「枢木スザク!早く起きろ!!」

少女の声でハッと目を醒ましたスザクは、辺りから響く銃声に胸が冷えた。
「な、何が…?」
式典会場から煙が上がり、銃撃と悲鳴が狂想曲を奏でている。
スザクは膝をついたまま前方を、見えない会場に目を凝らした。
自分を呼んだのは誰だ、と後ろを振り返れば、ゼロに従う少女の姿。
彼女はスザクがこちらを向いたと見るや、その両肩を掴んだ。
反射的に振り払おうとしたが、少女の顔を見た途端にそんな気持ちは失せてしまった。


「頼む、早くヤツを…、ルルーシュを、助けてくれ…!お前しかもう居ないんだ!!」


今にも泣きそうな顔だった。
このような場所で聞いた親友の名は、スザクの思考を止めてしまう。
「ル、ルーシュ…?なぜ、君が…彼を?」
何が起こっているのか、という疑問など吹っ飛んだ。
人の駆けてくる音が聞こえ、少女…C.C.はスザクの腕を掴むと引っ張り上げる。
「来い!早く乗れ!!」
迷っている暇など与えられない。
スザクは彼女に続いてガヴェインへ乗り込んだ。


上空から見下ろした式典会場は、阿鼻叫喚の地獄絵図。

−− 咎人たちはすべてを手に入れる

「…通信機のスイッチは切ったか?」
小さく囁かれた声に、スザクは慌ててポケットから通信機を取り出す。
「ごめん。ちょっと上、開けてくれる?」
「?ああ…」
言われた通りコックピットの出入り口部分を少し開けると、スザクは通信機を外へ放り投げた。
「?!」
驚くC.C.を他所に、彼の表情には迷いの欠片もない。
再び密閉された空間の中で、スザクは操縦席に座る少女をまっすぐに見据えた。

「君が何者なのか、何が起こっているのか、それば全部後で聞くよ。
なぜ君が、ルルーシュを知っている?」

恐ろしいほどに、まっすぐな殺意の籠る目だった。
(こいつも大概、狂っているのかもしれないな)
それこそ好都合だ、とC.C.は操縦をオートにしてスザクを見上げる。

「『ゼロ』は、ルルーシュだ」
「なっ…?!」
「文句を聞いている暇はない。時間がない。私が述べることはすべて事実だ。だから黙って聞け」

言いたいことは多かった。
しかし少女の様子は、本当に切羽詰まっていたのだ。
スザクは押し黙り、彼女に続きを即した。

「奴は"ギアス"という力を持っている。1度だけ、どんな奴にも命令を下せる力を」
「命令を下せる…?」
「そうだ。その力は、時間が経つと進化する。使用者の意思に関わらず」
「進化?」
「つい先ほど、奴は第3皇女との面会へ赴いたな?そして私はお前に姿を見せた。
…あのときだ。ルルーシュの"ギアス"が進化したのは」
「それで…?」
「今までは、奴に命令を下そうという明確な意思がなければ、力は発動しなかった。
だが進化した"ギアス"は常に発動したままとなり、ルルーシュが命令と取れる言葉を発すれば…」

騎士団からの通信が入り、C.C.は一旦会話を切る。
取った通話の向こうに居たのは、探している人間だった。
「ゼロ!お前、今どこに居るんだ?!」
(…ゼロ?!)
怒鳴った彼女を、スザクは呆然と見遣る。
二言三言会話を交わして通信は終わり、C.C.は再びスザクを見上げた。

「奴は会場の地下部分にいる。お前が行け」

会場の裏手、まだ軍のKMFの現れていない場所でガヴェインを下ろし、ハッチを開ける。
スザクは問い返した。
「行って、僕にどうしろと?」
少女はそこで初めて、嘲笑を向けた。

「ほう?お前はまだ、己の罪から目を背けるのか?お前は今まで奴に…ルルーシュに何をしてきた?」
「なにって…」

戸惑うスザクに、C.C.は容赦なく突き付ける。
琥珀の瞳はこれ以上ないほどに鋭くなり、嘲る言葉はこれ以上ないほどの毒々しさだった。


「逃げ道など与えてやるものか。シラを切るなら私が全部、この場で教えてやる。

お前はゼロに救われながら、奴を拒絶した。
奴の…ルルーシュの目の前で、何度も何度も奴自身を否定した。
技術部とあの兄妹へ言っておきながら、最前線のKMFに乗っていた。
兄妹が皇室から逃げていると知りながら、第3皇女の騎士になった。
あの2人が心から『おめでとう』と言ったと、本気で?おめでたい頭だな。
しかも学園で彼らに近づくことを止めなかった。危険だと分かりきっていたのに。
お前のいる部隊は、第2皇子の直轄部隊だろうに。

…まだ、言うことがあるか?償うべき罪状だけは多いな、"枢木スザク"」


もうその場に、スザクの姿はなかった。
C.C.は再びガヴェインを動かし、向かってくる紅蓮弐式や月下を見下ろす。
その手は通信機に伸びていた。

「C.C.だ。混乱でゼロの姿を見失ったが、別の迎えをやった。
奴が戻って来るまでには、必ず場を収めておけ。私もやる」
『っ!ゼロは無事なの?!』
「無事でないならこのようなことは言わない。第3皇女を見つけたら、殺さず捕らえろ」
『分かった!』

頼もしい連中だ、とC.C.は騎士団の幹部に笑みを戻した。
(頼む、枢木。マオのようになったルルーシュなど、見たくないんだ…!)
目を閉じ、居もしない神へ祈る。


(ルルーシュは私の力に、初めて礼を言ってくれた人間なんだ。私を人間だと言ってくれたんだ。だから…!)





会場の地下も、死体がごろごろしていた。
血の跡や上からの悲鳴が、まだ聞こえてくる。
ひたすら駆けていたスザクは、前方に見知った人間を見つけた。

「ダールトンさん!!」

倒れていたのは、コーネリアの騎士。
駆け寄り脈を確かめると、まだ生きていた。
「う…、クルルギ…?」
うっすらと片目を開けた彼に、スザクは矢継ぎ早に問う。
「何があったんですか?!この騒ぎは…?!」
ダールトンは痛みに歪めた顔を、さらに歪めた。

「ユーフェミア様が、あの方が、突然…」
「な、ユーフェミア殿下が何を?!」
「"日本人を殺せ"と、そう言って、虐殺が」
「そん、な…彼女が?!なにかの間違いでは…!」
「ゼロとの、会見の後、だ。奴が、なにか…」
「!!」

ザッ、と血の気が引く音を聞いた。
スザクはなおも尋ねる。
「そのゼロはどこに?!」
「…分からん、さっきまで、…早く追え、クルルギ」
「っ、はい!」
普段なら何かと食い下がっていたスザクも今回は何も言わず、ダールトンを残して駆け出す。

(ルルーシュ、どこに…!)

他の兵士が大勢で地下へ降りて来る前に、見つけなければ。
スザクはさらに奥へ向かう。
どこかでガン!と何かの落ちる音がした。





仮面を床へ落とし、ルルーシュは熱を増す左眼を抑える。
ぱたぱたと服を濡らすものが己の涙であると気付くまでに、かなりの時間を要した。
大声を上げて泣き出したくなる衝動を抑え、ふらりと壁に背を預ける。

(…分かっていた。知っていて契約を結んだ。これがなければ、俺はとっくに死んでいる。
ユーフェミアにギアスを掛けることは、最初から決めていた。それが、このザマか?
マオのように力を制御出来なくなる可能性を、考慮していなかったわけじゃない!)

耳を塞ごうにも、あの場で死んでいった日本人たちの言葉が、こびりついて離れない。

(救世主?俺が?俺は自分の為に帝国を壊すだけだ。日本を取り戻すのは、その過程で。
この事件は俺が招いた。命じた事柄は違うにしても、ユーフェミアを利用すると。
責任は俺にある。誰のせいでもない、俺に。だが…!)

民衆とは、大衆とは、こんなにも醜かったのか。

(何を遂げても、すべては『ゼロ』が創り上げたもの?成功も失敗もすべて。
奇跡は創るものだ。だが、それを認めた人間に罪はないと?現状に満足していながら?)

誰かがやってくれるとしか思わない、人間が。

(俺はそんなものの為に戦っているんじゃない!責を負っているわけじゃない!
帝国を壊さなければ世界は変わらない、だから自分で動いているだけだ!なのに!!)


「…ルルーシュ」


気配を察せられなかった自身を、ルルーシュは本気で呪おうかと思った。
仮面は足元だ。
マスクも外している。
顔を隠すものは何も無い。
部屋の入り口に立ってこちらを見ていたのは、第3皇女付きのスザクだった。
ゆっくりと足音を殺すように近づいて来た彼に、ルルーシュは動くことも出来ない。

「なんで、君が泣いてるの。ゼロである君が、どうして…!」

どうあっても自分が『ゼロ』であることを自覚して、ルルーシュは己を嘲った。
「ハハッ、そうだな。お前も俺を責めれば良い。この惨状を引き起こしたのは、確かに俺だから」
「なに、を」
息を呑んだスザクに、ルルーシュは左眼を抑えていた手を外した。

アメジストの眼は紅色に、紅の光には深紅の鳥が。

「ルルーシュ、」
「安心しろ。お前にはもう使ったから、効かない。ユーフェミアにも、あんなことを命じる気はなかった。
この力が進化していたことに気付かなかった、俺の落ち度だ」
表面でしかないが、彼女と和解した。
だが戯れに口に出した言葉は、そのまま彼女への命令となっていた。

「『日本人を殺せと言われたら、お前は殺さなくてはならない』。そう口に出した。
あの場に居たのは俺とユーフェミアだけで、命じる相手は彼女しか居なかった。
ふふ、誰もが驚いただろう?いきなり『日本人の皆さん、死んで下さい』なんて言い出した皇女に」

言いながら、流れる涙は止まらない。
アメジストと紅の目から流れる涙は、場違いに美しかった。
「ルルーシュ」
スザクは吸い寄せられるように彼へ手を伸ばし、響いて来た足音にハッと振り返る。
部屋から出ると、2人の兵士が銃を向けて来た。

「そこにゼロがいるのか?!」
「いえ、…」
「さっさとそこをどけ!」

スザクに戸惑いはなかった。
響いた銃声に驚いたのは、ルルーシュだ。
「スザク…何を、」
彼を見て、その足元に転がる兵士の死体を見て、目を見開く。
「お前…!」
名誉ブリタニア人で、ランスロットのデヴァイサー、そしてユーフェミアの筆頭騎士。
その彼が、ブリタニアの兵士を撃ち殺していた。
銃口に迷いがなかったことは、兵士の心臓を撃ち抜いていることで明白だ。


「僕は、君を迎えに来たんだ。ルルーシュ」


呆然としている彼を抱き竦め、スザクはその首元へ顔を伏せる。
ルルーシュは突然のことに目を瞬くしかない。

「ごめん。ごめんね、ルルーシュ。誰かに言われる前に、君がゼロだと気付くべきだった。
君たちがどんな思いで学園に居たのか、もっと考えるべきだった。
7年の間に僕が変わったのに、君が変わってないなんて信じるべきじゃなかった。
君をこんなにも追いつめてしまう前に、君を信じなければいけなかった」
「ス、ザク…?」
「君の力は、1度しか効かないと聞いた。だったら僕は、傍に居ても大丈夫だろ?
今回のことは君のせいじゃない。ただ、皇女のやり方が日本人もブリタニア人も怒らせただけ」
「な、お前、何言って?!」

明らかに、自分の良く知る"枢木スザク"ではなかった。
身じろぎしたルルーシュに逆らわず身体を離し、スザクは両手で彼の頬を包み込む。

「君のせいじゃないよ。…ねえ、ルルーシュ。君はまだ、僕を信じてくれる?」

何事かを問おうとした言葉は、ふいに与えられた口づけに呑み込まれた。
「…っ、スザ、」
累々と転がる死体の傍で交わした口づけは、背徳故に甘美なもので。
僅かな時間ながら、互いに溺れた。
紫と紅の眼は情欲の色を湛え、このまま堕ちてしまおうかとスザクは本気で考えた。
それを堪えて彼の額に自分の額を合わせ、オッドアイとなった彼の目を覗き込む。

「裏切りと人殺しの責は、すべて僕が背負うよ。僕だけで十分だ。君はゼロとして、人々の光になれば良い。
だから、君の目指す世界に僕が居ても良いのなら、僕を君の騎士にして?」

第3皇女はもう、皇族としても人としても元には戻れない。
けれど情は湧かなかった。
スザクの決意も心情も迷っていたことも、涙する彼を見た瞬間にすべてが腑に落ちたのだ。


「君の隣を、君の傍を歩くよ。君の行うことを、責務を、僕も背負うから。
誰が何を言おうと、僕は君を護り続ける。ずっと君の傍に居続けることを、誓うよ」


美しい眼が、驚きに見開かれる。
「本当に…?」
信じられないと瞠目して、なおも問いかける。
「俺が歩いている道を…こんな血みどろの道を、一緒に?」
「うん。君が必要だというのなら、何度だって言ってあげる」
転がっていた仮面を拾い、手渡す。
ルルーシュはまた何か言おうとして、響いて来た大量の足音で我に返った。

「居たぞ!ゼロだ!」

戦うには分の悪い人数差だった。
咄嗟に自分を庇おうとしたスザクを遮って、仮面を被りゼロとなったルルーシュはその前に出る。
「スザク。俺の力をその目で見ても、そう思えるか?」
目の前でこれから繰り広げられる光景に、それでも思ってくれるなら。
仮面の左眼の部分だけを開けて、ルルーシュは銃を向けてくる兵士たちへ命じる。


「貴様たちは、ここで死ね」


3分も掛かっただろうか。
"Yes, your Highness."の言葉を残し、兵士たちは1人残らず自ら死に絶えた。
仮面を外しスザクへ向き直ったルルーシュの左眼で、浮かぶ鳥がバタリと羽ばたいた。
スザクは神聖なものへ触れるように、愛おしむようにその左眼へ口づけを落とす。

「何度でも言ってあげる、って言っただろ?」

ようやく、ルルーシュは微笑んだ。
切ったままだった通信機のスイッチを入れ、共犯者へ繋げる。
「…C.C.、聞こえるか?」
『ル、ゼロ?!』
随分とらしくない反応が返って来た。
それが妙に可笑しくて、つい笑い声を漏らす。

「お前が、証人になってくれ。ここには俺たちしか居ないから」

回線のこちら側で、C.C.は息を詰めた。
言われたことを理解して、安堵に泣きそうになる。
(絶対に、泣いてなどやらないさ)
いつものように、傍若無人に振る舞ってやる。

「ほう、何の証人だ?愛を誓う神前の聖母くらいにはなってやるぞ?」
『お前が聖母?随分な自信だな』
「当たり前だろう?本来ならば、お前も私を崇めるべきだ」
『言ってろ』

スザクはルルーシュの前に跪く。

「汝、枢木スザク。
汝はルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士であり、
ルルーシュ・ランペルージの友であり、
ゼロの剣であり盾であることを、誓うか」

「Yes, your Highness.」

C.C.は、通信機から聞こえる誓約の儀に耳を澄ませる。
途切れた言葉にスザクは顔を上げた。
目を合わせたルルーシュの口元は笑みを湛え、声は場の空気を震わせる。


「…お前は、どのようなことがあろうとも、俺の傍に在ることを望むか?」


スザクは差し出された右手に唇を寄せた。
黒衣を纏う美しき人に、永遠の忠誠と尽きぬ愛を。




「Yes, my Majesty. お望みとあらば、地獄の果てまでも」
_End. 


07.3.24

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