Alles ist voller Götter...
公務の衣服でないルルーシュを見掛け、散歩から戻ってきたC.C.は声を投げた。
「どうした? 珍しいじゃないか」
革手袋を嵌めながら、その言にルルーシュは肩を竦める。
「馬か?」
「ああ。日本には馬も場所も無かったからな」
違わず、肯定が返る。
外へ出るルルーシュに付いて行けば、2頭の馬とジノの姿があった。
「さすが、見事な馬だな」
抜群の毛並みと骨格を有した、青毛と栗毛。
C.C.に気が付いたジノが声を上げる。
「おっ、C.C.も行くのか?」
だったらあと1頭連れてこないと、と続けた彼を、C.C.は片手を上げて制した。
「主従の遠乗りの邪魔をする気はないさ。…しかし、」
言いかけて、ルルーシュをもう一度見遣った。
ふと口から漏れたのはため息だ。
(確かに公務の衣服ではない。ない、が)
無用心過ぎる。
C.C.はルルーシュへ歩み寄り、自らが被っていた黒のキャスケットを被せてやった。
ぽすりと被せられたそれに、ルルーシュはきょとんと目を瞬く。
「C.C.?」
「お前を慕うものは民。憎む者は貴族。ブリタニアならなおのことだ」
念には念を。
撃つための判断が半瞬でも遅れたなら、対処出来よう。
早足から駆け足となった馬と騎手2人を見送り、C.C.はおやと思い出す。
「そういえばあの2人、初めはどこで出会ったんだ…?」
小道から草原へ。
草原から林、そして森の奥へ。
水の湧き出る川の始まりを見つけ馬から降りると、懐かしさに記憶が刺激される。
「変わってないな…」
同じく馬から降り、ジノは来た道を振り返る。
「マリアンヌ様のお気に入りの場所であったからこそ、前皇帝陛下も維持したのでしょう」
「違いない」
ルルーシュは影が覆う以前の過去を懐う。
馬術だけは得意であったルルーシュを、母が遠乗りへ連れ出したある日。
草原を抜け、林を抜け、現れた森の中へ。
初めて見つけた川の始まりが、ここだった。
ーーーカサリ、カサリ
水のせせらぎの中に、草を踏みしだく音。
マリアンヌとルルーシュの馬たちが何者かの気配を察し、首を上げ耳を峙(そばだ)てた。
「ルルーシュ、お下がりなさい」
頷き、ルルーシュは言われた通りに母の後ろへ下がると彼女の手綱を受け取る。
ーーーガサッ!
見事な白馬が木立から顔を出した。
周囲の匂いを嗅いでいる様子からして、水の匂いに惹かれたのだろう。
もう1つ、ガサリと葉を掻き分ける音が馬の腰辺りから。
「あ…」
現れたのは、手綱を握った少年。
年の頃はルルーシュと同程度だろうか。
ルルーシュにはあまり見慣れぬ金の髪が、眩しい。
少年の青い目がルルーシュからマリアンヌに移り、ハッと息を呑んだ彼は慌てて跪いた。
「も、申し訳ありません! まさかこのような処で皇族の方にお会いするとは思わず…!」
焦りにも関わらず、それは美しい所作だった。
連れた馬といい所作の淀み無さといい、ただの貴族ではないことが見て取れる。
マリアンヌは水を飲み始めた白馬の鞍へ目線をやり、その理由を見つけた。
「貴方、ヴァインベルグ卿のご子息かしら?」
「えっ?!」
驚きに顔を上げた少年へ、微笑みかける。
「鞍にある紋章がね」
あっと思い当たったのは、ルルーシュも同様だった。
「あの3の騎士の!」
言ってしまってから母を伺い見れば、綻ぶ口元と頷きが返される。
…同年代の子供に他者の"目"もなく出会ったのは初めてで、話してみたくなったのだ。
ルルーシュは少年へ、1歩だけ近づく。
「僕はルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア」
君の名前、聞かせて欲しいな。
幾分ぎこちなく笑んだルルーシュに、戸惑いながらも少年は口を開いた。
「ジノ・ヴァインベルグと申します。ルルーシュ殿下。
マリアンヌ皇妃殿下が仰ったとおり、現在の円卓3の騎士は私の父です」
翳りひとつ見えぬ、子供の頃の話だ。
この場所でジノと出会って以来、ルルーシュは時間が許す限り、同じ時間帯にこの場所を訪れた。
と言っても示し合わせたわけではないので、週に3度出会えば良い方で。
それは母が殺害されるまでの、僅か2ヶ月の間の出来事。
栗毛の首を撫で、ジノは9年前の思い出に苦笑する。
「あのときはほんと、寿命が縮まるかと思いましたね」
皇宮のある広大な敷地に、境界線はない。
柵や塀があるのは、せいぜい各宮の周囲のみだ。
「父や兄たちが遠乗りにここを勧めて来たのは、マリアンヌ様なら大丈夫だと解っていた為でしょう」
質の悪い皇族(これは貴族も当て嵌まる)に絡まれると、何もなくとも何らかの影響を被(こうむ)る。
それは皇族同士だろうが貴族同士であろうが、変わらない。
頭(こうべ)を寄せてきた青毛の額に触れて、ルルーシュは目を細めた。
「もう、9年も経ったんだな」
まだ何も知らなかった子供の頃。
何の因果か、ルルーシュは今、同じ場所に立っている。
…皇帝の身分と共に。
「そういえば、まだ教えて貰っていないですね」
何を、と問おうとしたルルーシュは、ジノを見返りすぐに悟った。
「お前を騎士とした理由か」
「はい」
今なら、いくらでも嘘偽り無い理由を告げることが出来る。
しかし当時は違った。
「正直言って、あの頃はここまで考え込む性分ではなかったんだ。だから深い理由ではない」
後ろ盾がどうのこうの、そういった政治的なことも一切浮かばなかった。
(だが、今でも同じか)
ルルーシュは真正面からジノを見つめ、微笑む。
『私は貴方の騎士になりたい。騎士で在りたい』
日付すら忘れてしまった、あの日。
誠意と真意しか窺えぬ碧眼で、ジノはルルーシュへ願い出た。
その告白にアメジストの目を丸くしたルルーシュは、こう思ったのだ。
「お前は太陽のように笑うから。
お前が居れば、暗い顔なんてすることも忘れると思ったんだよ。ジノ」
朧気ながら政情を理解しつつあった中。
それが重く暗い、淀んだものであることも容易に知れた中で。
思い悩めば昏く沈む心を、何度照らしてくれただろう。
(ジノだって、沈んだ心をどこかに持っている。俺はそれに気付けない)
それでも彼が自分を主にと願い続けてくれるなら、いつまでだって。
「お前が、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを主たる者と思い続けてくれるなら」
俺はその望みが続く限り、お前が剣を振るうにたる者として在り続けよう。
言葉が、声が、瞳が。
彼のすべてが、ジノに膝を折らせた。
9年前、この人の騎士で在りたいと願わせたそのままに。
「ありがとう、ございます…っ」
片膝を付き、深く頭(こうべ)を垂れる。
他の言葉は、胸につかえて音となる前に消えた。
ーーーあの日と同じブリタニアの空の、川の始まりの地にて。
8年という歳月のすべてが、昇華された瞬間であった。
万物は神々で満ちている
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12.1.22
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