を躍らせる。
"行政特区"は、副総督として初めて自らが発した事業だった。
兄が賛同してくれたのだと言えば、大事な姉はもう何も言わなかった。

(お姉様は、ナンバーズがお嫌いだから)

でも説得し続ければ、必ず分かってくれる。
ユーフェミアは根拠はないが、ただそう信じきっていた。
式典を成功させればもう障害はない。
彼女の中で認知されている気掛かりは、たった1つ。

(…ゼロ。いいえ、ルルーシュお兄様)

もう一度、彼と彼の妹と、昔のように笑って過ごせたら。
彼らの為に必死で考えた"行政特区"。
絶対に賛成してくれるはずなのに、まだここへ来てくれない。

彼女の後ろで、彼女の騎士が、彼女を憐れんでいることなど気付かない。


スザクはあの日、ユーフェミアが学園で特区宣言をしたとき、本当は泣きたくなったのだ。
ああ、なんて愚かなことを言っているんだと。
己が今まで振り翳してきた理想は、つまりこういうことなのかと己を憎悪した。

(ルルーシュ。君はどれだけ、憎んでしまったんだろう…)

スザクは政治家の息子だった。
だから1つの案件を出すのにどれだけの期間を必要とするのか、一端だろうが知っている。
ユーフェミアは、まったくの独断で特区宣言を出した。
議会の承認を得るなどもってのほか、事前に総督へ進言さえしていない。
直接の上司であるロイドからそれを教えられ、愕然としたものだ。
あの日の放課後、生徒会長が漏らした言葉で世界の崩壊を感じた、スザクには。

『ああ、壊されちゃった。あの子たちの為の世界が』
『ごめんね、ルルーシュ。ごめんね、ナナリー。護れなくてごめん、ごめんなさい』

初めて見た、強く気高いミレイの泣く姿だった。
彼女の頭をゆっくりと撫でて慰めていたのがロイドであったことには、驚いたが。
意味深な笑みを向けられ、事情を知っていながら黙っていると察した。
スザクもやはり何も言わず、何も言えずに。

視界の端に、見覚えのある機体が見えた。



黒に限りなく近い色を持ち、天より降りるKMF。
降り立った機体の後ろには深紅のKMFと、別の灰色のKMFが控えていた。
群衆の間から、副総督を護衛する軍の間から、『ゼロ』と『黒の騎士団』という単語が口々に飛び交う。
ユーフェミアは堪らず呼びかけた。

「ゼロ!来て下さったんですね!!」

マイクが繋がっていることを確認して、ゼロ…いやルルーシュは、コックピットから出る。
すべての視線が、この場に限らず映像の向こうの視線も、すべてがルルーシュに集まる。
構わず、ユーフェミアはさらに声を上げた。

「来て下さったということは、この"行政特区"に賛同して下さったのですね!」

波のようにざわめきが広がった。
広がり、轟き、やはり最後にはまた、ゼロであるルルーシュに戻る。
ルルーシュは仮面の下で笑みを浮かべながら、声音だけは平淡に告げた。


「私は賛同しない。反対もしない。議論する価値もないな」


ピタリ、と時が止まったようだ。
ざわめきと共に、今度は動揺と疑問が広がってゆく。

「…どういう、意味ですか?それは」

ユーフェミアは、自身の笑顔が凍り付いたことを自覚した。
ガヴェインとは十分な距離があるため、ブリタニア軍はまだ動けない。
ランスロットでの出撃命令が出ていないスザクも、その場でゼロの言葉に眉を寄せる。


「主役は私ではない。私は、見届けに来ただけ」


ひらりと翻されたゼロの左手は、軍の一角を示した。
全員の目がそちらへ向き、そこに誰が居るのか理解して息を呑む。
長い角を持ったグロースター。
ブリタニアの魔女、総督コーネリア・リ・ブリタニアの愛機。

コーネリアは機体を降り、妹の元へ歩く。
凍り付いたユーフェミアの表情に、再び色が射した。

「お姉様!…来て、くださったのですね!」

ゼロとは別の意味で、姉に来て欲しかった。
黙って特区宣言を出したことに、後ろめたいというのもある。
それでもユーフェミアは、自分が行おうとしていることを認めて欲しかった。
ナンバーズとの区別を付けるコーネリアがこの場へ来たことは、確かな革新と言えるのだ。
しかしスザクは、彼女に悲壮感に近いものを垣間見たような気がした。

「すまないな、ユフィ。遅れてしまった」
「いいえ!来て下さっただけでも!それに、」

ユーフェミアはガヴェインを指差す。
子供のままの笑顔で、嬉しそうに。

「ゼロも来て下さいました!」

ちらりとそちらを一瞥したコーネリアが、スザクの目には奇妙に映っていた。
得体の知れない何かに出会ったように、背筋が冷たくなる。

彼女が浮かべていたのは、安堵したような笑みだったのだ。
それは、とてもちぐはぐなもので。
首を傾げようとしたそのときにはもう、すべてが終わっていた。



擦れた金属音。
何かを叩く鈍い音。
足元に落ちた水音。





「すまない、ユフィ。すべて…すべて、私の咎だ」





震えた、懺悔の声。



何が起こったのか。
気付いたときには、銀色の剣がユーフェミアを貫いていた。
目の前の光景に目を見開き、スザクはコーネリアを見る。
起こったことが信じられないユーフェミアも、驚愕の眼差しで姉を見上げた。

「お、ねえさま…?」

胸から剣を伝う血は留まるところを知らず、剣を持つコーネリアの手を染めていく。
ゆっくりと引き抜かれた銀色の刃は、真っ赤に塗りたくられていた。
長い髪に隠れ、彼女の表情は誰も窺えない。

「すまない、ユフィ。何もかも、私の罪だ。…お前に何も見せなかった、私の」

ユーフェミアは己の血に染まる指を伸ばしたが、それは姉に届く前に落ちる。
ドサリという重い音を伴い、彼女の身体は崩れ落ちた。
足が動かないスザクを他所に、コーネリアの騎士たちがユーフェミアを素早く抱きかかえ連れて行く。

「総、督…?なにを…」

やっと絞り出せた言葉は、それだけだった。
コーネリアはゆっくりとスザクへ視線を向ける。

「後ほど、総督府で話そう。お前の処遇についても」

それ以上の言葉は来ないと断じてしまったスザクは、ランスロットへ向かう。
撤退命令を出し、コーネリアは呟くように告げた。


「ゼロ。この場はお前へ預けよう」


一連の出来事はエリア11のみならず、全世界を駆け巡った。

『第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニア、廃嫡』
_End. 

アトガキ補足

死ネタのつもりはないのですが。
滑り込みセーフで22話前予想、こんな結末もあるかもしれない。
帝国の国是は『弱者からの搾取(強者の支配)』なので、遅かれ早かれ廃嫡は免れない気もする。

彼女を副総督に推したのは姉上で、それも少し強引であったようで(詳細不明)。
明らかに帝国に仇す方針を声高に宣言され、姉上は崖っぷち。
だって妹をそういう風に育てた(護って来た)のは姉上だから。
彼女も皇族、ブリタニア人の支持を失えば終わり。総督は国家代理の為政者である。
今まで彼女が「魔女」と言われるまでに戦果を挙げて来たのは、自分の地位で妹を護るため。
特区を認めてしまえば帝国に反し、「所詮はこの程度か」と見捨てられる。
妹が副総督であるために発言撤回も出来ないし、表立って却下すればそれも余計な問題を生む。
目にみえる形、誰もが納得せざる負えない形で終息させるしかない。
姉上の場合は自身の力の元に膝をついている貴族や他の皇族、妹を支持したイレヴンをも納得させる必要があった。
彼女はナンバーズ嫌いですから、イレヴンを抑える方法は武力しかない。
しかし今回は副総督の妹の発言、ひいては自身が原因。イレヴンに非がなく、武力を用いればさすがに良心が咎める。
そこで『ゼロ』。

…閑話休題。

スザルルとか言っておいて破局話ばっかり書いてたので、ちょっと別口など。
というかスザクがこう思ってくれてたら嬉しい。希望的観測。
ロイミレで保護者(むしろ騎士)+スザクで特派寝返りが一番良いなあと夢見つつ。

批判等は勘弁して下さい。

07.3.21

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