巨人の時代に在ったこと。

(3.and...)




傾き始めた日が、樹々の間から注いでくる。
リヴァイはいつもエレンが海を見下ろしていた場所に立ち、水に沈みゆく太陽を眺めた。
「なあ、エレンよ。お前には、この景色がどう見えてたんだろうな」
彼の後ろには、均(なら)されて新しい土の地面がある。
「壁内から見る空よりは、確かに綺麗かもしれねえな」
そう、美しい世界だ。
ゆえに残酷で、ゆえにその美しさは際立つ。
けれどリヴァイの目に映る世界は、ただ美しいだけであった。
(お前が生きていたときは、眩しかった)
土だらけの手をハンカチで拭い、握り締めていた右手を開く。
ころりと転がった小さなそれは、銀細工の指輪。
リヴァイがエレンに贈った、ただひとつの形あるもの。

此処は、エレンの墓だ。

リヴァイが1人で彼の遺体を抱えて登り、そして埋葬した。
墓石など無い、他の目印も無い、そんなものは要らない。
此処はリヴァイだけが知っていて良い場所で、リヴァイとエレンだけが知る特別な場所だ。

拠点にもエレンの墓は在る。
だが収められているのは彼の装備品…深緑の外套、カーキのジャケット、白の立体機動装置…だけだ。
それを知るのはリヴァイとエルヴィン、ハンジ、そしてエレンの同期たちに限られる。
「なあ、エレン」
調査兵団の壁外拠点には、4ヶ月から半年の間隔で憲兵が隊列を組んで訪れる。
目的はもちろん巨人化出来る兵士であるエレンであり、調査兵団の誰もそんな輩は歓迎しない。
あと2週間もすれば、彼らは再びやって来る。
エレンをいつまでも"人間"と見ない者に、死者の尊厳など求めるだけ無駄だ。
元より墓荒らしなどさせる気もないが、エレンを拠点に埋葬する気は初めから無かった。
「お前は、良い馴染みを持っているな」
言い出したのはアルミンで、即座に頷いたのはミカサで。
埋葬する本当の場所は教えなくて良いと言った彼らには、正直驚いた。
リヴァイは己の左手薬指の指輪を外し、ポケットに入れていた細いネックレスチェーンに通す。
エレンの指輪もチェーンに通して、首から下げると服の下に仕舞い込む。
…何も遺らないことに耐え切れないのは、リヴァイの方だった。

「エレンよ。お前は『幸せだ』と言ったな」
そうだ、俺も幸せだった。
「だがお前は居ないんだ。どこにも」
唯一、失わずに済んだ存在だった。
あんな環境下に在ったからこそ、此処まで来た関係だったのかもしれない。
エレンとの関係性に、後悔は無かった。
無い、からこそ。
(お前との記憶だけで、お前への想いだけで、生きるのか?)
否、生きられるのか?

日が、沈む。

外していた立体機動装置を装備し直し、ランタンの灯りを点ける。
足元に灯りを置き、リヴァイはエレンの眠る地面に手を触れた。
終ぞ伝えられなかった言葉を、手向けに。

「愛してる、エレン」










エレン・イェーガーの死去から3ヶ月後、ミカサへの役職引き継ぎを終えたリヴァイは拠点を離れた。
まだ一番鶏も鳴かぬ未明に、人知れず。
気づいたハンジが慌ててリヴァイの家へ行くと、1枚の紙きれだけが彼女を出迎えた。
彼らの個人的な持ち物はすべて消え、厩舎にはリヴァイとエレンの愛馬が居ない。
紙切れには見慣れた筆跡で、ただ一言。

"世話になった"

…と。
--- 巨人の時代に在ったこと。 end.

2013.10.14

ー 閉じる ー