ウロボロスの翼

(繰り返す円環に、自由を)




知っている。
この光景を、自分は知っている。

これは、ーーー『4回目』だ。



*     *     *



抱き抱えられ、遠ざかる景色。
炎の朱に浮かんだ、途方もなく醜く、とんでもなく残酷な世界を。

「かあさんーーーっ!!」

すでに3度も繰り返してしまっているのだと、今更気づいて何になるというのか。
自分を抱える腕は、子どもの腕では振り解けない。
よしんば降りることが出来たとして、どうやって助ける?
この小さな掌では、身体では、何も出来ない。
何も出来なかったからこそ、こうして抱えられているのではないか。
(嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ)
気づいても助けられないなんて、
(ひどい)
なんて、酷い世界。
(だれか、)
どんなに叫んでも、誰も来てくれやしないと知っていた。
それでも、


「胸糞悪ぃ」


まさか。
この喧騒の中、耳が拾った言葉を自ら疑う。
その視界に、黒い鳥が1羽。
「っ!」
あの色が、黒という色ではないことを"知っていた"。
「ハンネスさ、ハンネス、さん、止まってっ!! 早く止まって!!!」
右にミカサを、左にエレンを抱え走るハンネスは、何を馬鹿なと肩に担ぐエレンを横目に見た。
「馬鹿を言うな! 生き延びるには逃げるしかねぇんだよ!!」
エレンは歯を食い縛り、顔を上げた。

「巨人を倒した…っ!」

思わずハンネスの足が速度を緩める。
「何を馬鹿な、」
半身で振り返り、口が開く。
エレンとミカサの家の瓦礫、そこに巨人の姿は無い。
代わりに昇るのは、蒸気だ。
そして間近でガツンと響く、アンカーを打ち込む音。
ビュルル…ッ、とワイヤーを巻き込む音が甲高く啼いた。

「何してやがる、走れっ!!」

上空を駆け抜けた影の声に、ハンネスは弾かれたように同じ方向へと走り出す。
影の抱えているものがエレンの母カルラであると、この目は断じた。
(調査、兵団…!)
白と黒、翔ける自由の翼を負うその背。
エレンがひたすらに憧憬を描いていた、翼。
それはハンネスの目にも、何者にも勝る強さと気高さを映していた。



*     *     *



ウォール・ローゼへ続く門へ辿り着き、ハンネスはようやくエレンとミカサを地へ降ろした。
「母さん!」
「っ、おばさん!」
壁に背を預け、憔悴しきった顔で…けれど確かに、カルラは子どもたちへと微笑んだ。
一目散に駆け寄ろうとしたエレンの足が、ハッと止まる。
慌てて周囲を見回せば、今にも市街地へ地を蹴ろうとする翼の持ち主が居た。
記憶を何よりも覆う、憧れ続けた背。
「待って、っ!」
このときの"この人"は、もう兵士長なんだっけ?
どうでも良いような疑問が湧いて、消えた。

「リヴァイ、兵長…っ!」

光を写し込み鈍く光る灰の眼が、エレンを捉える。
射竦められたエレンを、歓喜が支配した。
目尻が熱い。
(この人は、)
背筋を伸ばし、握った右の拳を心臓に。

子どもの姿には不釣り合いでありながら、不思議と馴染んだ自由への敬礼。
灰色が軽く見開かれたことに、かの子どもは気づいただろうか。

ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、エレンは微笑む。
「必ず会いに行きます、貴方に」
張り上げたわけでもない、非力な子どもの声に応えるように。
彼の人は、刃を握る右手を掲げてみせた。



*     *     *



覚えていますか? 繰り返した時間のこと。
記憶は重要ではないんです。

大切なことはただひとつ。

巨人の駆逐も、
広い空も、
外の世界も、

貴方が共に居なければ、意味が無いんです。

大切なことは、ただそれだけなんです。
--- ウロボロスの翼 end.

2013.5.30

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