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カレゼロ+ミレルル+ナナリー1
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やるだろうとは思っていたが、やはり。
アッシュフォード学園生徒会長ミレイ・アッシュフォードは、予想に違わず今晩、こんな企画を行う。

『枢木スザク騎士就任記念パーティー』

生徒会だけの催し、というのが普段と違う点だ。
そろそろ時間だろうか、とルルーシュは腰を落ち着けていたベッドから立ち上がる。
いつもこの場を占拠している共犯者は、居ない。
読みかけの本は他愛のないただの小説で、必要でもないのでぽいと放り投げた。
ぼすっと音を立て、本はベッドの上に落ちる。
机の上にあるパソコンも、中身はすべて入れ替えた。
学生が一般に使うデータと履歴のみが残る、ごく普通のハードディスクに変わっている。

必要なものは、すぐに手に入る環境がある。
だから、自室の物が減っていると思わせるものは、ない。

自室を後にして、次はリビングへ向かう。

「あら、お兄様。もう行きますか?」

相変わらず顔を出す前に人を察知する妹に、苦笑した。
「ナナリーは?もう行けるのか?」
「はい。…といっても、私は何もしてない感じです。咲世子さん?」
ナナリーの呼びかけに、キッチンから家事手伝いの咲世子が顔を出した。
ルルーシュの姿を認めると、彼女もにっこりと笑みを浮かべる。
「大丈夫ですわ、ルルーシュ様」
こう見えても、楽しみなんです。
続けた咲世子に、ナナリーも言葉を乗せる。

「あのね、お兄様。私、ずっとお兄様にお礼を言いたかったんです。
カレンさんとC.C.さんには言ったんですが、改めてしまうと…恥ずかしくて」

ふふ、と彼女は可愛く首を傾げた。
聞いてくれますか?と言われて、ルルーシュに断る理由があるはずもない。
頷いて先を即す。
ナナリーは小鳥がさえずるように言葉を紡いだ。


「私のルルーシュお兄様。誰よりも優しくて、美しくて、気高くて、世界よりも大切な私のお兄様。
誰よりも綺麗だったその手は、私を護る為に紅くなってしまった。
でも、私は謝りません。謝ってしまったら、すべてが意味を無くしてしまいます。だから、」


お礼を言いましょう。
今の自分に出来る、最高の恩返しを。


「ありがとうございます。今まで私を護ってくれていたお兄様。そしてこれからも、私を護ってくれるお兄様。
私はカレンさんのように、お兄様の剣にはなれない。C.C.さんのように、盾にもなれない。
でも私は、お兄様の心に成ることが出来る。ねえ、お兄様。私の願いを叶えて下さい」


優しい世界を。
(お兄様が笑っていられる、美しい世界を)
孤独など感じない世界を。
(たとえ、私が居なくなっても)


「ルルーシュお兄様。お兄様のその、紅く美しい手で。どうか、優しい世界を創ってください」


母を殺し、足を奪い光を奪い、兄からすべてを奪い尽くした国を壊して。
(私を産んでくれた、感謝のしるしに)
私の為ではなく、貴方の為に。
(醜さを、汚れを知らない白い手は、破壊しか出来ないのですから)


彼女のすぐ傍に控えていた咲世子も、ルルーシュへ慈愛の笑みを贈った。
そして、同じ言葉をもう一度繰り返す。

「大丈夫です、ルルーシュ様。私はナナリー様の騎士であり、ルルーシュ様の騎士。
たとえこの身が朽ちようとも、生涯お仕え致します。…ここは『日本』の憑魍神にでも生って」

何だか得体の知れないモノの名前が出たのは、聞き間違いではないだろう。
だがルルーシュには、彼女とナナリーの想いが痛いほど伝わってきた。

(俺は、幸せ者だな)

心からの笑みを、2人へ贈った。
こんなに嬉しいと思ったことも、心からの笑みを浮かべたことも、すべてが久しぶりだった。

「じゃあ、そろそろ行こうか」
「はい。お兄様」

長く親しんで来た、リビングを出る。
渡り廊下を少し歩けば生徒会室の方角から、パーティーの空気が漂って来た。
その場所で、ルルーシュとナナリー、そして咲世子は、住み慣れたクラブハウスを振り返る。



ここへ戻って来る日は、きっと二度とない。
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カレゼロ+ミレルル+ナナリー2
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これは私からの決別の印。
これは私の、決別の仕方。
これは私が、選んだすべて。



どうやらナナリーが主催だったらしい、スザクの騎士就任祝い。
思っていた以上の生徒が居て、ルルーシュは嘲笑を押さえ込むのに苦労した。
主役の姿は生徒に隠れて見えやしない。
適当に扉の傍でホール内を眺めていたら、ミレイがやって来た。

「…これが、最後ね」

小さな声は喧噪に紛れ、ルルーシュにしか聞こえない。
ルルーシュは子供を宥めるように微笑んだ。

「それよりも俺は、会長が後悔してるんじゃないかって、不安ですよ」
「そんなわけないでしょう。このミレイ様を甘く見ないで」

端から見れば、いつものように軽口を叩き合う生徒会長と副会長。

「私はあの子のように、貴方の心の砦にはなれない。
私はあの子のように、実際の剣となり騎士であることは出来ない。
…私に出来ることは、この学園を護る守人となることだけ」

政略結婚でも何でもしてやろうと決めていた。
この学園が続くのなら、彼…ルルーシュが戻って来れる場所を護れるのなら。
アッシュフォードの名を、彼の為に使えるのなら。

「だから、最後まで付き合わせてもらうわよ?」

ふんぞり返った彼女に、今度こそ苦笑を漏らした。
ルルーシュはこちらへやって来るナナリーと咲世子に気付く。

「どうしたんだ?ナナリー」
「ええ、少し…人に酔ってしまいました」

いつものように微笑む妹の言葉は、限られた時間の終わりを示すもの。
ルルーシュはミレイを振り返る。
「少し外へ出ますね」
「ええ。今日は月も綺麗だから、ごゆっくり」
その瞬間だけ、ミレイは1人の少女に、1人の騎士に戻った。


『さようなら、私の愛する皇子と皇女。
あなた方の為のこの庭は、必ず護り抜いてみせましょう』


すぐ後に、彼らが待つ人間がやって来た。
「あ、会長。ルルーシュたち知りませんか?」
「ルルちゃん?ナナリーが人に酔ったっていうから、外のバルコニーに」
「そうですか。ありがとうございます」
続いて出て行ったこのパーティーの主役を、ミレイはひっそりと追った。



バルコニーへ出ると、涼しい夜風が迎えてくれた。
晴れた夜空には、煌煌と月が輝いている。

「とても綺麗な月明かりを感じます。お兄様、どんな月ですか?」
「上限の月だ。半月に近い三日月だよ」
「ふふ、お兄様みたいですね」
「え?」
「だって、お兄様はまだ満月じゃありませんもの」

輝きはまだまだ途上で、これからもっと輝きますもの。
反応の返し方に迷ったルルーシュは、笑みながら何も言わなかった。

「あ、スザクさんが来ました」

ぱんと手を叩いて、これから起こることを楽しみに待つ少女。
彼女に微笑ましい慈愛の笑みを浮かべる女性騎士と、月を見上げる少女の兄。
密やかに見守るのは、庭の番人となった1人の姫。
そして出番を待つ騎士が、どこかに。



役者は揃った。

さあ、終幕を演じましょう。
end.

2007.3.11

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