ア カ リ オ ク リ

窓辺に1つだけ置かれた、灯り。
窓の外は真っ暗な、晴れ模様。
ここの夜空は深い紫がかった、黒。

「Trick or Treat?」

ふわりと漂った甘い香りと、尋ねられたお決まりの。
台詞の主を振り返り、エヴァンは苦笑した。
「それさあ、俺が言うべきじゃねえ?」
手にされたトレイにはハーブティーのセットに、切り分けられたパンプキンパイ。
一方のエヴァンは、一切の菓子類を手にしていない。
テーブルへトレイを載せ、ルルーシュは笑みを返す。
「気にするな。言ってみたくなっただけだ」
手にしたケーキ皿をエヴァンへ手渡し、ティーセットを手に窓辺へ。
備え付けの小さなハイテーブルは、同じく小さな灯りだけを乗せていた。

淡い橙。
鬼灯の形をしたシェードに、すらりと細く曲線を描いた首と足。
暗い室内であれば十分に光源として機能し、ひとつの目印に。
ラピスブルーに映った橙は、宿った炎を写しとったかのように。

「今日は一段と賑やかだったな」
仮装はないが、溢れんばかりの菓子と食事に子供たちが目を輝かせた。
ルルーシュの不在では、こうはならなかっただろう。
「あれだけの人数がいると、作るのも良い気分だよ」
何より食事というものは、誰かと食べる方が美味しいものだ。
エヴァンは手渡された皿に視線を落とし、タルトのパイを手掴みでぱくりとひと口。
「美味い…」
これ、絶対プロでやってけるだろ。
偽りなしの賞賛に、ルルーシュは照れたように肩を竦めてみせた。
「最高の賛辞だ」
会話が途切れると共に、エヴァンの目線は再び窓の向こうへと投じられる。
…ほんの少しの期待と、郷愁。
そんな色が、ランタンの灯りを映して見え隠れした。
エヴァンの向かいに腰を下ろし、ルルーシュはハーブティーを注ぐ。

「…誰か、待っているのか?」

見下ろしたハーブティーの揺らめきには、何が映っているのだろうか。
ルルーシュではなく、この場所でもないどこかを見て、エヴァンは淡い笑みを口元へ乗せる。

「そうだな…。たとえ悪霊でも、居るもんなら会いたいかな」

実りの季節、収穫の季節、その後に訪れる、長い闇の季節。
大地の恵みへの感謝祭。
その日は、冥界と現世を繋ぐ扉が開き、あの世の者たちが行進して来るという。
日本暮らしの長いルルーシュには、"盆"のイメージが強い。
先祖の霊を日本では"迎え入れる"が、ハロウィンは違う。

やって来るのは、先祖の霊ではあるかもしれない。
だが、彼らは"悪霊"だ。

懐かしむ過去と、望む過去は違う。
少なくともルルーシュの目には前者と映り、それは僅かな安堵をもたらした。
「兄弟は居たのか?」
「…居た。兄貴と姉貴。お前とロロよりは歳が離れてた」
ハーブティーに混ぜ合わせた蜂蜜が、とろりと舌に溶ける。
微かな酸味と濃厚な甘み、キャンディとどちらが甘いだろう。
昼間に飲むには、きっと甘すぎたお菓子。

懐かしむ微笑が求めた景色は、どのようなものなのか。
ルルーシュは問わない。
問う代わりに、ひとつの選択肢を。
「灯り、増やすか」
似た様なランプが、確か他の部屋にもあったはずだ。
続けたルルーシュを、エヴァンは怪訝に見返す。
橙から離れたラピスブルーは、元の通りにサンゴ礁の海を思わせた。

こちらへ頭(こうべ)を巡らせたエヴァンの向こう、切り取られた夜空と闇。
星灯は、地上まで照らせない。

ルルーシュは、霊の類を信じているわけではない。
かと言って、居ないと思っているわけでもない。
"ギアス"の存在があるように、理解の範疇を超えた存在があると識っているからだ。
…だから、誰かがそこに『居る』というなら、居るのだろうと思う。
「灯りが1つじゃ、足りないだろ?」
意味が分からず眉を寄せたエヴァンに、自然と笑みが浮かんだ。

「お前の兄と、姉の分さ。帰り道に迷って、ウィルにならないように」

迎え火を焚き招き入れ、送り火を焚いて送り出すのと同じこと。
はるばる彼に逢いに来たのなら、苦に縛られることなく在るべき場所へと帰れるように。

すべては、生者の為にある風習。
けれど至極理に適った行動で、否定する証拠だって存在しない。
「そこにある1つは、お前が連れて行かれないように」
億に1つでもそんなことが起きたら、冗談ではなく困るから。
(本当に冗談なのか、本気なのか)
ルルーシュの言葉を判別出来ず、エヴァンは思わず吹き出した。
「安心しろよ」

逢いたいとは思っても、もう連れて行って欲しいとは思ってない。

予期せず垣間見た、心根。
虚を突かれ目を見開いたルルーシュを、いつもの海色が見上げる。
「灯り、持って来てくれるんだろ?」
重ねて問うてきた声に頷き、どの部屋にあったかと思考を巡らせた。

「…サンキュ。ルルーシュ」

扉を開けた背に、ささやかな贈り物。
何に対する礼なのか、尋ねる必要はどこにもない。

振り返らずに、ルルーシュは片手をひらりと振ってみせた。

end.

2011.10.31

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