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神は死んだ。R2/いつかの終わり。王を継ぐ者。
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静かに黄昏の光が入る、ブリタニア皇宮の一角。
空の見える場所でふと、ナナリーは車椅子を動かす手を止めた。

「……」

もう、あれから何年が経ったのだろう。
ギアスとフレイヤ、恐ろしい力同士の戦争から、何年が。
ダモクレスはシュナイゼルと共に崩れ落ち、ルルーシュはすべてを『世界』に託して姿を消した。
そしてただ独り生き残っていた皇族であるナナリーが、ブリタニア皇帝の座についたのだ。

(おにいさま)

後悔の念は、十年以上が経った今でも消えはしない。
…足は一生治らない、けれど目は見えるはずだと諭された。
だが、ナナリーは『世界』を映すことを自ら拒絶した。

「おにいさま、」

結局自分は、自分を守り続けて来た『ルルーシュ』を、見ようとしていなかったのだ。
見ていたつもりでしかない。
そして信じると言いながら、いつも心のどこかで疑っていた。
…それを知っていながらなお、ルルーシュはナナリーに愛情を注ぎ続けていたのに。
ナナリーは何1つ、返さなかったのだ。


「やめて頂けませんか?貴女のような人間が、その名を口にすることは」


突然に人の気配が現れ、突然に声を投げつけられた。
離れた場所に居た己の護衛たちが、駆けつけてくる。
「何者だ、貴様ら!」
「ナナリー陛下の御前であるぞ!!」
すると先ほどとは別の声が、彼らを嗤った。

「不敬は貴様たちだろう?この方々は、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア陛下のご子息とご息女。
ナナリー・ヴィ・ブリタニアなど足元にも及ばぬ」

誰もがハッと息を呑んだ。
「あ、あの悪逆皇帝?!」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだって?!」
護衛たちの言葉に、雷の如く言葉が落ちた。


「真実を知ろうともしないお前たちに、我らが父の名を口にする権利はない」


それは、静かな雷だった。
静かな故に恐ろしく、屈強な兵士たちの誰もが気圧され後ずさる。
ナナリーには、突然現れたのが3人で、その内もっとも若い少年の言葉が響いたのだと分かった。
最初に言葉を投げたのは少年よりも少し大人びた少女で、護衛たちを嗤ったのは騎士であろう男だ。

「帰りましょう、姉様。ここは気分が悪いよ」

姉と呼ばれた少女は首を横に振った。
美しく長い黒髪が揺れ、少女は秀麗な面を嫌悪に歪ませる。
「いいえ。まだ何も言ってませんから、せめて言わせて頂きましょう」
視線がこちらへ集まったのを感じ、ナナリーは咄嗟に口を開いた。

「あの、あなた方はお兄様の…」
「そう呼ぶことを、やめて下さいとお願いしましたでしょう?」
「…!」

凛と鳴り響く鈴のような声は、刃よりも鋭い。

「わたくしたちのお父様を裏切り、殺害しようとしたナナリー叔母様。
貴女はなぜ真実を話さないのですか?お父様の行いの真意を、貴女は聞いたはずでしょう?」
「……」
「だんまりですか…最低ですね。真実を知りながら口を閉ざして。
自分だけは綺麗だと、健気だと世界の人々にそうして訴えているわけですか」
「違います。わたしは…」
「申し訳ありませんが、わたくしたちにはすべてが言い訳にしか聞こえないのです。
それもあなた方にのみ都合の良い、ね」

口ではルルちゃんに勝てないのよね。
ナナリーは、そう言っていたかつての生徒会長の言葉を思い出す。
自分が知らないだけで、兄にはもっと多くの仮面と真実があったのだ。
少女は再び口を閉ざしたナナリーに、呆れた様子を見せる。

「分かりませんね…。なぜ、見えるはずなのにその目で世界を見ないのです?」

それは誰に対する同情ですか?
それとも、自分が可愛いだけですか?

「いずれにせよ、時が来たらわたくしたちは、然るべき手段で真実を白日の下に晒します。
お父様とお爺さま、お婆さまのすべてを。お母様の全てを。
そして貴女や、かつて騎士団と名乗っていた者たちのすべてを」

ルルーシュはそんなことを望んでいない。
今幸せだから良いのだと、優し過ぎる父はいつもそう言う。
だが自分も弟も父に従った騎士たちも、そして何よりも母がそんなことは許さない。

『ルルーシュの持っていた正義、考え、そして現実を、すべて本来の姿に正して遺す。
それが私に出来る、最大の愛情表現だな』

母はいつも幸せそうに笑い、同じだけ世界に対して怒りを覚えている。
今度こそため息を吐いた弟の、母親譲りの煌めく髪が揺れた。

「これ以上ここに居ても、得るものは何も無い。僕たちにはもっと大事な、やるべきことがある。
そうでしょう?姉様」

愛する父の聡明さは、僅かばかり弟の方に多く渡ったようだと母が言っていた。
その母の持っていた運動神経は姉弟に等分に渡り、父の母の才能は姉が受け継いでいる。

「ではさようなら、ナナリー叔母様」
「次は表舞台でお会いしましょう。お父様の守った、『世界』の上で」

現れたときと同じように、彼らは唐突に消えた。
護衛たちに言わせれば、扉の向こうに去ったと思ったら姿がなかったということらしい。
しかし、ナナリーにはどちらでも良い。

(おにいさま…!)

彼女たちは本気だった。
本気でナナリーを憎み、糾弾し、そして真実を明らかにしようとしている。

貝のように口を閉ざせる自由は、彼らが奪っていった。
end.

2008.9.17

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