未来を、
(この手で創りに。)
エレン・イェーガーの処遇を決める審議。
その日程の開示は、第87回壁外調査の申請が受理された後であった。
予測済みというよりも、"今までに"『繰り返した』中でもほとんど変わらぬ事象のため、考える必要が無かったとも言える。
…審議に本人が召喚されないことも、同様に。
調査兵団による猛抗議を予想していた憲兵団や内地の上流貴族たちは、あっさりと肯いた彼らに肩透かしを食らった。
当日の審議所に揃うのは、数年前、エレンの身柄について議論した際の面々がほとんどだ。
ピクシスは空白の中央、その地下を見通すかのように視線を据えた。
(エレン・イェーガー。どうか今回こそは、)
君の未来を掴みたいものだ。
エルヴィンやリヴァイが、何の手も打っていないということは有り得ない。
さりとて、ピクシスが聞いているのはひとつだけ。
ーーーエレンの処遇が決まったら、その後一週間はウォール・シーナに近づかないことです。
(さて、あやつらは何をする気かな)
懐の酒瓶へ手を伸ばし、審議中だったなと思い直す。
審議と言っても、もはやただの事実の羅列。
総統ザックレーが下す決議も、変わることはない。
久々に飲みにでも誘ってやろうか。
「エレン・イェーガーを最後の巨人として公開処刑とし、後は人類を救った英霊として祀る。
異論がある者は述べよ」
やれやれ、と肩を竦めたピクシスは、何を言うでもなかった。
今頃ウォールシーナ以東の各門では、元調査兵団の面々が息を殺して潜んでいるが。
(如何ようにエレンを奪還するのか)
ピクシスが知る由もないが、せめて彼らの邪魔だけはせぬように努めたいものだ。
エレンの処刑は、4日後と決まった。
「で? おぬし個人としてはどうだったんだ?」
ウォール・ローゼ南方、復興したトロスト区壁上にて、ピクシスは隣の男へ問い掛けた。
ザックレーは旧友へ胡乱な目を向ける。
「何の話だ? ピクシス」
かっかと笑い、ピクシスは懐から酒瓶を取り出した。
「とぼけんで良い、エレンのことさ。総統ではなく一個人として、今回の処遇はどう思っておったんだ?」
一口酒を煽り瓶を差し出せば、ザックレーはそれを受け取る。
次の一言が出るまで、だいぶ時間が掛かった。
「…前途ある若者だ。壁外永久追放と出来れば良かったのだが」
王命が来てしまっていたのでは、仕方が無い。
己と同じく昼間から酒を煽ったザックレーに、ピクシスは苦く笑った。
「その処遇であれば、本人も調査兵団も喜んで受けただろうな」
エレンの処刑は、もう明日だ。
ピクシスは広がるウォール・マリアの先、調査兵団が旅立った南の地平を見つめる。
(もうこの方角には居らんかな)
「ピクシス、あれは何だ?」
問われザックレーを振り返れば、彼はウォール・シーナの方向を凝視している。
同じくウォール・シーナを見て、ピクシスは目を見開いた。
「あれは…」
ウォール・シーナの内側から、煙が上がっている。
工業区の煙ではない。
(…あの煙は)
3年と少し前に、自分たちの背後の街が同じ煙を噴き上げたのではなかったか。
「ピクシス司令!」
直属の部下が血相を変え駆け寄ってきた。
「どうした?」
「ウォール・シーナに巨人が出現しました!!」
まさか。
返す間際に紅い閃光が稲光り、直後にズシン、と地鳴りが壁を揺らした。
揺れで体勢を崩したザックレーを支え、ピクシスはもう一度ウォール・シーナを見る。
そこで、言葉を無くした。
シーナの壁の向こう側から覗く、赤と白の筋肉繊維が剥き出しになった頭、壁を掴む巨大な手。
「超大型巨人…?!」
「ウォール・シーナに、なぜ…?!」
ピクシスはもうひとつ、思い出した。
巨人化出来る人間が、エレンだけではないことを。
* * *
ウォール・シーナは貴族たちの居住区、工業区、そして政治中枢である王都の3つで成り立っている。
憲兵団本部や審議所は王都にあり、中心には王城が建つ。
その日、ベルトルトは王都入り口の警備担当となっていた。
ジリ、と照り付ける日差しに顔を上向ければ、太陽が天頂に来ている。
(…もうすぐ)
地下牢へ、担当の憲兵がエレンの先行きについて本人へ説明に行くだろう。
エレンがほとんど眠っていたせいか、今では彼の様子を見るために牢を覗き込む者は居ない。
ただでさえエレンを意味もなく恐れていたのだから、数日前から彼が水晶の住人となっていることも知らない。
ドサリ、と重い物を落とす音が狭い通路に響いた。
今しがた刺殺したばかりの憲兵の身体から、牢の鍵を探り当てる。
目当ての格子を開ければ、夢で出会わなくなった相手が水晶の中で眠っていた。
暗闇の中で時折きらりと光る水晶に、そっと手を触れる。
「エレン」
実体として声を発したのは、何年ぶりだろう。
アニは眠るエレンを、ただただ愛おしげに見つめた。
「待ってて、」
貴方を、皆のところへ連れて行く。
ベルトルトが差し入れてくれたナイフをジャケットの裏へ仕舞い、アニは指に嵌めた仕込み指輪を動かした。
轟音と共に瓦礫が飛び、まさに青天の霹靂と言えよう。
王都の中に前触れもなく立ち上がった影は、恐怖を呼ぶに十分であった。
「きょ、巨人だ…!」
「巨人が現れたぞ!!」
瓦礫から上がる砂埃に隠れ、巨人化したアニは右の掌を開く。
エレンの水晶には傷ひとつ入っていない。
名残惜しく左手でその表面をなぞり、アニは彼の姿をぱくりと口に入れた。
…見据えた先に在るのは、王城。
瓦礫の靄が晴れる前にアニは駆け出した。
巨人に対したことのない憲兵たちの情けなさは、今さら云うべきことでもないだろう。
それでも団長であるナイルの指示の下、出現した巨人を追うべく師団が街を飛ぶ。
「ナイル団長! 巨人が王城へっ!!」
一目散に王城を目指し走る巨人は、女のような姿をしている。
その足は早く、立体機動装置でも差が縮まらない。
(あれは、まさか)
ナイルも実物を知らない。
調査兵団が捕らえた、エレン・イェーガー以外の巨人になれる人間を。
憲兵団に所属していた、1人の女兵士の巨人化した姿を。
(アニ・レオンハートなのか…っ?!)
人間たちが足元で逃げ惑う様が映る。
脚が遅いのは、兵士でない人間の方が多いからだろう。
アニは着地した右足に力を込め、目の前の王城へと飛びついた。
…彼女の目的は、やはりひとつだけ。
中に居た憲兵が立体機動装置で飛び出してくる。
自身の身体へアンカーを突き立てた幾つかの影を、まるで羽虫を払うようにはたき落とした。
ほんの2歩分を登ったところで、楼閣の天井に手が届く。
(こいつらが、こいつらが…!)
名前も知らない、姿も知らない、壁の中を治める何も知らない人間が。
(いつもエレンを殺す…っ!!)
咆哮を上げた女型巨人が、その右手を王城へと突き立てた。
一瞬静まり返った気がしたのは、人々の絶望が一致した所為かもしれない。
城に突き立てられた右手が引き抜かれ、ガラガラと天守であった部分が崩れ落ちる。
「王城、が…」
王城には、王が居る。
壁に囲まれた人類最後の土地を治める、王が。
出現してから、ほんの5分だ。
この先も在るはずであった絶対的なものが崩壊するには、十分な時間であった。
紙のように白い顔色となった同僚たちを横目に、ベルトルトは持ち場であった地点を離れる。
石を砕く音が3度、4度と続き、走りながら振り返れば王城がただの瓦礫の山と化していた。
崩し終わって満足したかと思いきや、女型巨人は右足を構える。
(ちょっ、アニ?!)
構えられた右足が足元に堆(うずたか)い瓦礫の山を蹴り上げ、人の身には巨大過ぎる破片が周囲へ飛び散る。
地響きを上げ突き立っていく巨大な岩は、人を押し潰し家々を潰し、ベルトルトにシガンシナ区の様相を思い出させた。
(僕が壁を蹴ったあのとき、今みたいに巨大な岩が飛び散っていた)
ゆるゆると首を振り、懐古しようとする脳を揺り起こす。
(ずっと昔に決めたはずだ。『繰り返した』分も、すべて背負うって)
急がなければ、岩の雨に巻き込まれかねない。
ベルトルトは途中で見つけた馬に飛び乗り、只管にウォール・シーナの東を目指した。
審議所は、巨人化した勢いで破壊した。
王城は、たった今この手で叩き壊した。
残る目的物はあと2箇所。
さらに一蹴り瓦礫を降らせ、アニは南へと走り出す。
シーナ全体の様相は分からずとも、王都であれば憲兵団として動いていた頃の記憶で十分だ。
目的の建物が見え、跳躍する。
飛躍の最中(さなか)に両足を硬化し、そして。
憲兵団本部へと着地した。
石造りの壁の破片が飛び散り、衝撃が風を巻き起こす。
(後は…)
腕に引っ掛けられたアンカーを引き抜き、その先ごと投げ飛ばす。
そろそろ、駐屯兵団が集まってくる頃だ。
一歩足を踏み出したアニの左の視界で、紅い稲妻が走った。
ウォール・シーナ東門の壁上に居たイアンは、唖然と目の前の光景を見ている。
「これ、は…」
不意に赤い光が走ったと思ったら、眼前に巨大な塊が在った。
ゆったりと動いた塊が巨人の頭であると理解したのは、その巨体が1歩動いてからだ。
「超、大型巨人…だと…?」
一体、どこから?
壁に対して直角に歩き出した超大型巨人が、右腕を上げる。
ガァンッ! と鉱物同士がぶつかるような激しい音が響き、壁が揺れた。
「な、何だ?!」
そしてガリガリ、と硬いものを無理矢理に削る音が、イアンから見て前方へ響いていく。
シーナ側の壁側面から超大型巨人を見れば、こちらを背にした巨体が、右手で壁を文字通り引き剥がしていた。
「ヤツは何を…」
言い掛けた言葉が、途切れる。
「イ、イアン班長…!」
班員の、驚愕の声が届く。
引き剥がされた壁の中。
ぎょろり、と同じ高さで巨人の目玉が蠢いた。
壁が超大型巨人を支柱として存在していることを知るのは、ほんの極僅か。
"今までに"『巡って』いても、知っているとは限らない。
例えば、"初めに"エレンの死まで生き残っていなかった者は、大半が知らないままでいる。
突如として出現した超大型巨人。
その超大型巨人によって引き剥がされた壁の中にも、同じ超大型巨人。
この段階で生き残っていたウォール・シーナの住人たちは、思い知っただろう。
巨人の居ない場所など、壁内には存在しないことを。
ウォール教本山を蹴り壊したアニは、南側の壁を目指し走った。
「女型巨人が壁へ向かったぞ!」
「どうする気だ?!」
指先と足先を硬化し、壁へ思い切り良く爪を立て、壁を登る。
ガツガツと壁を削りながら壁上を乗り越え、ウォール・ローゼ側へ。
ウォール・シーナ東門のローゼ側に居た元調査兵団員たちが、その姿を見つけ一斉に刃を構えた。
「あいつは壁外調査のときの!!」
3年と数ヶ月前、エレンを狙い右翼部隊を全滅させた、多くの仲間の仇。
…今のアニの目的を知るのは、調査兵団主力部隊と彼女の同期であった者たちのみ。
ゆえに彼らにとって彼女は紛うことなく敵であり、彼女にとっても彼らは敵であった。
敵を待つお人好しなど居ない。
ウォール・ローゼの壁を目指して走り出した女型巨人を追うため、兵士たちは馬へ飛び乗る。
「待ってくれ!」
シーナの東門で待機していたライナーは、彼らを引き止めた。
「何故止める、ライナー!」
「あいつは3年前の仲間の仇だ!!」
水晶に閉じ込められていないなら、討ち果たすことだって出来よう。
しかし大量の蒸気が噴き出す音が聴こえ、誰もが頭上を見上げた。
先程まで見えていた、超大型巨人の姿が無い。
「おい、超大型巨人が消えたぞ?!」
イアンが立体機動で壁から降りてくる。
「さっきの超大型巨人が消えた! だが、壁の中にも超大型巨人が居る!」
シーナ側を見ていない者たちに、彼の言葉は衝撃であった。
「壁の中に巨人だって…?!」
「不味いぞ。巨人は日中に活発になる。もし壁の中が夜間と同じ状態で、今まで活動を停止していたのなら…」
「お、おい! 女型が進路を変えたぞ!!」
南へ向かっていた巨人の姿が、東へ向かっている。
「ライナー! 居るか?!」
シーナ側から呼び声が聴こえ、煙で薄暗い内側から馬が躍り出てきた。
避難民のために開けていた門であるが、誰かが出てきたのはこれが初めてだ。
ここは居住区から離れている上に超大型巨人が出現していた方角、無理もない。
「ベルトルト!」
火に巻かれたのか、憲兵団の外套がボロボロだ。
何度か咳き込み、ベルトルトは口を開く。
「審議所は女型巨人に破壊された! でも地下牢はもぬけの殻だった!!」
イアンの目が見開かれる。
「もぬけの殻…。ではエレンは?!」
ハッと、誰もの視線が小さくなっていく女型巨人の姿を捉えた。
自身に視線が集中したことを感じ、ベルトルトは頷く。
「僕もそう思います。女型巨人の目的は初めからエレンだったと、以前にアルミンに聞きました」
今やエルヴィンに次ぐと云われる、調査兵団の頭脳。
アルミンの名を出されたことで、場の兵士たちの目的意識が切り替わった。
「…ならエレンは、女型巨人が」
いや待て、と誰かが呟き、ライナーを見る。
「まさか、駐屯兵団入りしていないお前がここに居たのは…」
エレンのことで事が動いた場合の要員であると、思っていた。
それは正解、けれど60点だ。
ライナーは視線で肯定した。
「…エルヴィン団長の指示です。エレンの処刑が決まったら、あの巨人は決して黙ってはいないと」
処刑、という言葉に誰もがぐっと押し黙る。
「ならば内地からの奪還はあの巨人に、あの巨人からのエレン奪還は」
調査兵団が。
ボロボロの外套を脱ぎ捨て、ベルトルトはウォール・シーナの壁を見上げた。
「皆さんは、壁内の巨人をお願いします。巨大なだけで弱点は変わらない。
何より、あの巨体でも壁そのものは破壊できないはずだ」
「皆さんはって、お前憲兵だろうが!」
窘めたライナーに、彼は複雑そうに笑った。
「そうだよ。でも僕だってエレンが大事だ。それに…憲兵団本部もやられた」
早馬も出ていないんだ。
小さく舌打ちを零したライナーは、彼らの遣り取りを見守っていた面々を馬上で振り返った。
「可能性を考慮して、ウォール・マリア東門にミカサが待機してます。
あいつで駄目でも、俺たちでヤツを南へ追い込むことは出来る」
そして南へ行けば、いずれ調査兵団本隊とぶつかる。
言わんとすることを彼らが悟るには、十分であった。
「…ベルトルトっつったか。持ってけ、外套なしじゃ夜はキツイ」
バサリ、と駐屯兵団の外套を投げ渡され、ベルトルトは驚きながらも礼を言った。
「ありがとうございます」
どこからか、イアンが軍馬を2頭連れてくる。
「憲兵の、お前はこっちに乗り換えろ。シーナの馬は、調査兵団の軍馬のスピードは出ない」
もう1頭は替え馬だ。
ライナーは信号弾を取り出し、弾を込めた。
「では、俺たちは行きます」
敬礼を取れば、同じく敬礼が返る。
「…頼むぞ」
イアンの一言が、すべてに込められた想いそのものであった。
緑の信号弾が、上がる。
ウォール・マリア東端地区、西門壁上。
辛うじて見えた信号弾に、アルミンはウォール・マリアの地を見渡した。
(来た…!)
北西の方角から走ってくる大きな影は、アニの巨人体だ。
「あ、あれは…巨人?!」
隣に居たハンネスが驚愕し、立体機動で飛び出そうとする。
アルミンは彼の腕を掴んだ。
「駄目です。貴方の腕ではあの巨人は倒せない。
過去、ミカサとリヴァイ兵長が、2人がかりでようやく捕らえた相手です」
「何だって?!」
彼の視線はマリアの壁へ向かう巨人へ注がれたまま、ハンネスには向いていない。
アニの姿を見つけた地上の面々が、次々に馬へ飛び乗る。
(それはそうだ。彼女は、あのときの仲間の仇だから)
アルミンは壁上から飛び降り、叫んだ。
「あの巨人をここで倒してはいけない!」
矛先を止められた馬が嘶き、前足を上げる。
「何故だ、アルミン!」
「あいつはあのとき、水晶に閉じ籠りやがった奴だろうが!」
「それでも!!」
張り上げた声は、誰よりも大きく。
「あいつは今、エレンを匿ってる! 内地から奪還したエレンを!!」
ここに居るのは、ハンネスを除いて皆が元調査兵団だ。
エレンの名前こそが、彼らをここに留め置いている理由。
「何だって…?」
ハンネスがアルミンの両肩を掴んだ。
「本当なのか、アルミン! エレンは…!」
ガツガツ、と硬質な音が聴こえ、女型巨人の壁を登る音だろうと推測する。
息を呑んだハンネスたちへ、アルミンは息を吐き答えた。
「エレンの処刑が決まったら、あの巨人は決して黙ってはいない。
ならば内地からの奪還は女型巨人に、女型巨人からのエレン奪還は…壁外で調査兵団が」
それがエルヴィン団長の指示です。
一息に言い切った彼に、誰かが呟いた。
なんて無謀な、と。
(そんなこと、解ってる…!)
エルヴィンたちとアニ、ライナー、ベルトルトは、エレンが捕らえられた場合の対処を話し合っていた。
同席を求められたアルミンとミカサ、そしてジャンは、それを知っている。
「ミカサが東門に待機していることはご存知でしょう。
彼女だけではエレンを奪還出来なくとも、僕らで本隊の合流地点へ誘い込むことは出来る」
青い目は、強い決断により揺らがない。
ハンネスは誰よりも先に、彼の考えが正しいことを飲み込んだ。
「……そうか」
それでエレンは、"生きられる"んだな?
幾度も失う悲しみを知る眼差しへ、アルミンはもう一度強く頷いた。
ハンネスは長い息を吐く。
「…分かった。他には?」
「もうすぐここに2人来ます。僕の同期で、僕よりずっと腕の良い仲間が」
言った傍から、門側に居た兵士が声を上げた。
「おい! ライナーが来たぞ!」
アルミンは自身の愛馬へ跨り、指笛で替え馬を呼ぶ。
門から飛び込んできた影も、3つ。
「アルミン!」
轡を引き馬を止めたライナーとベルトルトが、アルミンの姿を見つけた。
これが、本当に最後だ。
「…アルミン」
見上げてくるハンネスは、子供の頃と変わらず心配そうな表情だ。
いつになっても僕らは子供か、と少し可笑しくなる。
「さよなら、ハンネスさん。僕らはエレンと一緒に、外で生きていきます」
どうかお元気で。
敬礼をひとつ残し、彼らは西門へとあっという間に駆けて行った。
彼らの背を見送り、ハンネスは右手に触れた心臓がやけに静かなことに気づく。
(…ああ、そうだな)
あの子たちはもう、子供ではないのだ。
東門から上がった、緑の信号弾。
目に留めるが早いか、ミカサは馬へ飛び乗った。
程なく、駆けて来る5つの馬影を認める。
ミカサが替え馬を連れる必要はなさそうだ。
「では、私たちは行きます」
この場所で6日間、時を待った。
審議が開かれ、エレンの処遇が決まり、そしてアニたちが行動を起こす時を。
共に留まってくれた兵士たちにひとつ敬礼し、アルミンたちを待つことなくミカサは馬を嗾け東門を潜る。
間もなくアルミンとライナー、ベルトルトも馬足を緩めることなく壁外へ飛び出していく。
…本当に、これが最後だった。
「閉門準備、急げ!」
これで、調査兵団の者は誰も…壁内から居なくなった。
女型巨人の姿が、だいぶ先に見える。
「アルミン、エレンは?!」
追い付いてきたアルミンへミカサが尋ね、彼は前方を視線で示した。
「アニが連れているはずだ。そうでなければ、彼女が真東に向かう理由は無い」
ほとんど疲れのない軍馬だというのに、追いつくどころか徐々に距離を離されている気がする。
「おいおい…アニのやつ、大丈夫か?」
巨人化が人間の身体に負担を与えることは、彼らもエレンも変わらない。
どれだけ巨人化を意のままに出来るか、両者の違いはその程度。
アニの巨人体がもっとも持久力を持つが、彼女はウォール・シーナからローゼ、マリアを走り抜けてきたはずだ。
「大丈夫じゃないから、じゃないかな…」
ベルトルトの言に、アルミンも同意する。
「僕もそう思う。大丈夫じゃないからこそ、全速で合流地点へ辿り着こうとしている」
その横で、ミカサが低い声で唸った。
「…エレンが無事じゃなかったら、殺してやる」
苦笑を浮かべど、アルミンは彼女の言葉を否定しない。
もしそんなことになったら自分だって刃を振り上げるだろうし、アニも抵抗せずに受け入れるだろう。
(ミカサも大概だけどさ、)
アニも遜色無いくらい、エレンのことが大事だよなあと思う。
ミカサのように、表には出てこないけれど。
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2013.8.11
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