キャスリング

(宝物には鍵を掛けて)




「ハンジさーん!」
「おー、エレン! よく来たねえ!」
ぎゅうぅ〜!
名前を呼んで、広げられた両腕の中へ飛び込み、お互いに抱き締めあって頬擦りをする。
大きくなったとはいえまだまだ子どものエレンを存分に抱きながら、ハンジと呼ばれた女性は視線を上げた。
案の定、赤毛の少女がぶすくれた顔で立っている。
「イザベルもぎゅ〜ってして欲しいのかい?」
「んなわけあるか!」
エレンをは・な・せ!
べりっと音がしそうな勢いでエレンを抱き上げ、イザベルは不思議そうに見上げてくる子どもに溜め息を飲み込んだ。
「『眼鏡の魔女』が、こんなタチ悪ぃとは思わなかったぜ…」
ハンジはにやりと笑みを浮かべ、立ち上がる。
「人聞き悪いなぁ。そんなあくどい商売はしてないよ?」
「よく言う…」
イザベルは呆れと脱力を表情に載せてやった。

ハンジは主に貴金属を扱う、流れのバイヤーだ。
地下街で流れている貴金属を購入し、地上で売り捌くパターン。
あるいは地上へ買い付けに出難い地下街の職人たちを相手に、地上で仕入れた材料を売り捌くパターン。
地下街と地上を心の行くままに流れ、価値を掴み取りまた地下街へ戻る。
その気になれば地上で不自由なく暮らせるだろうに、彼女はいつも地下街へ『帰って』きた。
「地下街好きの変人だよなぁ」
彼女のアジトへエレン共々足を踏み入れて、イザベルは改めて呟く。
「リヴァイにもよく言われたけどね。私はこのスリルが堪らないんだよ」
下手を打てば即座に転げ落ちてしまう、この崖っぷち感が!
ハンジは疲れによく効くという薬湯をイザベルへ、貴重な蜂蜜を溶かした蜂蜜湯をエレンへ手渡す。
ふぅふぅと湯気を吹き飛ばすエレンに、クスリと笑った。

「そういえば、エレンが面白い輩見つけたって?」

薬湯をひと口、後引く苦味にうぇ、と舌を出してから…これがよく効くことは実証済みなので…イザベルは頬杖を付いた。
「面白いとかそんなレベルじゃねーよ…。すっげえタチわりぃの!」
あんたよりも!
言い切って、彼女はまた薬湯の味にうぇ、と舌を出した。
蜂蜜湯にちょびっと口を付けたエレンは、その甘さに目を輝かせる。
「アルミンはわるいヤツじゃないぞ?」
それからきょとんとイザベルを見るので、彼女の唇は尖るばかりだ。
代わりにハンジが身を乗り出す。
「アルミンっていうのかい? どんな子?」
エレンはこくんと蜂蜜湯を飲む。
「んとね、きんぱつであおい目」
「ふんふん」
「すげえもの知り!」
「へえ」
「はりでがいじゅうをはりつけにできる!」
「…んん?」
雲行きが怪しくなってきた。
「はりって、縫い物の針?」
「んーん、それより長かった」
これくらい、とエレンは蜂蜜湯のカップを間に両手で幅を作ってみせる。
「…どういうこと?」
「オレが聞きてえよ!」
ハンジとイザベルの会話は、もはやノリツッコミである。
あ、とエレンが声を上げた。
「あと、これもらったんだ」
エレンは丈が足りなくなってイザベルが新調してやったケープの止め紐を外し、首に掛かる革紐を引っ張り出す。

シャラン、とまろい指先で揺れたのは、エレンの手よりも大きなウォード錠の鍵。
鍵穴に差し込む先端が3重になって、複雑な錠の形を取っている。

ハンジとイザベルの目が、揃って見開かれた。
「それ…!」
決して複製の出来ないウォード錠は、それだけで非常な価値のある『何か』の鍵であることが判る。
(そうだ。確かそれは、兄貴が…)
イザベルはエレンが服の下から取り出した鍵を手にして、穴が開きそうな程見つめた。

『大事なものではあったが、エレンの命には替えられない』

リヴァイがファーランとイザベルを信用してくれた頃、彼が心当たりを訊いてきたものがある。
(それが、この鍵だ…!)
地下街へ逃げ込みしばらくして、失くしたことに気づいたと。
(錠と合わせる部分が3重で、取っ手の部分に)
鍵の取っ手は菱形で、内の上3つの角は丸い装飾が為されている。
その丸い先端にはそれぞれ光る石が埋まっており、しばし考えたイザベルはぎょっと顔を仰け反らせた。
「ちょっ、これ本物か?!」
彼女の大声に何事かと目を丸くしたハンジへ、イザベルはエレンの鍵を突き出す。
「あんた玄人だよな? あんたから見てこの鍵の天辺の、本物か?!」
目前に差し出されぶれた焦点を、ハンジは目を細めることで合わせた。
その目が、徐ろに見開かれる。
「………っ、本物だ」
この国では滅多にお目に掛かれない、これはキャッツアイだ。
(それもアレキサンドライト…!)
天辺に黄金色、右に蒼、左に紅、すべてがキャッツアイ。
特に黄金色のものは、まるでエレンの眼によく似たーーー。
同じことを思ったか、イザベルがハンジと同じタイミングでエレンへ視線を戻す。
「?」
それに対してこてんと首を傾げたエレンに、なるほどと察した。
(時ではない、ということか)
ハンジはエレンとイザベルを気に入っている。
信頼の置ける仕事のパートナーとして、リヴァイとファーランのことも気に入っている。
ならば、ここで判断できることは1つ。
「イザベル。このことは、例えあなた1人の場所でも口にしてはいけないよ」
「…おう」
イザベルは、自分が頭の回る方ではないことを理解している。
ゆえに、地上と地下を行き来出来るこの『眼鏡の魔女』の先見を、それなりに信用していた。
「なあエレン。アルミンはいつもどこにいるんだ?」
ハンジに会わせておけば、後々の保険にもなるだろう。
そう考えたイザベルが問えば、エレンの顔がパッと輝いた。
「今日はとしょかんのちかにいるって言ってた!」
「図書館の地下?」
「王室図書館の地下通路のことじゃないかな。あそこは王族の逃げ道として造られていて、身を隠すには持って来いだ」
エレンの鍵を元のように服の下に仕舞ってやって、ハンジは自分のローブを取り上げる。
「善は急げだ。イザベルも行くだろう?」
「当たり前だろ!」

残った薬湯を一気飲みして、イザベルは死にそうな思いをした。
end?
(時間が掛かりすぎてオチが逃げました…)

2015.11.22

ー 閉じる ー