あいさつを、しあわせのかたちにして

1.
「エヴァンさんエヴァンさん、ちょっとよろしいですか?」

小さな子供たちの相手をしていたユーフェミアが、時計を見上げてエヴァンを呼んだ。
朝早くから賑やかだな、とエヴァンは欠伸を噛み殺す。
リビングには、様々な『音』が溢れている。
「なに?」
問えば、彼女は朝の日射しのように朗らかに微笑んだ。
「これから、大事なお客様が来られるんです」
「客?」
「そうですわ。わたくしたちの大切な友人が、ルルーシュを訪ねに」
彼女は玄関へと歩き出し、エヴァンもそれに従う。
「だから、エヴァンさんにチェックして頂きたいんです」
「…何を?」
ルルーシュが呼んだ客なら、こちらに拒む権利は無い。
するとユーフェミアはちらりとリビングを振り返り、苦笑した。
「わたくしたちでは、分からないんです。あの子たちが何を警戒して、何に恐がるのか」
エヴァンもようやく思い至る。
どうやら、ここでの暮らしに慣れてしまったらしい。
「…ああ、そういうこと」
せっかくの平穏に、外部からの客は何をもたらすか分からない。
中でも負の感情に繋がるものは、子供たちの目に触れる前に、玄関で排除してしまおうということか。
「分かった。客は何人だ?」
「3名ですわ。そろそろ、魔女さんとロロも着く頃でしょう」

言っている間に、扉の向こうで砂利の滑る音とブレーキ音が響いた。

2.
「へえ、意外と立派なお屋敷だねえ」
「でしょう?わたくしも、最初はそう思いましたもの」

最初の客がやって来た。
エヴァンは客を一見して、眉を顰める。
「…悪いけど、身内以外で白衣は遠慮してほしいんだけど」
「あー、研究所とか連想しちゃいます?」
「そう」
うっかり忘れそうになって、飛び出して来たんだよねえ。
そう男は首を捻ってから、自分の姿を見下ろした。
「ん〜、じゃあ着替えてからそっち行きますよ。それで良いでショ?"魔導師"サン」
にっと笑みを浮かべる男。
その眼鏡の奥の目は怜悧だが、冷えている。
「僕はロイド・アスプルンド。ブリタニアのKMF開発者です」
以後お見知りおきを、と右手を差し出されたので、エヴァンもその手を握り返した。
「俺はエヴァン・スール。KMFに関してはさっぱりだ。奥に詳しいヤツが居るよ」
「それは楽しみですねぇ。では、お邪魔しまーす」
ユーフェミアに案内されて、ロイドと名乗った男は階上に消えた。
エヴァンはそれを見送り、ゆるりと目を細める。

「…道化ってのは、ああいうヤツを言うのか」

3.
ユーフェミアが階下へ降りて来ると、C.C.が扉を閉めたところだった。

「まったく、ルルーシュめ。私を使い走りにするとは良い度胸じゃないか」
どさっ、と荷物を玄関先へ置くと、彼女は悪態を吐きながらブーツを脱ぐ。
エヴァンはからかい半分で笑った。
「あんたが買い物とはね。行った後じゃあ、説得力も何もねーぜ?」
珍しく、C.C.は言い返さない。
変わって毒舌代わりに吐き出されたのは、どことなく喜色も混ざる溜め息だった。
(こりゃ重症だな)
そういえば、彼女には嚮団でも惚気られた気がする。
ドンドン、と扉を叩く音が響き、C.C.がそうだったと顔を上げる。
「両手が塞がっていたな」
彼女の視線に応えてユーフェミアが扉を開ければ、小さな影がエヴァンへ走り寄った。
「エヴァン兄さん!!」
エヴァンは視線に合わせるようしゃがむと、その頭を軽く撫でた。
「よう、セナ。元気だったか?」
笑顔で頷く少女に笑い返し、その体勢で視線を上げる。
「ロロも。久しぶりだな」
「はい。エヴァンさんも、お元気そうで何よりです」
ふわりと笑う彼を見れば、人はどこまで変われるのかとしみじみ思わずにはいられない。

いつか『変われるか?』と問うた言葉に、『是』と答えたのはルルーシュだった。

4.
見知った気配だと思えば、次の客は顔見知りだった。

「黎(リー)?…そうか。ルルーシュの身内が集まってんだから、当たり前か」
思わず名を口走ってから自分で納得したエヴァンに、星刻はふっと笑う。
「相変わらずのようだな」
「まあね」
エヴァンはそこで、おや?と彼の後ろを注視した。
外へ出ていたユーフェミアの声に混じって、別の声が聴こえる。
「これで全員が揃いましたわ!」
口元を綻ばせる彼女に続いて入って来たのは、若い男だった。
「ほんと何も無いなあ、オーストラリアって。日射しがきついばっかりだ」
そんなことを言いながらジャケットを払う姿を見つめて、エヴァンは首を傾げた。
「あんた、どっかで見たことあるな…?」
エヴァンの呟きを拾った青年(少年か?)は、人好きのする笑みを浮かべて会釈を寄越す。
「ジノ・ヴァインベルグです。私に見覚えがあるなら、きっとテレビでしょう」
エリア11関係では?と逆に問われたが、うろ覚えなので微妙なところだ。
ジノと名乗った青年はルルーシュとほぼ同年代だろうが、立ち姿に隙がない。
「俺はエヴァン・スール。…あんたたちは別に良いか。武器さえ見えないようにしてくれれば」
自分の説明は、星刻が居るから不要だろう。
そうユーフェミアへ告げ、エヴァンはさっさと屋敷の奥へ戻ってしまった。
彼の姿が廊下の向こうへ消えてから、ジノは挑発的な笑みに変わる。
「…強そうな人だ」
手合わせ出来ないかな、と本気で考えているらしい彼に、星刻は軽く肩を竦めた。
彼らの様子に、ユーフェミアもクスリと笑みを零す。

「さあ、ルルーシュも待っていますから。早く行きましょう」

5.
「マオに感謝しなければいけないな」
「…ああ。こんな風にここを使うことになるとは、とても思わなかったろうさ」

平和だな。
(こういう毎日なら、大歓迎だよ)
ソファへゆったりと腰掛け、目の前の光景と自分の心境に名前を付けてみる。
チーズ君を(これは2つ目だ)抱き締めて丸くなりながら、C.C.は寄り掛かった背の先のルルーシュを振り仰いだ。
「まったく…お前には本当、恐れ入るぞ。そんな幸せそうな顔をして」
彼の中では1名足りないであろうが、それはきっと、今解決すべき問題ではないのだろう。
ルルーシュは揶揄して来た彼女を見遣るなり、笑った。
「自分の顔を鏡で見てから言え、C.C.」
なあV.V(ヴィー・ツー)?
彼を挟んで反対側にちょこんと座っていたV.Vは、良いことじゃないかと笑う。
「やはり、C.C(セィ・ツー)の目にも曇りはなかったということだな」
その笑みもやはり、ルルーシュと良く似ていた。
…この2人は、根本が同じなのかもしれない。
そんなことを感じつつC.C.は視線を正面へ戻し、ルルーシュもまた、広いリビングを見渡した。

ロロとユーフェミアは、セナや他の幼い子供たちと折り紙で遊んでいる。
時々咲世子へ折り方を尋ねているので、ルルーシュには懐かしい情景だった。
その咲世子は彼女や子供たちへ応対しながら、女性研究員たち(これは"元"か)と談笑している。
少し離れた場所では、ジェレミアがロロに年の近い数人と、武術だか剣技だかの話を熱心にしていた。
臣下である己が教授することではないと断っていた彼を、あの子供たちはその気にさせたらしい。
ロイドと星刻は、KMFの(たまにラクシャータの名前も出て来る)話をしている。
その専門用語飛び交う輪に加わっている少年は、かなりの猛者だろう。
KMFに関する知識はロロよりも特化しているようで、随分とロイドを喜ばせていた。

カシャッ!

非常に聞き覚えのある音が耳に入り、ルルーシュは反射でそちらを見た。
「ほら、これで終わりです。で、撮った写真を設定したURLに送れば良いんですよ」
「へぇ…。携帯電話なんて、お前から見て数世代前のしか知らねーや」
「ははっ。エヴァンさんの場合は、環境が環境だったから仕方ないでしょう。
でもこんな使い方、私はしないですよ。同僚が物凄くて」
そうだ。
ルルーシュにも一番不思議な存在に映るのが、この2人だ。
「何をしているんだ?」
わざわざ問う必要は、きっとなかった。
ケータイをこちらに向けて構えているジノと、それを横から覗き込んでいるエヴァン。
彼らの姿と先の会話を考慮すれば、何をしているかなど一目瞭然。
「いや、ヴァインベルグが携帯電話で写真撮れるって言うから」
エヴァンはこちらへひょいと目をやったかと思うと、すぐにジノのケータイへ視線を戻した。
ルルーシュは僅かな間を置いて、口を開く。
「…前も訊いたが、貴方は持たなくていいのか?」
問題はそこではなく、ジノがエヴァンに懐くとは思っていなかったことなのだが。
エヴァンは即座にいらない、と首を横に振った。
「言ったろ?俺の傍に居る誰かが連絡取るから、いらねーよ」
ようやくルルーシュに寄り掛かっていた体勢を戻したC.C.が、呆れたように溜め息を吐く。
「まったく。お前も相変わらず『俺様』だな。…ルルーシュとは違うタイプだが」
エヴァンは口の端を上げ、悪戯な笑みをC.C.へ向けた。
「まさか、あんたに言われる日が来るとはね」
ケータイを閉じたジノが、何事かを思いつく。

「そうだ。ルルーシュ様、写真撮りません?」

写真?と鸚鵡返しにすれば、あの太陽のような笑顔が返る。
「そうです。ここに居る皆で」
はいっ!と元気よく立ち上がったのはユーフェミアだ。
「賛成っ!撮りましょうルルーシュ!」
ロロも良いな、と控えめに声を上げる。
「みんなで撮ったことはないし…」
「良いですねえ。ちょーっとだけリスクはありますケド」
再びそれぞれが向かう先で、誰かに目撃されてしまえばアウトだろう。
だがその時はその時だと、星刻やジノも思うことは同じだ。
皆さんは?と続いてジノが元嚮団関係者らに尋ねれば、セナや年長者たちが次々に頷く。
「ロロ兄さんたちは、またすぐに行ってしまうし」
大人たちは皆、子供たちがそれで良いならという心境のようだった。
「エヴァン、お前は?」
C.C.が声を投げれば、エヴァンは自分に問いが回って来るとは思っていなかったらしい。
目を瞬いて驚く様子を見せた。
「俺は撮られたことがないから、何がどうとか分かんねーよ。でも、」
他のヤツらが撮りたいなら、それで良いよ。
エヴァンの回答を最後に、ルルーシュは決まりだな、と告げて立ち上がる。
「まず、どこで撮るかを決めないとな」


この部屋で良いんじゃないですかぁ?
でも、外とか。
今は暑いよ。もっと涼しくならないと。
咲世子さん、カメラってどこにありますか?
はい、取ってきますね。

end.

2010.1.1
(2010年正月限定拍手)

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