Also Peace once in a while.
ヒュッ、と風を切る音がする。
振り抜いた右の拳は顔を左へ傾けることで避けられ、相手は軽く身を屈めた。
そのまま片足をこちらへ踏み込み、脇腹付近を目掛けて左ストレート。
身体を横に開くことで避けたが、おそらくは予測済み。
すかさず回し蹴りを入れられ咄嗟のガード、だが距離を取ることは許されなかった。
次は右手も込みで拳を向けられ避ける隙を窺うことを早々に放棄し、カウンターを狙う。
(ここだ!)
急所目掛けて掌底を放つ。
だが相手は上体を後ろへ反らし、掌底は辛くも外れた。
…しかも、そこで終わらない。
反らされた身体が重力のままに視界から消え、その姿勢は一瞬だけ倒立に。
掌底を打った腕に強く蹴り上げられた両足が絡まり、遠心力の力も一緒に思い切り身体が引っ張られる。
「っ?!」
視界が回り、背が地面へと叩き付けられた。
受身から素早く起き上がり、次手の蹴りを防ぐため飛び退き距離を取る。
ザッ、と風が流れ、張り詰めた空気が柔く緩んだ。
ジノはホッと肩の力を抜き、ぐぐっと伸びをする。
「やっぱり強いですね、エヴァンさん。投げ飛ばされたのは久々でした」
相好を崩し肩をぐるりと回せば、エヴァンも笑った。
「お前、身体重いな。大抵の奴はさっきので2,3mは吹っ飛ぶのに」
ガタイが良いから、筋肉も付きやすいんだろうな。
…現在時刻は、そろそろ夕方。
西日の当たらぬ建物の影なのだが、エヴァンは相変わらずいつものバイザーを付けている。
「…ていうか、エヴァンさん。ほんとに見えてないんですよね?」
手合わせをした感覚から言えば、見えていないことが信じられない。
エヴァンが呆れたように返す。
「お前もしつこいな。見えてねえよ」
揃って屋敷の表側へ回る途中、ああでも、とジノは思い出した。
「ブリタニア軍人で目が視えない人が居ましたが、そういえばその人も強かったですね」
動きが速い。
というよりも、こちらの動きが予測されているような。
「ああ、"判る"からな。空気の流れというか筋肉の動きというか、そういうのが感覚で」
「へえ! でもエヴァンさんの場合、実際は見えるんですよね」
「太陽光が強すぎなければな」
マジでヴァンパイアかよ、とエヴァンは溜め息をつき、ジノは苦笑する。
「そういえばエヴァンさん、体術ってC.C.に習いました?」
エヴァンはジノの言葉に目を丸くした。
「よく分かったな」
やっぱり、と自分の予測が当たっていたことに笑い、ジノは解説する。
「何度かC.C.と手合わせしたことがあるんですが、エヴァンさんの動きがC.C.とダブるんですよ」
「ふぅん。確かに、基本的なとこは全部C.C.に教えられたな」
「ははっ、見た目に騙されるくらいに力が強いのも似てます」
ジノや星刻は見た目からして威圧感があるため、何かしら仕掛けるには覚悟が要るだろう。
他方、エヴァンは着痩せというのか、見た目ではルルーシュよりも体格が若干良い程度だ。
エヴァンは自身の腕を眺める。
「まあ、地下に監禁されてる間、出来るの筋トレと柔軟体操くらいだったしな」
暇を持て余し過ぎていた感は否めない。
というよりも、それしかなかったのが実際の処だ。
屋敷へ入ると、奥から甘い香りが漂ってくる。
(やたらと食生活が柔軟になったな…)
特にルルーシュが来ていると、少ない材料で何故か豪華に出てくる率が高い。
エヴァンにはひたすらに謎な事実が転がっている。
「そうだ、エヴァンさん。そのバイザー、アスプルンド伯に作り替えて貰えば良いのでは?」
突然のジノの提案に、エヴァンは首を傾げた。
「作り替える?」
廊下を進む途中、ひょいと当人の顔が覗いて内心で驚く。
「おや、お揃いで。鍛錬は終わりですか?」
ロイドは未だ、このジノとエヴァンの組み合わせに慣れない。
(スール卿と黎卿は、まったく違和感無いんだけどねえ)
「ちょうど良かった。伯爵、エヴァンさんのバイザーの改造って出来ません?」
ジノの言葉に、ロイドは珍しく驚きを表情に乗せた。
「んー、例えばどんな感じで?」
「まずはサングラスと同じく、太陽光は遮断するけど視覚としては見えるように」
それは彼に限らず、エヴァンの身内も常々思っていたことだろう。
ロイドは知らず笑ってしまう。
「あっは、それは他の人たちもよく言ってますもんねえ」
当人だけが何故か乗り気でないのである。
屋敷内ではバイザーを外してくれと子供たちに言われているエヴァンは、思い出したようにバイザーを外し息をついた。
「ほっとけ。ずっと見てなかったから、見えると逆に落ち着かねーんだよ」
別に困らないし、という彼の言は否定出来ない。
先にジノが確認したばかりだ。
「それなら、サングラス状態と暗室状態に切り替えられるタイプとか」
「そんなこと出来るのか?」
問い返したエヴァンに、ロイドはひらりと手を振った。
NoともYesとも言える、という意味のようだ。
「やろうと思えば。でもスール卿の場合、ギミック的にはもう一個必要ですよねえ?」
彼はただの人ではない、"ギアスユーザー"だ。
「相手からも完全に目が見えるように?」
「バイザーを外すタイムラグよりも、切り替えるタイムラグの方が圧倒的に短いですから」
そんな立ち話をしていると、リビングの方からパタパタと足音が駆けてきた。
「あっ、エヴァン兄ちゃんにジノ兄ちゃん! 戻ってたんなら早く来てよ〜」
ぷう、と膨れた少年は、どうやら2人の帰りを待っていたらしい。
「悪い。何か待ってたか?」
苦笑して少年へ歩み寄ったエヴァンが問い掛ければ、彼は奥を指差した。
「ルルーシュさまがお菓子作ってくれたんだ! はくしゃくも好きなイチゴのミルフィーユだって!」
ミルフィーユってなにか分かんないから早く食べたい!
エヴァンの腕を引っ張ってゆく少年に、ロイドのテンションが突然に上がった。
「ルルーシュ様お手製のミルフィーユ!」
楽しみですねえ! と彼は子供と変わらぬニコニコ顔でリビングへ向かう。
(ミルフィーユって、家庭で作れるものなのか…)
その後を、若干ズレた方向に感心しながらジノが追った。
ルルーシュは手製のミルフィーユとフレーバーティーを振る舞って、エヴァンが頭上に除けているバイザーを見遣った。
「なるほど。それなら、本人の意思そっちのけで作って良いと思うぞ」
何度聞いたって、堂々巡りになるからな。
それは同感だ、とロイドは頷く。
「それじゃあ作っちゃいましょうか。
さすがにここは機材がありませんから、計測だけして向こうで作りますよ」
ロイドの言う"向こう"はブリタニア、ひいては彼の職場のことを指す。
「お前、KMF技術者じゃなかったっけ?」
すでに否定を諦めたらしいエヴァンの問いに、ロイドは興味があれば何でも、と答えた。
「科学者っていう人種はメンドクサイんですよ。好奇心が全部の源で、周りなんかそっちのけ」
「…紅蓮弐式を手に入れたときは、まさしくそれでしたよね。アスプルンド伯」
セシル女史もですけど。
嬉々として紅蓮弐式を改造していた彼らの様子を思い出し、ジノは乾いた笑いが出る。
「ちょっとヴァインベルグ卿、僕だけを引き合いに出さないで下さいね〜?
ラクシャータだって相当だよ」
そんなロイドの不機嫌な顔は、ミルフィーユをひと口食べた途端に跡形も無くなった。
「あぁあ、ルルーシュ様のミルフィーユは世界一ですね…っ!」
何というか、エヴァンにはロイド・アスプルンドという人間がさっぱり解らない。
(付いていけねえ…)
ミルフィーユが美味しいことは認めるが。
じっと自分を見つめる視線に気付き、エヴァンは顔を上げた。
「なに?」
気付かれると思っていなかったルルーシュは、瞠目してからただの興味だ、と口を開いた。
「貴方は食事よりも菓子の方をよく食べると思って」
今度はエヴァンがぱちりと目を瞬いた。
ラピスブルーの眼は、この地域にはない海を思い起こさせる。
言われたエヴァンはふむ、と首を傾げた。
「意識したことねえけどな」
けどシノザキが作る菓子もお前が作る菓子も、俺にはちょうど良い。
「それは光栄だ」
ルルーシュは微笑う。
作ったものを喜んで貰えることは、単純に嬉しいものである。
幸せそうにミルフィーユを頬張っていたロイドが、フォークを置きエヴァンを見た。
「スール卿はどちらかと言うと、頭を使う人ですもんねえ」
ルルーシュ様の仮面と同じく、貴方のバイザーも考えを読ませない。
にまりと笑う道化師に、エヴァンはフレーバーティーをひと口飲んで告げてやる。
「あんたほどじゃないよ」
リビングへと近づいてくる足音が聴こえ、ルルーシュがそちらへ目を向けた。
現れたのはC.C.だ。
「…エヴァン。人に任せて自分はお茶とは、優雅だな」
姿の見えぬ菓子に恨めしげな顔をして、彼女はテーブルの対角線上に居るエヴァンを見る。
フレーバーティーの最後の一口を飲み干し、エヴァンは肩を竦めた。
「嬉々として引き受けてた人間が言うなっての」
冷蔵庫へ向かい、C.C.はスポーツドリンクを3本取り出し1本の口を開けた。
「強請(ねだ)られるのは悪い気はしない。しかしあいつら、私より余程強いだろう」
相手をする私が疲れた。
ぱたぱたと手で自らの顔を仰ぐ彼女へ、いつの間にか席を立っていたルルーシュがタオルを手渡してやる。
「いつもはエヴァンと咲世子さんしか居ないから、楽しいんじゃないか?」
渡されたタオルで汗を拭いながら、C.C.は未だ篭って熱い息を吐いた。
「まあ、そうだろうな。おいエヴァン、お茶が終わってるなら私と代われ」
代われ、というのは、エヴァンに次いで戦闘能力の高い子供たちの訓練相手だ。
ご馳走様、とルルーシュへ告げたエヴァンは立ち上がる。
「OK。ヴァインベルグ、お前も頼めるか?」
「良いですよ」
にこやかと返し、ジノも立ち上がった。
C.C.が取り出したもう2本のスポーツドリンクを手に、エヴァンは時計を見上げる。
「あと30分もすれば、買い出し組が戻るな」
出て行こうとするエヴァンに、ロイドが慌てて声を投げた。
「ああっと、スール卿! バイザー置いてってくださいよ〜」
遊んでいる間に計測しちゃいますから。
エヴァンは嫌そうな顔をしたが、渋々と頭上のバイザーを外しロイドへ差し出す。
「科学者は面倒臭いって言ったのお前だよな。余計な機能増やすなよ」
「あいあいさ〜」
絶対守らないなコイツ、とロイドの間延びした返事にエヴァンは確信した。
まあそれでも、口元が緩むことは止められない。
「お前の周りは変わり種ばっかりだな、ルルーシュ」
扉を潜る直前、彼はルルーシュを振り返りそう笑った。
それは面白そうに、楽しげに。
ルルーシュもまたクスリと笑みを零す。
「お互い様だ、エヴァン」
さて、今日の夕食のメニューはどうしようか。
偶には平和でも
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13.8.30
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