思い出して。
ある日突然、携帯電話に送られてきたメール。
差出人は不明。
スパムメールかと判断して、カイトはそれをゴミ箱に移動させようとした。
「…ん?」
その手を止めたのは、プレビューされた添付ファイルの内容が気になったからだ。
半透明のグリッドで区分けされた背景。
区分けされた正方形のいくつかに配置された、橙の印。
(パズル…?)
難易度はそう高くはない。
ほんの10秒もあれば解ける。
浮かび上がったのは、アルファベット1文字。
「ただの悪戯か?」
意味は解らない。
ただ、ゴミ箱へ移すのは止めておいた。
気づけば、添付ファイルのパズルは6通目。
「これって…」
1つ目は、方角を。
2つ目と3つ目は午後を。
4つ目は短針の時刻を。
5つ目と6つ目は、場所の頭文字2つを。
(今日の午後7時…)
学生が夜に入れる場所は限られる。
同じ頭文字を持つビルや施設名でも、ほとんどが除外されていく。
「…行ってみるか」
パズルに悪意はなかった。
ただふわふわと柔らかく、それでいて。
(オレに何かを叫んでる)
何を叫んでいるのだろう?
照明の明かりを反射し波打つ海は、ただ黒い。
カイトがやって来たのは、海辺の自然公園に程近い波止場だった。
まだ塒(ねぐら)に帰っていない鴎が、カイトの姿に驚いて飛び立つ。
鴎を追った視線の先に、人影が在った。
…あれが待ち人だろうか。
係船柱に腰掛けた人影が、街灯の向こうで軽く肩を揺らす。
「早かったね。19時まで、まだ5分あるよ?」
聞き覚えのある声だった。
「お前っ…」
知っていて当然ではないか。
突如現れ、√学園都市全体を実験場にしている彼らを。
座ったまま軽く背を反らせてカイトを振り返った人影は、いつだって彼らの中心に居た。
「オルペウス・オーダー…!」
ふわふわとした薄金の髪に、空の色に似た青の眼。
フリーセルという名であったと記憶している相手は、笑みを浮かべ目を細めた。
図らずも、カイトの視線は険しくなる。
「…どういうつもりだ?」
低くなった声音に、フリーセルは左手の2本指を立ててみせた。
「2つ、断りを入れておくよ」
「断り?」
くるりと身体を回してカイトへ向き直った彼は、1つ目、と立てる指を1つにする。
「これは僕が個人的にやっていることであって、オーダーの計画には何ら関係がない」
信じられるか。
思いこそすれ、カイトは口を挟むことを控えた。
次に2つ目、と再び立てられた指が2本になる。
「これは君に危害を加えるためでも、陥れるためでもない」
それは…そうかもしれない。
(今のところは)
周りに他の誰かの気配はないし、何かが仕掛けられているような感覚もない。
カイトは改めて口を開く。
「じゃあ、どういうつもりでオレを呼び出した?」
街灯の下に居るカイトの姿は、相手からよく見えるだろう。
だが相手の座る位置は街灯の向こう。
明るい場所に居るカイトからは薄闇の靄が掛かり、表情は大まかにしか判別出来ない。
カイトの問いに対し、そうだなあとその口元が笑む。
「君の周りの人たちとか、僕の周りのメンバーとか。
そういうの全部抜きにして話してみたかった、かな?」
最後に疑問符を付けられては堪らない。
眉を寄せたカイトに、フリーセルは不意に問い掛ける。
「僕のパズル、どうだった?」
あまりに普通に問われるものだから、カイトは目を瞬いた。
「これ、お前が創ったのか?」
「そうだよ。さっき言ったでしょう?」
僕が個人的にやっていることだって。
言われ、カイトは断続的に6回送られてきたパズルを思い返す。
(難しいわけじゃなかったし、捻ってるわけでもなかった。けど…)
ことパズルに関して、カイトは正直だ。
例え電子媒体で手元に来たパズルであっても、込められた想いは滲み出る。
「……良い、パズルだったけど」
だからこそ、本当に目の前の相手が創ったのかと疑いを持った。
(オルペウス・リングのレプリカを使って、関係のない人を実験台にするようなヤツなのに)
それなのに。
不本意ながらも正直に告げたカイトに、フリーセルは笑った。
(え…?)
目を、見張る。
「そう。君がそう言うなら、本当なんだね」
良かった、と微笑む彼は、今までに見てきた不遜な姿とまるで違う。
戸惑うカイトを横目に、彼は立ち上がる。
「おい?」
街灯の明かり下へ入ること無く通り過ぎようとする彼を、呼び止めた。
フリーセルは視線だけをカイトへ向け、ひらりと片手を振る。
「じゃあね。来てくれてありがと」
また遊んでくれると嬉しいな。
それ以上を告げる気も立ち止まる気もない彼を、引き止める理由がカイトには無かった。
(意味分かんねー…)
夢でないなら、きっと相手の気まぐれだろう。
それ以外の何者でもない。
しばらく立ち尽くしてから、カイトもまた帰路へ着いた。
思い出して。
どうか、思い出して。
12.5.12(Re:member)
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