After the happiness.

(きみたちがしあわせで、わたしたちもしあわせです)




がん、と何かのぶつかる音がした。
「み、ミカサ…?」
音はエレンの幼馴染みであるミカサが、街灯の柱をぶん殴った音だ。
アルミンが怖々と彼女へ声を掛けると、ミカサは右手のスマホを握り締めぷるぷると震えている。
「…エレンはそろそろ、ボディーガードを雇うべき」
「………は?」
意味の分からぬ言葉を言われて、アルミンは若干凹んだ街灯の柱に気づかない。
「えっと、ミカサ?  街灯をぶん殴るのとエレンにボディーガードって、一体何の関係が…」
言い切る前にずい!  とスマホの画面を突き出され、アルミンは仰け反る。
「うわっ?! …って、」
画面に表示されていたのは、ひとりの少…女?
ニットの帽子にやや緩めのニットセーター、袖も長めだし耳当てから垂れる飾り紐も可愛らしさを助長する。
…が。
「え、エレン?!」
印象的な翡翠の眼と黒髪にぴったりのコーディネートだが、どう見ても幼馴染みである。
彼にこんな趣味はない、断じて。
「…この間の、クリスマス」
「え?」
「この写真」
「……」
そういえば、クリスタがエレンに約束を取り付けていた気がする。
そしてこれがクリスマス当日だと言うのなら。
「……」
アルミンは察した、それはもういろいろと。
「あのチビのためのコーディネートだと思うと腹立たしいけど、天使のエレンプライスレス」
「…ああ、うん、そうだね…」
頬を染め写真のエレンを食い入るように見つめるミカサはただの少女だが、如何せん、言っていることがちょっと危ない。
しかし慣れたアルミンがツッコミを入れることはない。
「にしてもさ、ミカサ。何でそんなにリヴァイさんを毛嫌いするの?」
エレンの幸せをモットーに生きる彼女は、初めからリヴァイのことを知っていたようだった。
「…それは、」
口篭ったミカサの向こうに待ち合わせをしていた友人たちが見え、アルミンは手を振る。

「ジャン! コニー!」
「よお、アルミン! ミカサ!」
「お前ら早いな〜」
「あれ? マルコは?」
「野暮用みてぇでさ、後で合流する」

年内に一度遊ぼうと約束していたメンツの、半分が集まった公算だ。
挨拶もおざなりにスマホを見るミカサに、ジャンが声を掛けた。
「ミカサ、何そんな夢中になってんだ?」
幼馴染み以外のことでこういう彼女は珍しい。
コニーも横から興味を示す。
「なんだ、写真? 動画?」
ミカサは2人へスマホの画面を向ける。
もちろんスマホの画面は、アルミンが見たものから変わってはいない。
「へえ、かわいーなこいつ。ミカサの知り合いにこんなやつ居たっけ?」
「……」
王道パターンを素直に返したコニーに対し、ジャンは軽く目を見開いて固まってしまった。
(ああ、気づいたね…)
アルミンは生ぬるい視線をくべるのみだ。
「…ん? あれ? …これ、もしかしてエレンか?」
まじまじと画面に映る人物を眺めていたコニーが言い出し、ミカサを見上げる。
ミカサは嬉しそうに頷くと、その視線をジャンへ向けた。
「…ジャン」
「な、なんだ?!」
気のせいか低い声で呼び掛けられたジャンは、引き攣った声を上げた。
(ジャンはアレだもんねえ。好きな子ほど苛めたいというか、ツンデレというか)
いつもエレンと言い争っているイメージの強いジャンだが、それは反発心と好意の裏返しであるとアルミンは確信している。
ミカサはスマホを自分の方へ返し、じとりとジャンを見て一言。

「このエレンを可愛いと思わないなんて、人間じゃない」

人ですらねえのかよ?!
ジャンのツッコミは正当なものであったが、効く人間が残念ながら不在であった。



*     *     *



外資系の企業というのは一概には言えないが、少なくともここの企業は目標をこなせば自由である。
社員カフェテリアの一角で、アメリカ本社ともっとも深く関わっている面々が自由時間を手に集まっていた。
「さあみんな! 女神コンビを崇める準備は万端かい?」
「「「「おぉー!!」」」」
「よぉし! というわけで、そうしーん!」
ハンジは高々と掲げたスマホ(プライベート)の送信ボタンを押し、その場に集まる面々にまったく同じデータが送られる。
面倒だったのかタイトルは『例の写真』、本文はなく添付ファイルがひとつ。

ガタタッ、ガタン!

椅子がずれたり肘をぶつけたりといった音が、なぜかオーケストラを奏でた。
「り、リヴァイさんがわらっ…ガフッ」
オルオが舌を噛み撃沈した。
「そのまま戻って来ないでオルオ。あぁあ、エレン可愛い…! 可愛すぎる! EMT(エレンマジ天使)!」
テーブルに突っ伏したペトラの、スマホを持つ手がぷるぷると震えている。
「…うん、これはリヴァイさん落ちるな」
いやすでにエレンに落ちてるけど、とエルドはセルフツッコミを入れている。
「しっかし、このエレンは文句なしに可愛いな…。まあ、本人嫌がってそうだが」
苦笑したグンタは、もう一度写真を見直した。

夜の景色を歩き、カメラの前を過ぎる2人。
手前側のエレンは少し困ったように俯きながらも、口許は嬉しそうに笑っている。
対するエレンの向こう側、彼の手を引くリヴァイもまた、うっすらと笑みを浮かべている。
リヴァイの笑みなど、同僚はたまた部下として働いている面々ですら、年に一度拝めれば良い方だ。
…ちなみにこの写真は、すでに帰ったと思わせたクリスタとユミルが隠し撮りした内の1枚である。

「盛り上がってんねえ。何の話題?」
カフェテリアへ顔を覗かせたのは、同フロア別部署のナナバ。
その後ろから、経理部のリコも現れる。
「相変わらず、お前たちのところは賑やかだな」
有能なのだが、個性が強くて騒がしい。
それがハンジたちの所属部署の、本社を含めた社内評価だ。
ハンジはにまりと笑い、自らのスマホ…もちろん画面は見えない…を振ってみせた。
「ねえ、2人もレア画像見てみたくない?」
「レア画像?」
「そ。リヴァイのデート写真」
ピシリ、と2人が固まる。
「あのリヴァイの…」
「デート写真…!」
「もちろん、本人と相手には他言無用ね。スマホごと壊されるから!」

彼女らが頷いたことを確認して、ハンジは画面ロックを解除する。
ナナバもリコも食い入るように写された画面を凝視していたが、ふとリコが呟いた。
「…エレン・イェーガー?」
リヴァイの隣で笑うひとりを見て。
「えっ? リコさん、エレンをご存知なんですか?」
がばりと顔を上げたペトラに、リコは明らかに目を泳がせた。
「あ、いや…」
はて、どう答えるべきかと狼狽えると、ハンジと目が合う。
彼女は意味ありげに笑い、リコへひとつウインクを寄越した。
「だいぶ前だけど、リコと遊びに出掛けたときにね。エレンを見掛けたんだよ」
あっちも友達と一緒だったから、声は掛けなかったんだけどさ。
「へえ…そうだったんですか」
ペトラがあっさりと引き下がったのでそれはそれで戸惑うが、リコは深く考えなかった。
「ハンジ、その内ちゃんと会わせろ」
彼女の求めを、ハンジが断るわけもない。



「あっれ〜? エルヴィン残業?」
珍しいねえ、とハンジは局長室へあっさりと入り込む。
PCから顔を上げ、エルヴィンは気心の知れた友人を迎えた。
「年末年始くらい、何の憂いもなく過ごしたいからね」
何の用事か尋ねる前に、エルヴィンのスマホがメールの着信を知らせる。
送り主は、実に楽しげな顔をしている目の前の彼女であろう。
開いたメールの添付ファイルを見て、エルヴィンは僅かに目を見開いた。
しかしその眼差しは柔らかに細められる。

「幸せそうで、何よりだ」

ファイルの中身は、先程ペトラたちへ送ったものと同じだ。
違うのは、オマケに別の1枚が入っていることくらい。
「随分と上機嫌だが、また新しい発見でもしたのかい?」
その通り機嫌の良いハンジは室内のソファに座り、ちょっとね〜と別段意味もなく人差し指を立ててタクトのように振る。
「経理部にリコ、居るじゃない。リコ・プレツェンスカ」
「ああ」
「彼女も覚えてるみたいでね」
「ほう…」
顔を上げたエルヴィンに、ハンジは指折り数えていく。
「私とエルヴィンに、モブリット。そこにリコ」
で、と反対側の指を折っていく。
「クリスタとユミル、それにミカサ。彼女らの話だと、おそらくはジャンも」
指折り数えた両手を目の前で組み、顎を乗せた。
「なぜ私たちが覚えていて、他のみんなが覚えていないのか。それは結局判らないままだけど」
それでも、ことある毎に思う。

「リヴァイとエレンが、覚えていなくて良かったって。
それで、覚えてないのに出逢って、こうやって幸せそうに微笑っていて」

彼らが幸せそうにしているのを見る度に。
彼らからお互いの話を聴く度に。
「私は幸せだなあ、って思うんだよ」
その通りの笑顔で呟くハンジに肩を竦め、エルヴィンはPCの電源を落とした。
「さて、私も帰るか。君は寄り道かな?」
「おっ、さすがエルヴィン。クリスタとユミルと女子会の約束してんだよね〜」
「君から"女子会"という言葉が出てくるとはね」
「失礼だねえ」
機嫌を傾けたような言葉とは裏腹に、彼女はからりと笑っている。
「ねえエルヴィン。新年会はエレンたちも呼ばない?」
「それは良いね。元104期の子たちには君から声を掛けてくれるかい?」
「おっ、了解! じゃあこっちはあなたに任せるよ、エルヴィン」
--- After the happiness. end.

2013.12.25

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