迷い込んだ場所を省みて、フランスのルーブル美術館のようだと感想を。
カイトが部屋の中心へと駆け、足を止める。
同じように足を進めようとして、不意に現れた気配。
「ダメだよ。それ以上進んじゃあ」
背後を振り向き、驚愕に言葉が止まった。
(なん、で…)
知っている。
その色素の薄い金の髪も、湖のように青い瞳も。
名を紡ごうとした先で、すっと右手が上がる。
パチン! という指鳴りに呼応し、カイトを囲う鏡面が出来上がった。
「カイト?!」
上げた声に振り返ったカイトの姿が映り、霞み、見えなくなる。
「なんだよ、これ…」
驚きが勝り、注意力が削がれる。
ふっと両の視野に入った手に、は身体が硬直した。
身は難なく腕の檻に囲われ、後ろから抱き竦められる。
耳元で、まるで宝物のように囁かれたのは。
「約束通り、戻ってきたよ。君のところへ」
この巨大な建物に繋がる唯一の階段。
階段に埋め込まれた透かし文字は、『KAITO IN』。
だが降りようと足を踏み出したは、ピタリと動きを止める。
(光、が?)
足元に何かが反射し、断続的に光っていた。
1秒の光と、その半分に満たない光。
点滅を繰り返す光をじっと見下ろして、視線をやや斜め後ろへ引く。
昨今、懐古の仲間入りを果たそうとしているフィーチャーフォンだ。
階段と入り口の僅かな隙間に差し込まれたそれを引き抜き、開いた。
ロックも掛かっていない画面は、未送信メールを表示している。
知らない宛先、空白のタイトル。
本文にはただ一言。
『Please wait.』
迷わず書かれた本文をクリアし、別の一文を記入して送信した。
『Been accepted.』
目の錯覚を起こす階段を下り切り、は四角錐を潜り抜け校内へ向かう。
がらんと空虚な空間で辿り着いた先は、図書室だった。
手にしたままの携帯電話を見下ろせば、もう着信を示す光はない。
…あの断続的な点滅は、欧文文字のモールス信号だ。
1秒の光とその半分の長さの光の組み合わせ。
示された単語は"library"。
(人は居ないな)
しかし何もない、ということはないだろう。
ゆっくりと奥へ進み、1つ2つと本棚や長机を通り越す。
「…またケータイかよ」
4つ目の長机にぽつんと置かれていた、今度はスマートフォンだ。
着信の光が点っており、迷わず手に取りメニューボタンを押す。
『お前、何者なんだ? 学園にこんなもん創りやがって』
突然、カイトの声が響いてきた。
画面は真っ暗なままだ。
『小手調べだよ、カイト。君の大嫌いな、"人殺しのパズル"でね』
そして、もう1人。
「……」
なぜ、と発しようとした口を、閉じる。
(あの鏡の中の声か)
窓に目を向けても、四角錐の建造物は見えない。
(…いや、)
見えない場所にしたのだ、わざと。
やけに高度なパズルの説明が始まり、椅子を引いて腰を落ち着けた。
サングラスを外せば、久々に元の色彩が視界に広がる。
『オレの他にもう1人居ただろ。アイツはどうした?』
『安心して。君と僕以外、この建物には居ないからね』
見知った声だ。
(何年も前だから、記憶より低いけど)
けれど、怨嗟の篭る声だ。
囁かれた声には一切乗っていなかった、引き攣れた響き。
時折混じる、人の心を抉るような言葉。
それさえもまだ小手調べか。
(カイトが嫌い? いや、憎い? 何で?)
音声が静まり、解答時間が始まったのだと理解した。
このパズルは数分で終わるだろうが、ここに待ち人が来るのはもっと先のような気がする。
「…俺にずっと待てって?」
時間制限書けばよかったな、と今更ながらにメール文面を思い返した。
欠伸を1つ、腕を枕に頭(こうべ)を預ける。
まだ、パズルは続いている。
ーーーふっ、と意識が浮上した。
鋭い破砕音の後に何の音も聴こえなくなったので、安心して寝入っていたようだ。
いや、意識が覚めた理由は人の気配。
閉じた視界の向こう、自分のいる場所から数歩先に気配が立ち止まった。
「君は、今もPOGに飼われているのかな」
目を、開ける。
「飼われてない。昔はそうだったけど、少なくとも今は」
軽く睨み据えれば、相手はひょいと肩を竦めた。
「そうかな? ルーク・盤城・クロスフィールドの居ないPOGは、まるで軟弱じゃないか」
外部の人間に頼るなんて、以ての外(ほか)だ。
(否定はしない。あいつのパズルは剣になるけど、他のヤツらのパズルは盾でしかない)
身体ごと向き直り、初めて正面から相手を見上げた。
…成長の過程で歪んでしまったのは、お互い様らしい。
「POGのギヴァーは、『盾』だ。財を守り、自らを守る盾。だから俺はその『剣』で在り続ける」
彼が戻ってくるまでは。
見返される青い瞳は以前と変わらず美しいが、思惑の色が揺らいでいる。
ややの間を置いて、相手が苦笑と共に息を吐いた。
「OK. Time up.」
それは、話題を打ち切るための合言葉。
「君には他に、言ってほしい言葉があったのに」
我侭な奴だな、とは眉を寄せた。
「お前がそんな話振って来なきゃ、最初に言ってやったのに」
目の前にしゃがんだ"彼"へ、呆れを交え微笑む。
猫のような薄金の髪をそっと掻き揚げ、その額に挨拶のキスをひとつ。
「おかえり、セル」
ふわりとした笑みが返り、そのまま抱きつかれる。
「うん。ただいま、」
フリーセルはカイトに向けた笑みなど露ほども感じさせぬ、幸せに満ちた笑みを浮かべた。
12.4.13
このときの設定。
夢主はゲーム設定(POG所属のソルヴァー)で、ルークの指示でカイトたちの元へ。
CPとしてはルーク×夢主→←カイト、で最終的にはカイト×夢主。
フリーセルとはクロスフィールド学園留学時代に知り合った。
2期夢としてはカイト×夢主でフリーセル×夢主という修羅場混じりだった。…気がする。
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