ーーー 王の戯れ ーーー
少しずつ、広がってゆくのが目に見えた。
それが嬉しくて、楽しくて。
ここのところ、C.C.の機嫌は良いばかりで、シンジュクが大雪にでも見舞われそうだ。
「喜ぶのは結構だが、そこまで続くと怪しい人間だ」
朝の支度を済ませたルルーシュが、ベッドの上でクスクスと笑うC.C.にため息をつく。
C.C.は、お前以外聞かないさ、とさらに上機嫌。
寝転んだままひらりと手を振って、彼女はルルーシュを送り出す。
「ほら、いってらっしゃい。明日以降の学園の様子が、楽しみだな…」
意図する言葉に気付き、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべて部屋を出た。
いつもと同じ。
いや、同じはず『だった』。
珍しく軍務が入っておらず、スザクは朝から学園へ登校していた。
生徒会メンバーたちと挨拶を交わしていると、久々に親友の顔を見る。
「おっ、ルルーシュ!久しぶりじゃん!」
軍人であるスザクはともかく、彼が久しぶり、と言われることが不思議だ。
スザクの疑問を感じ取った友人は、不満げに口を尖らせた。
「なんかさ、スザクとおんなじくらい来てないぜ?ここんとこ。
ナナリーに聞いてみてもさ、知らないって言うし」
友人は席に付いたルルーシュへ、矢継ぎ早に問い始める。
「つーか、何やってんだよ?ナナリーにも知らせてないとか、らしくない」
遠めにその様子を見守っていると、彼と目が合った。
笑みを向けられたので、こちらもにこりと笑みを返す。
すぐにまた友人の質問にうんざりし始めた彼に、スザクは違和感を感じた。
いつもと、同じ。
同じはずなのに、何かが違う。
「あ、おはようカレンさん!」
「…おはよう。リヴァル君」
病弱な生徒会メンバーも登校して来た。
そういえば、身体が弱いという正当な理由があるが、彼女もあまり学校へ来ない。
昼休み。
同じ日に居るときは、スザクとルルーシュは屋上でのんびりと過ごす。
邪魔者が入らない場所といえば、屋上だ。
スザクは手摺にもたれて、隣で空を見上げるルルーシュを見つめる。
さすがに視線に気付いたらしい。
「…なんだ?さっきから」
「いや、綺麗だなって思って」
「なにが?」
「え、ルルーシュが」
「…お前、それは素か?」
「計算づくって言った方が良い?」
「勝手にしろ…」
いつもと同じやり取り。
感じた違和感は杞憂だったか、とスザクが安堵のため息をつこうとしたそのとき。
「なあスザク。『黒の騎士団』は、お前にとって"悪"なのか?」
ひやり、と氷を呑むような問いが発せられた。
思わずルルーシュを凝視するが、すでに彼の視線は空へと向き直っている。
「…いきなり、どうしたの?」
この場で話すには、あまり相応しくない。
言葉にそう込めるが、ルルーシュはその問いを止める気はないようだ。
「突然じゃないさ。シャーリーのお父さんの葬儀のときに、お前が言ったろ?」
お世辞にも、その場に相応しいとは思えない言葉を。
彼はたった今スザクが言った言葉を、密やかに揶揄しながら同じ問いを続ける。
話題を変えることを早々に諦めたスザクは、学園を休んでいる少女へ内心で謝り、数日前の話を蒸し返した。
「…うん、言ったね。彼らのやり方は間違ってる。一般の人を巻き込んで、日本解放戦線の影に隠れて。
そんな方法で『正義』だなんて、絶対に間違ってる」
手摺にもたれて空を見上げるルルーシュとは逆に、スザクは手摺の向こうに広がる学園の庭園を見下ろす。
互いの表情は見えない。
だからスザクは、彼がどんな顔で言葉を紡いでいるのか知らない。
ルルーシュは、嗤った。
「へえ。その"一般人を巻き込んだ理由"が、ブリタニア軍にあっても?」
「え…?」
「日本解放戦線の実力を侮り、『黒の騎士団』の介入を僅かも予想しなかったよ。
奴らは、ナリタ連山の麓の住人に避難命令を出さなかった」
「なに言って…」
「あの街に住んでいた人間に聞いてみろ。面白い答えが返ってくるぞ」
「!」
スザクは感情に任せて、ルルーシュの腕を掴んだ。
こちらの嗤う気配に気付いたらしい。
「何を、嗤ってるの。君は」
険しい視線だ。
彼には、人の死を嘲笑っているかのように映ったのかもしれない。
しかしルルーシュにはどうでも良かった。
「まだ、ある。『間違った過程で手に入れた結果に価値はない』と言ったな、お前は。
ならば、『正しい過程で生まれた間違った結果』はどうする気だ?」
腕を掴んでくる力が一瞬弱まり、強まった。
ルルーシュは腕を掴む手を見下ろす。
スザクは彼を睨みつけてしまうことを、止められない。
「何が言いたいんだ、君は!」
ようやくルルーシュの視線がスザクの視線と交わった。
希代の紫玉が細められ、凄絶な光が相対する者を容赦なく射抜く。
「質しているのは、俺だ。…答えろ」
ほんの半瞬にも満たないが、スザクは呼吸が止まった。
皇族の、それもコーネリアなど比ではない。
彼女やユーフェミアは、相応の力を配下に持つからこその強制力だ。
それが、どうだ。
後ろ盾も何も無い、隠れ暮らしているはずの"彼"は。
「僕、は…」
半ば必然的に、スザクは掴んでいた腕を離す。
今、確実に『呑み込まれた』と分かった。
逃げられない。
いや、逃げるという選択肢は、最初から無かった?
『やはり、"ギアス"は補助でしかないな。ルルーシュ』
『?』
『私の力は、"その人間に眠っている力を呼び起こす"ことだ。
つまりお前には元々、人を従わせる力があった』
『…それで?』
『"カリスマ"と一括りには出来ない。
今までの歴史的支配者や現ブリタニア皇帝、お前と奴らは違う』
『ハッ、一緒にされて堪るか!』
『怒るな。以前、私は"世界の時を望む"と言ったろう?』
『結局、その意味が分からないままだが?』
『そのうち分かる。お前は…"王"だ。私の目に狂いはない。これでも歴史分生きて来た』
『耄碌してない保証がどこにある』
『そう言うな。素直に喜べ、魔女のお墨付きだぞ?』
(そう。お前が覇者なのさ、ルルーシュ)
(私がお前を見つけた、そのときから)
===
すべては必然、それがあるべき姿 ===
end.
2007.2.9
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