「「「はぁああ?!!!」」」
国さえ違うまったく異なる3ヶ所にて、まったく同じ叫び声が響いた。



*     *     *



天才テラスのいつもの昼休み。
しかし、今日の様子はおかしい。
ノノハたちは固唾を呑んで目の前の光景を見守っていた。
「おい学園長! どういうこったよ、夜中の電話は!!」
√学園学園長である解道と、その彼に怒り混じりの問いを投げつけるカイト。
「どういうことも何も、君に告げた通りですが」
解道はいつものように返すのみ。
それでカイトが納得するわけもなく、彼は拳を握り締めた。

「ざっけんな!!『君はアイドルユニットを組んで歌手デビューすることが決まりましたので』なんて言われて納得出来るか!
ていうかオレは承諾してねえ!!」

しん…。

天才テラスどころか、騒がしい食堂自体が静まり返った。
「えっ」
「カイトが」
「アイドルデビュー」
「する…だと…?」
ノノハ、アナ、キュービック、ギャモンの呟きが繋がる。
瞬間、食堂の中が大混乱に陥った。
悲鳴と疑問と笑いと、ありとあらゆる感情の交じる声で溢れた階下の音を押しのけて、スマートフォンの着信音はよく聞こえた。
カイトは着信相手の表示を見て驚く。
「ルーク?! どうしたんだよお前、確か今アメリカだろ?」
時差の関係で、親友であるルークの現地時刻は未明のはずだ。
しかし電話向こうの親友は、何だか酷く焦燥していた。
『僕の居場所はどうでも良いんだよ!
ビショップがアメリカ支部長と変なこと言い出してしかも決定事項とか意味が分からない…!』
「落ち着けって! 何があったんだよ?」
『"ルーク様は、アイドルユニットとして歌手デビューすることが決まりました"って!』
「……は?」
沈黙したカイトの隣で、ギャモンのスマートフォンが着信を告げた。
「おっ、フリーセルじゃねーか」
半年前に√学園へ短期留学してきた、クロスフィールド学園の少年だ。
彼もまたルークと同じくカイトの親友で、その人形のように可愛らしい容姿は学園の生徒に相当な人気を誇った。
「よう! 久しぶりじゃねーかフリーセル」
『久しぶり、ギャモン。早速なんだけど、そこにカイトいる?』
話し中だったんだ、と苦笑した彼に、なるほどとギャモンは納得した。
「あいつならルーク…やつのダチだな。そいつと電話中だぜ」
『ルーク…? えっ、ちょっとメランコリィ! まさか君…!』
焦ったフリーセルの声が電話から遠ざかり、誰かに詰め寄るような様相が聴こえる。
ほんの数秒で彼は通話口へ戻ってきた。
『っ、ギャモン! カイトに代わって! ルークでも良いから!!』
随分な焦りようだ。
ギャモンは首を傾げながらもカイトを呼ぶ。
「おいカイト!」
「なんだよギャモン! 今それどころじゃ…」
「フリーセルから電話だ」
「は? セル?!」
ルークに一言断りを入れてから、カイトはギャモンのスマートフォンを借り受ける。
「どーしたんだよセル、お前まで」
『カイト! ねえ、ルークと電話してるんだよね?』
「ああ、そうだけど」
オレもルークも意味が分からないことに…と言いかけたカイトを、フリーセルは遮った。

『"アイドルユニットとして歌手デビューすることが決まりました"、だよね?!
僕もクロンダイク社長がいきなり言ってきて、ちょっともう意味が分からないんだけど…っ!!』

はた、とカイトは思考を止めた。
「…セル、テレビ通話にしても良いか?」
『え? うん、良いよ』
「ルーク、お前も」
『構わないよ』
フリーセルと会話していたスマホはギャモンへ返し、テレビ通話に切り替えてもらう。
カイトは自分のスマホをテレビ通話にして、ギャモンの持つスマホへ向けた。
『あっ、フリーセル! 久し振りだね!』
『うん、ルークも元気だった?』
双方が画面越しに顔を合わせて即座に親しげな様子を見せ、驚いたのはギャモンたちだ。
「えっ、お前ら知り合いかよ?」
「ルクルクひさしぶり〜」
「フリーセル君も元気そうで良かった!」
カイトはじと、と解道を睨み上げた。
「…学園長。アンタまさか、アイドルユニットってのは……」
「ええ」
解道は良い笑顔で頷いてみせた。

「カイト君、ルーク君、フリーセル君の3人ですよ」

ちなみにPOG幹部会とオルペウス・オーダー理事会は、すでに協力体制にあります。
…子どもたちの抗議は、塵一粒も届かなかった。



*     *     *



何でこうなった。
缶ジュースをひと口飲み、カイトは溜め息というよりは諦めの息を吐く。
「…マジで意味が分からねえ」
都内某所スタジオの関係者控え室にて、頭を抱えたくなった。
壁一面に設置された鏡の前で、ルークが苦笑する。
「それには同意するしか無いけどね。
まあでも、アントワネットが随分と対抗心燃やしてたのは意外だったよ」
「アントワネット?」
カイトの隣に座っていたフリーセルが、小首を傾げる。
POGジャパンのギヴァーだよ、とルークは説明を加えた。
「日本でも一二を争う人気アイドルでね。演技も歌も抜群だ」
「へえ」
今はPV撮影のセッティング待ち。
気付けばやけにノリノリな大人たちに引き摺られ、3人はユニットとしてCDデビューすることになってしまった。
元から歌うことが好きで音感も悪くなかったフリーセルはともかく、カイトとルークはみっちりと扱かれた。
呼吸の仕方から始まり発声、音の取り方、体力作りまで。
声に道筋がついたら、次はダンス。
自らの足でパズルを解くため体力と運動神経には自信があったが、残念ながらリズム感はない。
3人共が初心者過ぎて(話がいきなり過ぎたことももちろん)、PVの撮影はひと月弱伸びた。
伸びた理由はもう一つ、カイトたちの衣装が決まらないという何とも分からぬものである。
衣装決めはフリーセルの友人のメランコリィ、そしてアナの姉であるイヴが行っているらしい。
「メランコリィはちょっとめんどくさい性格だけど、ファッションセンスは抜群だから」
とはフリーセルの談だ。
「…ていうかさ」
カイトの呟きに、フリーセルとルークが彼を見返す。

「何でこんなことになったんだ?」

視線を遠ざけたのは、おそらく同時だった。
「いや、たぶん…疲労と深夜のテンションが成せる技だったんだよ」
ルークが重々しく口を開く。
「POG北米支部に居たんだけどね。日本支部よりかなり大きい分、歪(ひずみ)も大きくて。
当面の対応について打ち合わせて動いていたら、うっかり徹夜に…」
「おい、大丈夫かよ?!」
遠い目をしたまま、ルークは苦笑した。
「僕はね。ただビショップが連徹で、3日目あたりからテンションがやばくて」
北米支部長も同じだったんだけどね…。
それは唐突にやって来た。

『ルーク様はアイドルとしてやっていけると思うんですよ』
『はあ?! いきなり何言い出すのビショップ!』
『もちろん、ただのアイドルであれば先駆者が多く生き残れません。
しかしルーク様には、パズルという最強の武器があります』
『いやいや、一体何の話をしてるんだいビショップ?!』
『[おお、ビショップさんはよくお分かりだ。うちの支部の女性ギヴァーたちも、すっかりルーク様のファンですよ。
…なるほど、ルーク様を支える土台を増やすにはちょうど良いのでは]』
『いや北米支部長まで何言い出してんの?! えっ、ビショップ、君まさか本気なの?!』
『本気ですとも!(`・ω・´)キリッ』
『絶対嘘でょ! もう2人共休め! 今すぐ休め! 管理官命令だ!!』

カイトは半笑いを浮かべるしかない。
「マジかよ…」
「マジも大マジだよ…。しかも2人を休ませた翌日の昼に、あろうことか幹部会で2人がその話を…」
「や、もう良いルーク。辛いこと思い出させて悪かった」
目が死にかけたルークに、カイトは思わず謝ってしまった。
隣のフリーセルを見てみれば、彼はニコニコと笑っている。
「なるほど、それでうちのクロンダイク社長に話が繋がる訳だ」
「え?」
カイトと目を合わせたフリーセルは、知ってる? とひとつ指を立てた。
「POGとオルペウス・オーダーって、知恵と技術を高めるって意味で協力関係にあるんだ」
オルペウス・オーダーは財を守るという使命ではなく、人間の能力を高めるという信条を掲げている。
パズルはその一環だ。
「たぶん、クロンダイク社長がその話を考えているところにメランコリィが横槍を入れたんだよ」
何せ、楽しいことと面白そうなことが大好きだから。
そこに"自分が被害を被ること無く"と付属するのだから、面倒なことこの上ない。

コンコン、とノック音がし、スタッフが顔を覗かせた。
「お待たせしました。衣装のセッティングに入りますね〜」



着せ替え人形よろしく着替えさせられ、PV撮影に指定されたスタジオへ入る。
「…!」
カイトは目を見開き、扉を潜ったすぐそこで立ち止まってしまった。
「あっ、カイト! うん、よく似合ってるね」
カイトへ声を掛けたのはルークだ。
青の縁取りの成された白いロングコートに紅いシャツ、スラックスと足元ももちろん白。
ロングコートの襟口には金色のブローチが留められ、POGの意匠が象られている。
元々、POGという巨大組織のトップを担っていたルークだ。
物腰と所作も合わせて大人の色気というのか、何とも言い難い格好良さである。
対してカイトは紅いベストに白いシャツ、革ベルトの飾られたクロップドパンツ。
シャツのボタンは上2つが外されており、素肌には√学園の意匠を象る金のネックレストップが覗く。
ほとんど装飾品のないルークに比べ、カイトは飾り物が多かった。

こうして見ると、カイトは宝飾品に負けることがないのだとルークは思う。
装飾に"飾られる"のではなく、真に"飾ってもらう"ことは難しいのだ。
「さっすがルーク。似合い過ぎて怖いな」
「ははっ、ありがとう。でも、さすがはダヴィンチのお姉さんだね。
カイトも僕も、服に着せられている感じがないよ」
きょろり、とカイトは部屋の中を見回した。
「セルはまだなのか?」
彼はルークの隣までやって来て、ようやく撮影用デバイスの多さに気が付いた。
「げっ、カメラだらけじゃねーか…」
テレビカメラと思われるものから、スマートフォンまで。
「配信したい媒体そのもので撮影した方が、良いものが撮れるんですよ」
カイト君格好良いね! と褒めながら、スタッフが教えてくれた。
カチャリ、とまた扉が開く。
「フリーセル君お待たせしました〜!」
テンション高くスタッフが声を上げ、その女性スタッフは自分の後ろをにっこりと示す。
「「!」」
彼女の後ろから現れたフリーセルに、カイトとルークは息を呑んだ。

紅いチェックのブラウス、光沢が青を載せるバックル付き黒ジャケット。
ブラウスの襟元には、紅いリボンタイ。
薄い白のパニエドレスの上から、黒いガーゼフリルの膝下丈ドレスが流れている。
ふわりと広がるドレスの左裾はヘッドピースで持ち上げられて、黒の編み込みロングブーツが美しく映る。
白に近い金髪はほぼ普段通りだが、右耳の上には斜めにちょこんと留められたミニシルクハット。
シルクハットに飾られた極細の赤いリボンの中央に、クロスフィールド学園の校章が金色に輝いていた。

「メランコリィがコーディネイトするって聞いたときから、こんな予感はしてたんだよねえ」
固まってしまっているカイトとルークへ、フリーセルは小首を傾げて苦笑する。
…そう、彼の姿は完全に女装である。
そして文句なしに、
(可愛い…)
隣ではた、とルークが手を叩いた。
「そうか。アイドルとか、あとV系バンドって言うの? ああいうグループって、大抵1人が女形してるんだっけ」
2年前までは世俗に疎すぎるほどであったルークも、こういった"普通"が判るようになった。
「文化祭のカイトの女装も、僕は似合ってたと思うよ?」
ふふっと笑ったフリーセルは、服装が女物とは思えぬ違和感の無さでカイトの目の前までやって来る。
「カイトもルークも格好良いね! 良いなあ、そういう服も着たかったよ」
カイトが彼の頭に手を伸ばしたのは、おそらくは無意識。
その手はフリーセルの髪をゆっくりと撫でた。
「…セル、すっげぇ可愛い」
幾分熱の篭った視線でカイトにじっと見つめられ、フリーセルはうっ、と言葉に詰まる。
「あ、あんまり見られると、さすがに恥ずかしいんだけど…」
「これからずっと見られることになるんじゃないかな? PVだし」
ルークの言葉に、フリーセルはらしくもなく言葉を濁した。
「判ってるけどさ…」
本格的に恥ずかしくなったかパッと向こうを向いてしまったフリーセルに、ルークは笑みを零す。
(カイトに見られるのが恥ずかしいんだよね。きっと)
撮影監督がメガホンを振り上げた。
「はーい、じゃあ撮影入るよ! 3人とも位置に着いて着いて!」



*     *     *



√学園カフェテリア、通称"天才テラス"と呼ばれる2階スペース。
食い入るようにキュービックの持ち込み端末へ見入っていた面々が、ほう、と大きな息を吐き脱力した。
端末に表示された画面は一部が真っ黒で、左下には"もう一度再生しますか?"と表示が点滅する。
動画は有無を言わせず勝手にリピート動作を始め、PV用の衣装に身を包んだカイト、ルーク、フリーセルが楽曲に合わせ踊り始める。
ノノハは『カイト、リズム感あったんだね…』等と失礼なことを思った。
が、問題はそこではないのだ。
「おーまいごっど…」
成績優秀者から出たとは思えない日本語英語が、ゆらゆらと発せられる。
声の主たるソファへ腰掛けたノノハは、両手で頭を抱え込んだ。
「どういうこと…ねえ、どういうこと…!」
カイトってこんなイケメンだったっけ違うよね違ったよね?!!!
ルーク君はいつもと変わんないけどまさかあの色気が同い年なんて思えない無理無理無理!
あと! あと!
「フリーセル君、反則でしょおぉぉぉ!!!」
うわあぁぁこれが男の子とか世界がおかしい間違ってる私どうしたら良いの…っ!!
頭を抱えてこの世の終わりのような叫びを上げるノノハに、キュービックが首を捻った。
「何言ってるの、ノノハ。カイトは元から格好良いじゃないか」
彼の向こう側から、アナが手を上げて賛同する。
「イケメンー!」
しかも、アナの言葉はそこで終わらない。
「フリーセルもひらひら似合って可愛い〜今度、アナもあの子の服選ぶ!」
そうじゃない、そうじゃないんだと嘆くノノハには、残念ながら賛同者が見当たらない。
なぜなら。
「へえ! これフリーセル君かい? 凄いねえ」
ソウジは純粋に、後輩を応援する先輩としてPVを見ている。
フリーセルの…乱暴に言えばゴスロリ衣装を纏う姿も、『可愛いよねえ』なんて、まるで兄の顔である。
「ガリレオ、この子のこと知ってるの?!」
「あ? あー、アントワネットが転校してくる前だったか、あいつ来てたの。
フリーセルっつってカイトの親友で、歌のパズル創るのが得意なヤツだったぜ」
現役女子中学生アイドルであるエレナは、ギャモンを質問攻めにしている。
「歌のパズル…。道理で、CD発売記念会の日程を暗号で歌っているわけね。
そんなことより、この人が男だって言うの?! ルーク様だけでも強敵なのに!」
「強敵? 何のだ?」
「アイドルとしてのライバルに決まってるでしょ! もう、ユニットな上に"男の娘"が居るとか王道じゃない…!」
さすがルーク様、いえ、この場合はビショップ様かしら?
ちょっと対策練らないと、なんて呟きが漏れている。

「ねえねえ、皆も行くよね? CD発売記念会」

キュービックの問い掛けにえっ? と問い返したのは、ノノハだけだった。
彼女以外の面々は、一斉に頷く。
「もちろん。タマキ君とアイリ君も行くって言っていたよ」
「行く行くー! イヴお姉ちゃんが、ミゼルカと一緒に遊びに来るの!」
「当然よ。敵情視察しないわけにはいかないわ」
「カイトを笑いに行ってやるに決まってんだろ? おっ、そうだ。ミハルも誘ってみっか」
彼らは一体、何の話をしているのだろうか。
戸惑うばかりのノノハを余所に、天才テラスの面々は勝手に盛り上がっている。
何の話かと尋ねても、どうやら自分たちの会話に夢中で聞いていない。

「………いい加減に私の話を訊けぇーーっ!!」

ノノハの怒声が響くまで、あと5秒。
13.10.5 (アイドルはじめました。)

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