青い箱庭【前哨戦】

(大人組連作SS)




ディスプレイの時計が、刻々と時を打つ。
シュン、と扉が開く音に振り返れば、間に合うだろうかと危惧していたメンバーが姿を見せた。
「おっかえりー、リヴァイ。間に合ったね」
「ああ」
セキュリティサービス会社『Scutum Alae(スクートゥム・アラエ/翼の楯)』第3オフィス、地上5階。
地下2階に設置された基幹コンピュータ直通の回線を有するここは、サイバーチームを率いるハンジのフロアだ。
ビル内装ぶち抜きフロアに、大型ディスプレイや小型サーバー、ルーターやらファイアウォールやら。
ITを称すると確実に必要なものが、オーバースペックに設置配備されている。
フロアを見回せば代表取締役のエルヴィンこそ居ないものの、国内の所属社員がほぼ顔を揃えていた。
無論、リヴァイの率いる班員たちも自身のPCセットに陣取っている。
リヴァイはハンジの散らかったスペースの隣、ピシリと整えられた己のスペースでPCの電源を入れた。
するとハンジとは反対側の隣から、アイスティーのグラスが差し出される。
「お疲れさま、リヴァイ」
今生では実妹として生まれたナナバだ。
ついでにおしぼりとビスケットが添えられ、気が利いている。
「ああ。悪いな」
立ち上がったPCのOS起動画面に黒と白の双翼が浮かび、それが旗となってひらりと靡く形で止まっている。
(いつ見ても思うが、暇人だな)
これは遥か昔…リヴァイたちが兵士であったときに…所属していた兵団の、シンボルであった紋章だ。
こんなものがOS起動画面に出るということはつまり、このPCのOSは独自開発のものであることを意味した。
…世界でただ1箇所、『翼の楯』中枢社員のみが使用するOS。
デスクトップが表示されるが早いか、リヴァイは飾り題字で"AOT"と書かれたアイコンをダブルクリックする。
そうしてビスケットをひとつ齧り、世界でもっとも利用されているSNSへログインした。

『本日xxx(地域名)時間20:00より、AOTマスターイベントを開催します!』

トップページには、そんなバナーが踊っている。
今リヴァイたちが住む地域のイベント開催日であり、他国の地域はまた別の日程が組まれていた。
「どんなイベントか分かったか?」
「大方はね。説明書きがちゃんと出てたから」
ハンジは手持ち無沙汰にボールペンをくるくると回した。
AOTへログインした最初の画面は、『翼の楯』オフィスだ。
そこでリヴァイは自身のアバター設定画面を開き、装備変更を選ぶ。
アカウント名は『Fortissimus(フォルティッシモス・最強)』。

巨大SNS『AOT』は、仮想の『現実』世界だ。
現実世界で人が行き交っているように、AOTもまた、電子の世界で"生きて"いる。
ある意味、先進国に住まう人々は、2つの世界を生きていた。

「今回のは、鍵管理者(キーマスター)とその周辺のペットアバターを、制限時間内に捕まえる鬼ごっこ。
捕まえられたら、上位100名に特殊装備が配布されるって。あと、」
上位50名には、鍵管理者リアルイベント招待券を対象にしたゲームへの参加券が手に入る。
捕まえられずともアバターの動きや移動距離等に応じてポイントが入り、順位付けされていくようだ。
ちなみに特殊装備は、上位12名と残り88名で種類が違うらしい。
「鍵管理者12人、それぞれ最初に掴まえたやつとそれ以外、ってことか」
「まあそうだろうね」
ニマリと笑い、ハンジは両の手指を組んだ。
「あと15分」
鬼ごっことなると、フィールド要素に合わせた装備がものを言う。
今回のイベントフィールドを確認すれば、懐かしい光景が広がっていた。
(巨大樹の森…)
有に50mはあろうかという樹々が生い茂る、深く暗い森。
12人の鍵管理者たちはこの内側から、そして追い掛ける一般プレイヤーは外からのスタートとなる。
鬼は一度森へ入ると、出られない。
他方、追い掛けられる12人は森の外へ出られる。
出て10分後に森の中の何処かへランダムに転送される、と説明書きがあった。
転送先とされる箇所は、400m四方の円でおおよその当たりが表示されている。
これも12箇所。
「チッ、面倒くせぇな」
逃げる相手はたったの12人、彼らはこの地域ではフルで1千万単位となるプレイヤーを相手にする。
ゆえに、彼らには幾つかの優位点が存在した。

1.1種類の武器が使用可能(攻撃が相手にヒットした場合、相手は10分間動けない)
2.3種類までの能力ステータス3分間上昇(『速度』ステータスを3分間MAX、等)
3.特定のメンバーが条件に則って揃うと、フィールド全体効果が発動する。

「うはあ、さすがに参加者多いなあ」
これ、AOTの管理下サーバーフル稼働じゃない?
『翼の楯』基幹コンピュータを開発したハンジは、開発者らしいコメントを呟く。
ハンジに続いて、リヴァイもイベントフィールドへログオンした。

だだっ広い草原に、かなりの数の参加者が時間つぶしに屯(たむろ)している。
やや遠目に見える先には見た通り巨大な森が、フィールドの端から端までを埋め尽くして鎮座していた。
どれだけの奥行きがあるのか、まったく窺えない。
リヴァイは自身のアバターを操作し、森へ近づく。
「班長」
画面の中で呼び掛けられ足を止めれば、現実世界での班員であるペトラだった。
彼女の隣にエルド、グンタ、オルオも居る。
「我々は班長のサポートに回ります」
「ああ、頼む」
彼らもリヴァイも、腰部に翼の形をした装備品を着けている。
腰の左に左翼、右に右翼があり、手には翼と繋がる拳銃が2丁。
両翼それぞれと繋がる銃で撃った先へ最大50mを跳躍出来るもので、移動にのみ使用出来る。
…これはかつて"立体機動装置"と呼ばれたものを、現代風にカスタマイズしたものだろう。
扱いは以前と同様、難しい。
例え仮想世界のものであっても。
そもそもの入手条件がSランクのアイテムのため、AOTにおけるゲーム上級者の証でもある。
「ほら、始まるよ。リヴァイ」
いつの間にか隣に居たハンジが、巨大樹の森のある方向を指差した。

キラ、と稲光に似た七色の光が落ち、12個の人の形を象る。
「皆さん、AOTマスターイベントへようこそ!」
"黒妖精"とアバター名が表示された金髪の少年が、集まった者たちへ朗らかに笑った。
(アルミン・アルレルト…)
「立ち話はなんですから、フィールドへ向かいましょう」
説明は彼が行うようで、他の鍵管理者の面々が雑談をしながらこちらへ背を向ける。
その瞬間、スローモーションアニメーションで、彼らに新たな装備が装着された。

ふわり、と靡いた深緑。
深緑の中央には、盾に白と黒の翼が描かれた紋章。

リヴァイの隣で、ハンジやペトラたちが息を呑んだ。
("自由の翼"…!)
その深緑のマントは、『調査兵団』で使用されていた外套そのものだった。
「おっ、すっげー。やっぱ実際に着けたらカッコイイな!」
"黒妖精"よりも先を歩くメンバー、中央に居た少年が自身のマントを確かめるように後ろを振り向いた。

(…エレン)

鍵管理者たちのアバターが現実世界とほぼ同じであることは、すでに調査済みだ。
"天使"とアバター名が表示された少年は、黒髪の少女と肌の浅黒い少女に挟まれ、楽しげに話している。
大量に居る一般プレイヤーの1人であるリヴァイになど、気づくことなく。
「今ご覧になったこの緑のマント。これが、上位12名に配布されるアバターです」
皆さん頑張ってくださいね、と"黒妖精"がイベントの説明を続けていた。

(エレン)

どうしても、守りたかった。
守れなかった。
必死の思いで最後に"約束"した言葉は、最悪の"嘘"となって彼を傷つけた。
「…少なくとも、アルミンは"覚えてる"側だろうねえ」
マイクをオフにした現実側で、ハンジが呟く。
彼女自身としても"覚えている"のではなく"夢で見て知っている"のであるが、そこは些細な違いだ。
「リヴァイはやっぱエレン狙い?」
「…ああ」
「そっかそっか。じゃあ私は…"のっぽさん"でも狙おうかな!」
ハンジは常の揶揄いを引っ込めて、マスターイベントへ意識を戻す。
AOTで鍵管理者が…『エレン』が姿を現す度、リヴァイが一切の余裕を失くすことをよく知っていた。

普段からそう表情の変わらぬ元上官・現兄の眼差しが愛と哀に彩られる様を、ナナバは掛ける言葉もなく盗み見る。
(エレン…エレン・イェーガー。この国の国軍に所属し、サイバー部隊の一角を担う人材)
彼だけではない、鍵管理者は全員が同様の軍属である。
(それから、)
かつて『人類の希望』と呼ばれた、1人の少年兵士。

ナナバにとっても後輩といえる存在であったが、残念ながら深く関わる前に彼女は死んでしまった。
ただ、兵士長であったリヴァイに常に付き従う存在で。
(こっちでミケとハンジから話を聞いたときは、そりゃ驚いたけど)
兄妹として暮らして解ったリヴァイという人間の内側に、ナナバはどこか納得もした。
(自分自身を懸けて守って良いと、公に認められた相手)
人類最強と呼ばれ、調査兵団の…ひいては人類の切り札(カード)であった彼の、初めての。

『アイツを従えることは、誰にも出来ない。本当の意味で"自由"だった』

それは"憧れ"であったのかもしれない。
今となっては知る術も無いが、ナナバは思う。
(亡くすばかりだったところに現れた、自分よりも優先できるもの。たぶん、そんな感じだ)
しかしエレンの最期のことは、ほんのひと言しか聞いていない。

『エレンは、俺が殺した』

ああ、と察することは出来た。
ゆえに、それ以上を尋ねることは出来ずにいる。
(だからどうか、)
その降り積もってしまった後悔が、少しでも雪解けとなることを願うばかりだ。



*     *     *



「うあああ、リヴァイ良いなあ! 調査兵団のマント!!」
「うるせえ」
今日も今日とて情報収集も兼ねてAOTへログインしてみれば、基本的に四六時中ログインのハンジが絡んできた。
無論、以前のマスターイベントで手に入れた、上位12名のみ配布の装備をしていた所為だ。
念のため追記すると、ハンジは"リヴァイ"と呼んでいるが、AOT内ではアカウント名に自動変換されている。
これは鍵管理者たちが配布した、単語切り替えサービスの恩恵だ。
「あ、そーだ。エルヴィンが久々に本社に帰って来るってさ」
「ほう、ようやく何か掴んだのか」
ハンジのアバターはひょいと肩を竦めた。
「どうだろ? ま、後で招集掛かるでしょ」
「ああ」

『翼の楯』代表取締役であるエルヴィンは、本社へ戻ってリヴァイを見るなりこう言った。
「待たせたな、リヴァイ」
それの意味するところは、1つだ。
リヴァイと同じく待機組であった班員たちも、慌てたように傍へやって来る。
「エルヴィン社長! それはつまり…」
この面子がなぜ、セキュリティサービス…ひいては護衛任務を生業としているのか。
その理由は非常に単純。
エルヴィンは頷き、詳細は後でと前置きする。

「国軍が、Team.104の専属SPの雇用を決めた」

国営から民間まで、その筋で国内認可を受けていれば公募に参加することが可能だ。
ハンジがパン、と拳を掌にぶつけた。
「よっしゃ! これで今までの経歴がモノを言うよ!」
輝かしい『翼の楯』の実績は、このときの為に作られた。
リヴァイは下ろしたままの拳をぐっと握り締める。
(やっと…!)
まだ油断は出来ない。
けれどようやく、スタート地点が見えたのだ。

「…エルヴィン。その契約、絶対に取れ」

抑揚のない声とは裏腹に、銀灰の瞳には激情に近い色が宿っている。
エルヴィンは頷きを返した。
「もちろんだ。何のためにここまでやって来たと思っている」
「ハッ、そうだったな」
エルヴィンなら、他の会社を完膚無きまでに叩き潰すことだってやってのけるだろう。
人の悪い笑みを浮かべて、リヴァイはフロアを後にした。
(やっと、ここまで…!)
なぜ、護衛任務などを生業にしているのか。
その理由はとても明快。

(エレンを、守るために)

守りたかった。
守れなかった。
何よりも愛していた。
自分の命と引き換えにしてでも、助けたかった。
(覚えていなくて良い。思い出さなくて良い)
エレンの何かを想う度に、心臓が軋んで悲鳴を上げる。
守れなかった約束が、ただひたすらに後悔の雪を積み上げる。

(何も、知らなくて良いから)

『翼の楯』本社、最上階。
ガラス張りのそのフロアからは、摩天楼の向こうに海が見えた。
果てに続きそうな程の青を、抜けるような空の青と共にただ眺める。
(お前も、海を見ているだろうか)
アバターではない、血の通った現実(リアル)の姿を見たい。
叶うことなら、声が聴きたい。

「…エレン」

どうか、と。
願う声は、ガラスの向こうへ届いたのだろうか。
リヴァイはスマートフォンが呼び出し音を鳴らすまで、ただ静かに佇み。


ーーー海を、見ていた。
>>…to be continued?



2014.5.19
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