見  よ  、
  世  界  は  情  な  ど  挟  ま  な  い  。








カレンたちがゼロから指定を受けた、3日後。
ブリタニア皇宮の本宮では、皇族が一堂に会するというとても稀な光景が見られた。
単にスケジュールが合ったのか、それとも合わせたのか。
少なくともこの場には、皇位継承権が30位以上であり、そこそこ名の知れた皇族が並び立っていた。
…玉座にもっとも近い位置から順に、末席周辺が30位程度。
おおよその人数を把握して、ルルーシュは己よりも玉座に近い兄や姉を見遣る。

(あと、3人)

第1位であるシュナイゼル以外は、はっきり言ってルルーシュの敵では無い。
では何が問題なのかというと、彼らの後ろに居る貴族の位と数だった。
(少し手こずるか…。だが、焦る必要は無い)
今日この場に継承順位の高い者たちが招集されたのは、ただの広告だ。
帝国の枢を支える者たちを餌に自国民の士気を高め、中華連邦やEUの勢いを削ぐ為に。
ただし、ルルーシュの目的は異なる。
…自らの存在を誇示するだけなら、もうすでに十分過ぎるほど行っている。
『黒の皇子』と公の場で口にされている段階で、これ以上のパフォーマンスは必要ない。
(そう。"あいつ"は、公の場に姿を晒す必要がある)
前もって皇帝に、"公の場で紹介したい者が居る"と告げていた。
声に応じ、ルルーシュは皇帝の前へ進み出る。

「公にはしたくなかったのですが。余りに成婚を求める輩が多いので、この場を借りようかと」

苦笑を浮かべて意味ありげに告げたのは、誰もが少なからず衝撃を受ける話題だった。
『成婚』
たとえ皇族復帰の行程が不可解でも、継承順位が1ケタとくれば話は別だ。
貴族としては後ろ盾となって、その恩恵に与りたい。
その対象となる立場に立ち、さらには若く話題性のあるルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
彼の容姿に目が眩む者が多いのも事実であるから、引く手数多と言えるだろう。
…だからこそ、この場は好都合。
「では、ご紹介しましょう」
謁見の間へ通じる扉を振り返り、ルルーシュは優美な仕草で手を差し伸べる。
声に応えた重厚な扉が、ゆっくりと開いた。

「彼女は私と誓いを交わした女性、名はC.C.。
残念ながら、本名をこの場で名乗りたくないと我が侭を申しまして」

相手の姿を確認して、ルルーシュは笑みを深めた。
堂々たる歩みと共に彼の手を取ったのは、漆黒のドレスに身を包んだ女性。
…猫のように鋭い琥珀の眼には、周囲を蔑む視線が。
…『黒の皇子』に引けを取らない存在感には、己に対する圧倒的な自信が。
長いライトグリーンの髪が眩しい。

「私の名は、お前が知っていれば良い。それは以前にも言ったろう?」

ぞんざいな口調には、第11皇子への信頼と慈しみが。
ルルーシュを見るその時だけは、視線が春の日射しのように和らぐ。
…ざわめく他の皇族や貴族など、彼女には邪魔なだけだった。
壇上の目的の男を見上げて、C.C.はルルーシュと共にチェシャ猫の如く嗤う。


「どうした?さすがの貴様も予想外だったか?シャルル・ジ・ブリタニア」





己の離宮へ帰り着くや否や、ルルーシュは我慢出来ないとばかりに嗤い出した。

「アッハハハハ!見たか?あの驚きよう!」

なんと愉快なことか!
居並ぶ貴族も皇族も、あの皇帝さえもが目を見開いていた!
笑い転げる彼の後ろで、C.C.も目を細め嗤う。

「ああ、愉快でたまらないよ。これでヤツは私に手を出せなくなった!
皇帝だけじゃあない。シュナイゼルも、『魔女』を捕らえようと躍起になっていたからな」
「クク…それはますます愉快じゃないか。『魔王』と『魔女』の契約は、死しても切れないというのに」
「その通りさ。誰も間に入ることは許されない。…ところで、お前は7の騎士を見たか?」
「当然だろう?あの滑稽な顔を見ずしてどうする」

『ゼロ』であったルルーシュ。
『ゼロ』を護り続け、枢木スザクに勝ちはせずとも負けてもいないC.C.。

最悪の組み合わせを引き離し、ルルーシュにとって最悪な選択肢を与えたと、あの男は信じていただろう。
ルルーシュにとっての地獄である皇宮に、強者の巣窟に。
…だが実際は、ルルーシュにとって最良の選択肢となったに違いない。
なぜなら彼は皇族に復帰し、世界を変革出来る立場へと手が届く位置に在る。
C.C.はルルーシュの宣言によって、人目を気にせず堂々と表に立てるようになった。

"内側からブリタニアを変える"と豪語していた7の騎士は、己の所業を悔やむ最中だろう。

ラウンズとはいえ所詮は騎士。
最高位である1の騎士となっても、与えられる権力はせいぜいエリア1つ。
帝国の変革など、果たして望めるか?

主がとても愉しそうなので、親衛隊や使用人の面々も釣られて気分が良い。
「ではルルーシュ様。我々は外の警戒を強めますので」
「ああ。敵意ある外部の人間に容赦は無用だ。そのときは、お前たちの力を存分に振るうが良い」
「「Yes, Your Highness!!」」
アリエスの離宮に属する人間は、ルルーシュが0からすべて集めた者だ。
エリア出身の者も居れば、大貴族の家の出の者も居る。
…ルルーシュは徹底的な実力主義でありながら、一度受け入れた者をそうそう切り捨てはしない。
己の持つものを使い分け、『ゼロ』であった頃よりも強く、"忠誠"を。
("ギアス"はジョーカー。すべての選択肢が潰えた、そのときに)
使いこなせなければ意味が無いので、外部の輩は実験台だ。
「ふふ、愉しい日々が続きそうだな」
"ギアス"の宿るルルーシュの左眼を愛おしげに撫で、C.C.は他の全てを嘲笑う。
『黒の皇子』の地盤は、今や確実だ。


だからこそ、ロロ・ランペルージはエリア11で『ゼロ』を演じ続ける。


「馬鹿な奴らだ。逃げ道なんて無いのに」

エリア11。
中継されたブリタニア皇宮での出来事に、絶句どころか恐怖さえ目に浮かべた騎士団の面々。
彼らを仮面の奥で嘲笑し、自室へ戻った『ゼロ』は『ロロ』に戻る。

「ねえナナリー。中継を見たかい?」
『もちろんですわ。お兄様もC.C.さんも、お元気そうで良かったです。
それに、とても愉しそうで羨ましくて』
「そうだね。ボクも親衛隊で良いから、兄さんの傍に居たかったよ」
『駄目ですよ、ロロ。そうしたら、本当に私だけ仲間はずれになってしまいます』
「分かってる、冗談だよ。そっちはどう?」
『神楽耶さんが、早くそちらへ戻りたいと仰ってました』
「うーん…いちおう、兄さんに聞いてみるよ。
たぶん、もっと中華連邦と繋がりを強くしてから、とか言うと思うけど」

特殊な電波仕様を施された携帯電話で繋がる先は、ナナリー・ランペルージ。
彼女は"日本国"今生天皇、皇神楽耶と共に中華連邦に居る。

目的は中華の幼帝、天子。

『それなら、あともう少しです。大宦官の1人と接触出来ましたから』
「へえ!桐原公の力は本当に凄いね」
『大宦官は気に食わない人種でしたけど、その護衛の方が面白い方でしたよ』
「ふふ、楽しみにしておくよ」


血の繋がった妹、血の繋がらない弟。
彼らはそれぞれに、"兄"を裏切った世界に復讐を。


「なあ、ルルーシュ。お前の弟妹は素晴らしいな」
「今さらだな。ナナリーもロロも、俺の大事な"家族"だ」
「ならば、私が"お義姉様"と呼ばれる日も近いな。競争でもしているのか?」
「…そうだな。それも愉しそうだ」


『魔王』と『魔女』は、今日も世界を見下ろして嗤う。
哀れ  な  世界  よ

  跪  き  、  許  し  を  請  う  が  い  い  。

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2008.5.5