−−−−−−−−
C.C.のターン。
−−−−−−−−



(ヤツは、変わった。本当に、楽しみだ…)

C.C.は誰も居ないクラブハウスから、昼間のアッシュフォード学園を見下ろした。
いつもと変わらぬ風情で学校へ行った契約者は、どうしているだろう。

(まあ、元から偽りの身だ。隠すことは雑作もないだろうな)

紅蓮弐式のみで成り立っていた『黒の騎士団』の攻撃布陣に、5つの剣が加わった。
将軍と名高い藤堂鏡志郎、次いでその部下の4人は『四聖剣』と呼ばれ畏れられている。
そしてキョウトから紅蓮弐式開発者ラクシャータと、キョウト本陣からの絶対支援。
おそらく『黒の騎士団』は、これ以上ないほどの規模となるだろう。

(ああ、中華連邦へ行かなければならなかったな)

すっぽかした自分が悪いのは分かっている。
ただ、以前の契約者を救うことが最優先であっただけ。
それを向こうも理解していた。
咎めることもしなかった。

(カレンと言ったか、紅蓮のパイロット)

ふと思い出す。
彼女は学園で、たいそうな猫かぶりだったと。
こちらの契約者が感心するほど、見事に猫を被っているのだと。

(しかし、偽善者ではない。ヤツも、偽善者ではない)

偽善などとうに捨てた者たちだ。
犠牲者に友人の家族が加わろうが、元より引き返す気などない。
引き返せば、すべてが無に帰す。

(『正義』とは、大衆が求めるもの。個人が求め唱えるものではない)

自分の掲げる信念が『もっとも正しい』と信じる人間が、一番危険な存在だ。
正しくないと知っていてなおも貫く方が、ずっと考慮の余地がある。
基本的に、自分が『もっとも正しい』と信じる人間は、自分の後ろに連なる紅い道を自分に抗う者のせいにする。
ブリタニア軍人の大部分の人間が、そうだと思う。

(そう、『向こうが抗ったからだ』と。愚か者の為せる言い訳だな)

さて、とC.C.は学園の庭へ背を向ける。
そろそろ、契約主が帰ってくる。
今日を境にすべての日常が変わる。
契約者で共犯者で、盾である自分も、その場に同席しなければならない。


(永きに渡り探し続けた、私の王よ)


早く帰って来い。
−−−−−−−−−
カレンのターン。
−−−−−−−−−



(もう、これで終わり。猫を被る必要もないわね)

ペンケースに忍ばせた鏡で、上手いこと眠っている人物の姿を垣間見る。
カレンはこっそりと、母親然とした思いで笑んだ。

(大丈夫。貴方なら、藤堂と四聖剣も簡単に手中に堕とせる。でも、それは夜になってから)

せめて昼間の間は、眠っていて頂戴。
体力が余りないことも知ってるし、頭の回転が速いことがいかに精神力を使うか知っているから。
それに先日は、こちらも驚愕に言葉を失ったくらいなのだ。
あ、気を抜いていたら教師に当てられてしまった。

(ブリタニアの歴史なんて、そんなもの知って何になるのかしら?)

名家シュタットフェルト。
それでも紅月の名は、絶対に捨てない。

(…でも、貴方の素性を私は知らない。教えてくれるまで、待つから)

先日、生徒会であった風景。
副総督の皇女に会いたいと友人が言って、名誉ブリタニア軍人が返して、彼の妹が言った。

『私も会ってみたいな。ユーフェミア様に』

その瞬間、会長と名誉の軍人がハッと息を呑んだ。
ただ、彼の妹は思うほど無邪気ではないのではないか、と感じた。

(アレは、確実に"誰か"を試した)

だって後で彼の妹と2人きりになったとき、可憐な少女は言った。
彼女は目が見えない。
そのために人の気配に聡くて、わずかな気配から人の心情を悟ることが出来る。

『カレンさんは、皇族がお好きではないのですね。良かった』

何が良かったのかと問うてみると、彼女は内緒ですよ?とこっそり教えてくれた。
大事な宝物を、大事な人に見せてあげるように。

『C.C.さんに、大体のことを聞きました。お兄様は、あともう少ししたら話せるから、と』

後者だけだったら、何か判別出来なかった。
けれどあの高飛車な少女の名前は、絶大な効果を発揮した。

(まったく、兄が兄なら妹も妹ね。でも、良いなあ…)

妹は、兄を見て育つのだ。
まだ兄が生きていた頃を思い出し、カレンは少女…ナナリーに、今まで以上の親近感を持った。
あの少女は、今何を思っているだろうか。

ペンケースを閉じ、斜め前の直線上に座っている、"元"日本人を見る。

(大事なものを自ら手放すなんて、馬鹿よりも最低ね。救いようがないわ)

すぐに視線をノートへ戻し、ペンを走らせる。
死線に近い場所に立つ人間は、総じて己に対する敵意に敏感だ。
カレンは自分が、敵意を向けていることを分かっている。

(病弱設定は、こういうときにありがたいわね)

頭を抑えて、具合の悪いフリをする。
案の定、怪訝そうにこちらへ注がれていた前方からの視線はすぐに消えた。

(猫かぶりなら、彼にも負けない)



早く夜になれ。
−−−−−−−−−−−−−−−−
ナナリーと咲世子さんのターン。
−−−−−−−−−−−−−−−−



「咲世子さん」
「はい。なんでしょう?ナナリー様」
「咲世子さんは、お兄様がお好きですか?」
「はい。ルルーシュ様もナナリー様も、大好きです。こうしてお仕え出来て、幸せですから」
「本当に?」
「ええ。ナナリー様は、嘘をすぐに見抜かれますでしょう?私、嘘をついてます?」
「いいえ。ありがとうございます、咲世子さん。もう一つ、聞いてもいいですか?」
「なんなりと」
「…お兄様は、ルルーシュお兄様は、こうして静かに暮らすだけの、人ですか?」
「……ナナリー様?」
「私の世界は、お兄様なんです。でもお兄様は、私だけのものじゃなくて。
たくさんの人に必要とされていて、愛されていて」
「……」
「咲世子さんは、お兄様を助けて下さいますか?」
「ふふ、おかしなナナリー様。当然でございます。お二人は私がお仕えする、大切な主。
この先何が起こっても、私はルルーシュ様とナナリー様をお護りします」
「咲世子さん…」
「ナナリー様。先ほど私は申しました、『幸せ』だと。
日本が『日本』でなくなってから、もう手に入らないかと思っておりました。
ですから、手放しはしません」
「…ありがとうございます。私も、咲世子さんが大好きですわ」
end.

2007.3.10

ー 閉じる ー