Now, the stage is fully equipped.
ーーーさあ、『世界』を始めようか。
第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアが、退位した。
次代皇帝として指名されたのは、第3皇妃たる故マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの遺児。
第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの名を、誰もが驚きと共に認識した。
皇族の集まった謁見の間。
ルルーシュは己を次期皇帝と名指しした父へ、こう言った。
「一週間、お待ち頂けませんか? 私の騎士たちは皆が皆、ブリタニアに居るわけではございません」
シャルルは愉快げに笑う。
「よかろう、ルルーシュよ。こと外交に関して、新たな伝はいらぬと申したそなただ。
どのようなカードを切るか、楽しみにしていようぞ」
シャルルが謁見の場を去るや否や、ルルーシュは雛壇を降りシュナイゼルの元へ向かった。
「ご無沙汰しております、シュナイゼル兄上」
「ああ。久しぶりだ、ルルーシュ。美しくなったね」
「俺は男ですから、褒めても何も出ませんよ」
困ったように笑った弟に、シュナイゼルは笑みを深める。
「それで? 私に何を確認したいのかな? ルルーシュ」
続きを即され、ルルーシュは眼差しを細めた。
宝石のような紫電が、ゆらと煌めく。
「兄上。ユーロ・ブリタニアは、シュナイゼル兄上の配下ですか?」
突然何を言い出すのか、退室しようとした下位の皇族たちがタイミングを削がれる。
シュナイゼルはルルーシュを見返した。
「そうだな。ユーロ・ブリタニアに皇族は派遣されていないからね。
あちらに深い思い入れのある大公たちが直接の指揮を執っているが、皇族が居ればその配下であることに変わりはない」
ルルーシュは顎に手を添え、考える素振りを見せた。
「ありがとうございます。シュナイゼル兄上」
おかげで考えが纏まりそうです。
ルルーシュは意味深に微笑み、謁見の間を後にした。
新皇帝の戴冠式はひと月後と決まり、その14日前にルルーシュの周囲を固める要人のお披露目となった。
当日を含めた前後3日間はすべての対ブリタニア国へ、停戦の申し入れが成された。
…ブリタニア皇帝の世代交代により、神聖ブリタニア帝国の方針が大きく舵を切る可能性は大いに有る。
ゆえにすべての敵対国が、ブリタニアの申し入れを受け入れた。
そして来たる、次期皇帝要人の披露日。
謁見の間は隣接する接見の間、応接の間を開き、通常時の3倍の広さとなっている。
居並ぶは者は、かつて第98代皇帝が戴冠式を行った日に匹敵した。
…すべての皇族。
…爵位を持ち、かつ発言を許されている貴族の家長とその同伴者。
…現皇帝直属の騎士(ナイト・オブ・ラウンズ)。
…そして上位皇位継承者の筆頭騎士。
テレビ中継は、ブリタニア本国とその支配下のエリアに留まらない。
世界のすべてと言っても過言ではない国々が、中継配信を今か今かと待っていた。
民間記者のインターネット中継も万全の体勢である。
エリア11上空に留まる『黒の騎士団』旗艦とて、例外ではなかった。
なにせ次期皇帝は。
「どういうことだ?! ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは『ゼロ』だってのに!」
苛立ち紛れに、扇がコンソールに拳を叩きつける。
ちらりとその様子を一瞥して、ディートハルトはモニターへ視線を戻した。
「その答えも、これから明らかになるのでしょう」
彼の脳裏には、2週間前に格納庫で交わした会話が蘇る。
『紅月隊長。貴女は行かないのですか?』
違和感が拭えず直接尋ねたディートハルトへ、カレンは自嘲を口元に刻み答えた。
『ルルーシュのところへ? まさか。私はただの"門番"よ。私にはまだ、その許可が下りてない」
全部、自業自得だけどね。
彼女はきっと、紅蓮聖天八極式のコックピットで中継を見ているのだろう。
朗とした声が現皇帝と次期皇帝の入室を宣言し、広間に居合わせる者たちが頭(こうべ)を垂れる。
現皇帝が玉座へ座し、その右へ立つルルーシュを見遣る。
「ではルルーシュ。そなたの選んだ要人を呼ぶが良い」
ルルーシュは美しい笑みを浮かべ、頷いた。
「それではまず、私の騎士をご紹介しましょう」
雛壇を下り、ルルーシュは紅い天鵞絨(ビロード)の先へと手を差し伸ばす。
差し伸べられた白い指先を誰もが追い、謁見の間と控えの間を繋ぐ扉を注視した。
ギィイと重たい蝶番の音を伴い開いた扉の先に立っていたのは、誰も予想し得ぬ人物。
白と黒を等分に織り交ぜたルルーシュの式服に合わせた、白と黒。
白を纏うは、現皇帝直属の騎士として名高い、ジノ・ヴァインベルグ。
そして黒を纏うは、超合集国の『ゼロ』に次ぐ先鋒として広く知られた、黎星刻であった。
どよめきは波となって広間を覆い尽くし、ルルーシュへと一直線に集まる。
シャルルは酷く愉快げに、雛壇下の息子とその従者を見下ろした。
「ヴァインベルグについては、我がナイトオブラウンズとなる際に話を聞いておる。
しかし、"中華の黒龍"とは予想も付かなんだ」
自身の正面に跪く2人の騎士に笑みを深め、ルルーシュは壇上の父を半身で振り返った。
「父上も御存知の通り、私は『ゼロ』の思想に賛同しておりますから」
とんだ爆弾を落としてくれたルルーシュに、ナイトオブラウンズの一角として列席していたスザクは瞠目する。
(陛下はすべてを承知の上で、ルルーシュを次期皇帝に指名したのか?!)
皇族として最前列に列席するシュナイゼルは、苦笑を浮かべルルーシュを見つめていた。
(これは私の負けだよ、ルルーシュ)
"ギアス"について研究を重ねていたシュナイゼルであるが、ルルーシュは黎星刻を"ギアス"で従わせる矜持の持ち主ではない。
正面から従わせたか、もしくは黎星刻が惚れ込んだか、そのどちらかであろう。
ジノと星刻を自身の後ろへ下がらせ、ルルーシュは続ける。
「では続いて。軍部の技術部門に、次の2名を任命します」
再び開いた扉の向こう、控えていたのは知る人ぞ知る科学者であった。
黒を基調とした礼服に白衣を羽織った、ロイド・アスプルンド。
黒と赤のタイトドレスに白衣という、何とも艶かしい出で立ちのラクシャータ・チャウラー。
ロイドはシュナイゼルと目が合うと、にんまりと口の端を吊り上げる。
受けた当人はといえば、肩を竦めるくらいしか無かった。
「ラクシャータ・チャウラー…。
そなた、確かインド軍区へ亡命し、『ゼロ』に協力していたのではなかったか?」
皇帝の言に、ラクシャータは色を付けて笑みを返す。
「その通りです。ゆえに私は、かつて尊敬したマリアンヌ皇妃殿下のご子息であるルルーシュ様にお仕えするのです」
彼女の不遜な物言いに慣れているロイドは、吹き出さぬよう努力する必要があった。
斑鳩にて中継を見ていたディートハルトは、一人納得する。
(彼女は白とも黒とも言い難い人物でしたが、彼女にとっての『白』は『ゼロ』でしたか)
「ら、ラクシャータ?!」
「どういうことだ!!」
騎士団の幹部たちは、かつて『黒の騎士団』軍部技術主任であった人物の登場に慌てふためいた。
『ゼロ』の居なくなった騎士団は、求心力のほとんどを失っている。
それでも未だ超合集国の軍部旗艦として在れるのは、偏に皇神楽耶と紅月カレンの存在だ。
(私もそろそろ、騎士団から離れますかね)
ディートハルトはのんびりと、そんなことを考えた。
ざわめきが収まってから、ルルーシュは再度父を振り返る。
「軍部と政治に関してはあと2名ほど居りますが、そちらは後日と致しましょう。
外交について申し上げると、中華連邦の天子様は私の大切な友人です」
もちろん、国交に私情は交えませんが。
黎星刻の姿が彼の騎士としてあることが、すでにその証明と言えた。
ふむ、とシャルルは続きを即す。
「中華が問題なしとなれば、エリア11やインド軍区もそなたの手の内か」
ルルーシュは困ったように笑った。
「その言い方は語弊がありますよ、父上。私の国でも、ましてや管理下でもありません」
「謙遜は要らぬが、そういうことにしておこうか。ならばユーロピアは」
「ユーロピア共和国連合ですか。E.U.軍最高司令たるスマイラス将軍とは、個人的に親交がありますね」
ぞわり、と背筋に悪寒が走った者は、少しでも政治と軍事に明るい者だ。
(…あの齢で、恐ろしい方だ)
ナイトオブラウンズ筆頭騎士たるビスマルク・ヴァルトシュタインは、内心で舌を巻く。
どうやらルルーシュはそれ以上を明かす気はないようで、締め括りに入った。
「本日の披露の最後は、私の婚約者を」
居並ぶ貴族たちが、あっと息を呑んだ。
…次期皇帝にもっとも近づく為の手段は、その伴侶を送り込むことである。
この瞬間、彼らはその手段を絶たれたことになる。
控えの間から現れたのは、高飛車な眼差しを愉悦に緩ませた女性。
彼女は堂々たる歩みでルルーシュの元へと歩み寄り、差し出された右手を取った。
「そなたは…」
歯切れ悪く途切れたシャルルの言葉に、彼女はにぃとチェシャ猫のように笑む。
「久しいな、シャルル・ジ・ブリタニア。マリアンヌが死んだとき以来か」
(よくもまあ、抜け抜けと)
ルルーシュは女性…C.C.…の言葉に、内心で苦笑した。
しばし言葉を失ったようにC.C.を見つめたシャルルは、ほぅと重々しい溜め息を吐く。
「…そなたはルルーシュを選んだか、C.C.よ」
C.C.は長いライトグリーンの髪を掻き上げ、勝ち誇るように嘲笑した。
「何を今さら。私は初めから、ルルーシュしか選んでいないさ」
守ろうとした。
追い掛けた。
共犯者になった。
傍に居続けた。
この先も、ずっと。
「魔王の伴侶には、魔女が最も相応しい。もちろん、その逆も摂理だ」
画面の向こうの光景は、どう見ても"いつも通り"の光景である。
「普通、皇帝を前にしたらしおらしくならねえ?」
次期皇帝による要人披露のテレビ中継を見ながら、エヴァンはユーフェミアを見遣った。
彼女はお茶請けのクッキーをひとつ手にし、ふふっと愛らしく微笑む。
「生憎と、わたくしたちは"普通"ではありませんわ」
もちろんエヴァンさんも。
「まあ、俺はそうだな」
そういえば現皇帝には直接会ったことがあったな、と思い出した。
咲世子に紅茶のお代わりを入れてもらったV.V(ヴィー・ツー)は、他人事のようなエヴァンの様子を窘める。
「半月後には、お前もあそこに行く必要がある。もう少し真面目に見ても損はない」
エヴァンはあからさまに表情を歪めた。
「その話、決定事項かよ。けど1日だけだろ?」
「1日だけでも、だ」
複雑そうな顔をしたエヴァンに、ユーフェミアと咲世子がクスリと笑みを零す。
ーーーここから、我らが『王』の世界を。
さて、舞台は整った
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13.7.28
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